拓海くんのお客様、再び

「相沢……美佳さん?」

 夕方、会社からのかえり、あともう少しで自宅マンションにたどり着くってところで呼び止められた。

 おかっぱ頭の可愛らしいお嬢さんだ。

 淡いピンクが少し入ったベージュのスーツを着ている。スカート丈は少し短いかな?


 私が、相手を見詰めたまま黙っていると

「お話があるんですけど……」

 そんな風に、切り出してきた。

「どちら様でしたっけ」

 私の友人知人には、こんな『女の子でござい』みたいな子はいない。

「加藤です。この前お邪魔した」

「ああ。あの時の……で、何か用? うちに来る?」

「あ……いえ。出来れば、茶店サテンで……」


 彼女の提案により、私はせっかくここまでたどり着いたのに、もと来た道を引き返すことになった。

 近所に手頃な茶店サテンが無かったので、ファミレスの席に着き、コーヒーを頼む。

「……で?」

「相沢拓海さんと、別れてもらえませんか?」

 彼女は私を見据えてそう言ってきた。別れる……ねぇ。

「夫から同じ事言われたら、別れても良いけど……。私からは、切り出したくない」

 嫌だそんな恐ろしいこと、絶対に。そう思って私は言ったのだけれども、何を勘違いしたのか彼女はさらに言い募る。


「拓海さんは、優しいから言い出せないでいるんです。だから私が、誘っても一向に……」

 なるほど、基本的に拓海くんは女性に優しい。多分部下とか自分の保護下にいる人間全てに優しいと思う。だからといって、勘違いしてはいけない、あれは……。

「加藤さん……だっけ。例えば……、例えばよ。私が拓海くんと別れてあなたと結婚するようになったとして、あなた、拓海くんの実家で暮らせる?」

 彼女の顔が、はぁ? ってなる。


「マンションを慰謝料代わりにもらうって事ですか? そんな」

「違う違う。あのマンション、私名義なのよ。私の所有物。今、私と離婚したとして、その後あなたが結婚出来たとしても、彼、意地でもそこから始めようとするわよ」

 ただ、結婚出来たら……の話だけど。

 そういう私の話に、彼女は一瞬呆然とした。

「そ……そんなの分からないじゃ、無いですか」



「その前に……離婚も再婚もしないよ」

 なんか横に影が出来たと思ったら、テーブルの横に拓海くんが立っていた。

「なんだか、二人で楽しそうな話をしてるね。僕もまぜてくれないかな?」

 そう言って、二人がけの椅子の私の横に滑り込んでくる。に……逃げられない。

「美佳ちゃん。帰って来ないなぁって思ったら、こんな所にいるんだもん。心配しちゃったよ」

 いや、あんたの会社の人がいる前でプライベートモードになるなよ、拓海くん。


「それで? うちの美佳ちゃんに何か用だったの? 上司のプライベートを探るのはルール違反だよね」

 言葉は優しいけど、これは完全に怒ってるなぁ。

 一応、年下で自分の部下で女の子って、保護対象の三拍子そろっているから攻撃してないってだけだよなぁ。

 私は、冷や冷やして彼女……加藤さんだっけ? を見た。


「いえ。お見かけしたから……」

 空気を読んだと言うより、萎縮してしまった。

 今のでも十分、彼女には怖かったみたい。


「ふーん? でも、君の家反対方向だよね。なんで、この辺うろついてるの?」

 ……拓海くん? 目が怖くなっているんですけど。

「あ……え? 何で、私の家を知っているんですか?」

「一応、僕は君の上司だからね。部下の書類は回ってきてるよ。普段は住所なんて、チェックも入れないけど。君、しつこく絡んできたから」

 あ~、拓海くんが表面優しいからって、色々やらかしてるな……これは。


甘えてくる程度だったら、まだ新人だし許容範囲だったんだけど」

 ダメだ、これ以上は。彼女が会社に行けなくなる。


「拓海くんが悪いんでしょ?」

 はぁ? って感じで拓海くんから見られた、正面に座っている加藤さんからも見られたけど。

「拓海くんが、最初からキッパリ断らないから。あげくに、うちにまで連れて来て、彼女が勘違いしても仕方無いでしょ? 違う?」

「え? でも……」


「あなたに怒る権利なんかあげない」

「ええ~」

 この場合、怒って良いのは私でしょう……ったく。

 目の前の彼女は、呆然と私たちを見ていた。少し、怯えてるけど。

「それで? まだ、うちの拓海くんに粉をかけるの?」

 私は、わざとそういう言い方をして、彼女の遊びってことにしてあげた。


「あ……いえ」

 ちゃんと伝わったみたいね。さすがに男あさりに来るだけの頭じゃ大手企業には入れないか。

「そう。じゃ、食事して帰りましょうか。加藤さんも遠慮せず、お腹いっぱい食べて帰ってね。なんせ、お代は上司持ちだから」

「あ……はい」

 それではと、私たちはメニューを開いた。

 ええ~って顔を、拓海くんはしてるけど、自業自得。


 たらふく食べて、外に出た後、彼女は拓海くんには、部下としてお礼を言い。

 私には

「お姉様って呼んでいいですか?」

 って言ってきた。

 そして、彼女がちょくちょく遊びに来るようになるのは、また別の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る