困りごと


 本日の朝も、里香はご機嫌ナナメーー

「もうむりー! 亮平と半日近く会えないとか!」

 と、いうよりかもはや嘆きに近かった。

「大体! 私達昔から何時も一緒だったじゃん! ちっちゃい頃は毎日誰かの家でお泊りだったし、中学時代だって、泊りはしなかったけど、学校終わってから集まって夜遅くまで一緒だったじゃーん!」

 

 里香の言うことは、確かにその通りで。

 俺達は寝る時以外は殆どを共に過ごしている。

  

「もう今更離れるのムリ!」


 朝、俺や翔子より少し遅く起きて開口一番に始まった里香のこの調子に。

 流石の翔子もお手上げの様だった。

 昨日の夜も似た様な調子ではあったが、疲れて途中で寝てしまった里香を、そのまま布団に運んで寝かしつけて、放置してしまった代償が、まさか今朝に来るとは。

 あわよくば、忘れてくれればと思っていたのだが。

「う〜」

「ほ、ほら! 登校時間になっちゃうし、早く準備しちゃお? 遅刻しちゃうよ?」

「もう休む〜」

「馬鹿言わないの。今日体力測定でしょ? 今度一人寂しく放課後やる事になっちゃうよ?」


 翔子が苦労して里香を説得する様子を、俺は何も言えずに眺める。

 ある種予想していたこの状況に。どう対応したものかと、頭を悩ませながら。


 里香は俺達の中で、一番スペックが高い。

 そして同時に一番心が脆い。


 弱い心を。俺や翔子に依存する事で、彼女は均衡を保っていた節がある。

 だからこそ、荒療治ではあるが、俺の引越しをキッカケに……と考えていたのだが。


「まさか、これほどとは」


「うーん。まぁそれもあるけどさ」

 翔子がいつの間にか里香の元を離れ、俺の方へと歩み寄ってきていた。


「多分里香が辛いのは、亮君に会えるのに、会っちゃダメ。話せるのに、話しちゃダメ。っていう環境のせいだと思うよ」


 身支度をしている里香に聞こえない様、小声で話す翔子に。

「それは……なんで?」

 俺も小声で問う。

「それは……ね。なんだか突き放されている様な、お前なんか必要ないって言われてるみたいで……それが、悲しいんだよ」


 翔子の声色は、とても悲しげで、まるで自分の事のように聴こえて。


「それは、翔子もか?」

 思わず聞いてしまう。


 そんな問いに、翔子は儚げに笑うと。

「……ちょっとね」


 



 結局は、里香は翔子と共に家を出た。

 時間は昨日と比べると少し遅いが、それでも十分間に合うであろうタイミング。

 まぁ最も、これだと俺が遅刻ギリギリになってしまうが。それでも、先に家を出る選択肢はなかった。


 もし登校中に二人に何かあった場合。先を行っていたら気づいてあげられないから。

 後からなら、助けてあげられるかもしれないから。

 考えすぎかもしれないが。それでも考えないよりはマシだと思い。

 だから、今日も俺は二人が家を出た後に、少し時間を空けて、家を出た。


 二人が無事に登校出来ている事を確認しながら。

 それにしてもーー


「今日この後、体力測定は辛いなぁ」


 俺の独り言は、誰に聞かれる事もなく、虚しく空気に溶けていく。

 里香じゃないが、本当にサボりたいと思う程に、朝から精神が擦り減るのを感じ。


 これは、里香より先に俺が根負けしそうだな、と。

 里香の成長を前に、俺の精神を鍛えなければならないかもしれない。

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