なにもかも……私だけがうまくやれない

 ほぇ~ほぇ~

 赤ちゃんが泣いてる、起きなきゃ。

 重い体を無理やり起こして、私はベビーベッドのことろへ行く。


「よし、よし。おっぱいかなぁ?」

 そう言いながら、授乳する。肩にガーゼを当ててゲップをさせる。

 そして、おむつを替えて、ベビーベッドに戻した。


 これで、赤ちゃんはすんなり寝てくれていた。つい最近までは……。

 ぎゃ~、ほぎゃ~。

 何か……何だろう。顔を真っ赤にして、声の限りにとばかりに泣き始めた。

 慌てて抱き上げる。隣の部屋の拓海くんが起きちゃうよ、明日も仕事なのに。


 赤ちゃんは、夜中も頻繁に泣くからと、空いてる隣の部屋にベッドを入れて、ベビーベッドも置いて『しばらくの間、別々の部屋で寝ようね』と言ったのは私だった。

「よしよし、泣かないで。なっちゃん」

 泣きたいのはこっちだよ~。抱き上げてゆすっても、今日の夏美は泣き止まない。

 どうしよう。


 そうだ。確か、育児雑誌の体験談に外に出て車に乗せたら良いって書いてた。

 拓海くんの車は運転できないけど、外に出るくらいなら。


 そう思って、適当な服に着替えて抱っこして、外に出ようと玄関のドアを開ける。

「僕をおいて、どこ行くの?」

 私たちの後ろに、ジーパンとTシャツ姿で車のキーを持った拓海くんが立っていた。

 真夜中、拓海くんが車を走らせてくれる。

 夏美は、車の振動が心地良いのかウトウトし始めていた。


 家に着き、夏美をベビーベッドに寝かせてももう起きない。

 結局、拓海くんを起こして、夏美の世話をさせてしまった。


「ごめんなさい」

「何が?」

 私が、何も言えず拓海くんを見ていると、頭をポンポンとして寝室に戻って行く。

 なんだか情けなかった。だって、私は育休中で仕事してない。

 赤ちゃんの世話と家事をすれば良いだけの日々だ。

 

 次の日、私が起きたら拓海くんはもう仕事に行った後だった。テーブルにサンドイッチが置いてある。メモに『起きたら食べてね』って書いてあった。

 時計を見たら8時過ぎ、私が寝過ごしたんだ。


 夏美が夜泣きしても、もう外に出れなくなった。

 玄関を開ける音で、拓海くんまで部屋から出てきてしまうからだ。

 一晩中、拓海くんが寝ている寝室から一番遠い洗面であやしている。

 朝、寝ないでそのまま拓海くんが仕事に行くまで頑張って、そして少し眠る。

 そんな日が続いている。


 朝から寝てしまう罪悪感。

 みんな……私たちの親も職場の人たちもちゃんと子育てできているのに、なんで私だけできないのだろう。


 拓海くんは、優しい。

 夜泣きで目が覚めないはずは無いのに、何も言わない。私たちの前で、笑ってくれている。




 ガー、ガー。

 掃除機の音? え? うそ。今何時?

 私はベッドから飛び起きた。

 横にあるベビーベッドに夏美がいない。


 リビングに行くと、拓海くんが夏美をおんぶして片付けながら掃除機をかけていた。

 抱っこ紐っておんぶも出来るんだ……って、そうじゃなくて。


「拓海くん。私やるから」

 拓海くんから、掃除機を奪い取ろうとしてかわされた。

「大丈夫だよ。僕に任せて寝てなよ」

 そう言って笑ってくれるけど。

「ごめんなさい。仕事で疲れてるのに。夜も寝れてないのに、ごめんなさい」

 私の目から涙がボロボロ出ているのがわかる。

 その場に、座り込んでしまっていた。


 私なんて、母親としても拓海くんの妻としても失格だ。

 何も……、赤ちゃんの世話すらまともに出来ない。


 拓海くんは、私の手を引き立たせて夏美の部屋の方に連れて行った。

 夏美をベビーベッドに寝かせる。

 そして私をベッドに座らせて、自分は私の前の床の上に座った。

「ごめんなさい。ちゃんと出来なくて……。もっと頑張らないといけないのに」

 私は拓海くんの顔を見るのが怖くて下を向いた。


「今の美桂ちゃんに、もっと……は無いよ。精一杯、頑張っているだろ?」

「でも……みんなちゃんと」

 拓海くんが私の前でため息を付いた。膝に乗せている私の手を自分の両手で包みその上に頭を乗せる。

「前にも言ったけど、もう一度言うね」

 そう言って下から私の顔を見上げた。

「産んでくれてありがとう。二人で頑張って育てていこうね」

 その言葉は覚えている。産んで病室に戻った時にも言ってくれた。


「ごめんね。どう言っていいかわからなかったんだ。なんで僕を頼ってくれないの? とか、僕がやるから……とか、責めてるようにしか聞こえないだろうから」

 拓海くんの顔は、少し泣きそうになっている。

「一人にならないでよ。これ以上一人で頑張らないでよ。僕は、頼りにならないだろうけど……。だけど二人の赤ちゃんだろう? 二人で頑張ろうよ」

 目の前の拓海くんは、真剣にそう言ってくれてる。

 だけど……。

「それに、僕も育休とったんだよ。上司がとらないと部下もとりにくいよね。だからね、一緒に頑張ろう?」

 そう言って、拓海くんは笑ってくれる。


 その後、一緒どころか拓海くんがどんどん私の仕事を奪っていくことになるのだけど。



 4月に保育園に夏美を預けるときには、拓海くんは保育園の前で号泣している変なパパになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る