返答

「え? 聞き間違いかな? もう一度言ってもらってもいいかな?」

「いえ、ですから、昨日はちょっと便意が突然きまして」

「――――ちょ、ちょっと! ご飯食べてる時にそんな話何度もしないでよ!」

「……だって先輩がもう一回言えって」

「まさか本当にそんな事言ってるなんて思わないじゃない!」


 今日も今日とて、昼休みの食堂。

 隅の席で向かい合わせに座り、園原先輩と昼食中。


「ってか無理あるから! どう考えてもタイミング変でしょ!」

「そんな事は無いですよ。食べた後ならしたくなるでしょ?」

「何言ってるの!? ねぇ本当に何言ってるの!?」

 

 先輩は、聞こえないと両耳を手で押さえイヤイヤと頭を振るう。

 正直こんな酷い誤魔化し方も無いと思うけど、どうやらこの手の話は苦手な様なのでラッキーだった。

 この、ごり押しで押し通す作戦。

 事前に翔子に伝えた所、犬の糞を見るような目つきで俺を見ていた様な気がしたが、きっと気のせいだと信じたい。うん。


「まぁ取り合えずこれで昨日の話は解決って事で。よかったよかった」

「いやいや! もう百歩譲って昨日逃げだした事は大目に見るけど、せめて私が質問した事にはちゃんと答えてよ!」

 勢いですべてを有耶無耶にしようかとも思ったが、耳を塞ぎながらも、しっかりとこちらの声を聴いていた様で。

 彼女の言う質問された事。無論それは『この周辺の出身でもなさそうなのに、電車などを使わずに登校をしてきている理由』についてだろう。

 自転車を使わず徒歩で里香達と登校して来ている所は多くの生徒に見られている。

 その上で近隣の中学校に通っていた様子も無く、ついでに里香達との関係性を家が近くの幼馴染とまで説明をしてしまっているのだから、普通に考えたら疑問にも思うだろう。

 『近隣の中学校に通っていなかった』って事を調べ上げているのも大したものだ。

 それだけ記事を書くのに真剣に取り組んでいる。と解釈して良いのかは兎も角、俺ないしは幼馴染の二人に関心を持たれているという点には注意が必要だが。


「うーん。これは余り記事にして欲しくないんですけどねぇ」

「え? 何教えてくれるの!? 大丈夫、プライバシーには配慮するよ!」

 昨日里香達に相談した様に、誤魔化すつもりで、俺は敢えて口ごもるように間を取り、最もらしく言い淀む。

 目をキラキラさせて、ワクワクした表情を浮かべている先輩には悪いが、ここは予定通りに。


「実は……俺達もともと田舎の方から進学するのに合わせて、こっちの方に越してきまして」

 一拍開けて。

「元々の実家は本当に近所だったんですよ。だから幼馴染ってのは真実です。今は同じマンションで別々の部屋を契約して……って言っても整えてくれたのは両親ですが。各自一人暮らしをしながら互いに助け合っ日々を過ごしています」

 一人暮らしは大変ですよ。

 とワザとらしく困った表情を作りながら付け足し、俺はそっとコップを口元に運ぶ。

 

 その動作の過程で、ちらりと先輩の方を覗き見ると。

 真剣な表情でメモ帳にペンを奔らせる彼女の姿。

 

 正直、少し心苦しくはあるが、完全に嘘と訳でもないし、許してほしい。

 コップに入っていた氷を口の中で噛み砕き、多少の罪悪感を誤魔化しながら。


「って事で、これが先輩からの質問の返答ですが、満足ですか?」

「大満足!! これはいいネタが書けるよ! いいねいいね!」

「……それは良かった。でもあまり記事にしすぎないで下さいよ。脚色とかも抜きで」

 ってかその話はそもそも書かないで下さいね。

 そう言い添えて、今日のお昼は終わる。

 先輩曰く、これで記事はある程度書けそうとの事で、今日で一緒に昼食を取るのも終わりになる。

 残りの細かい所や最終的に記事の内容確認はスマホで連絡してくれるらしく。


「次は記事とかネタとか関係なく一緒にご飯食べようね!」

「……えぇ。機会があれば是非に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る