第8節 その日の学校を終え家に帰った俺は、保健室で読んだあの奇妙な「作品」について考えた。

 その日の学校を終え家に帰った俺は、保健室で読んだあの奇妙な「作品」について考えた。


 秋津の体表に記されていた「秋津となめ」と題された文章。


 まだ途中までしか読めていないが、そこにはたしかに「爆発」について書かれている箇所があった。


 文章によれば彼女は俺と同じように爆発を体験し、そしてその結果として能力――というかあの奇妙な体質を得たらしかった。


 俺は書かれていたことの大部分は事実と考えてよいのではないかと思った。


 もし事実でないとしたら、彼女の肌の上のあの大量の文字をどうやって説明できるというのだろうか。


 あの印刷されたように端正なフォントの文字列を、彼女か、または別の誰かが意図して肌の上に記したとは思えない。


 何のためにそんなことをするのか意味が分からないし、それにどんな方法ならあんなことができるのかも分からないからだ。


 あんな奇妙な現象が起こるのは爆発の影響としか考えられない。


 また文章の内容は概ね信用できそうだったが、中にはよく飲み込めない点もあった。


 文章の中に登場する、というか文章を語っていることになっている「僕」という人物。


 秋津の恋人だという「僕」とは、いったい何者なのだろうか。


 島にいた頃に秋津と出会い恋人になったというその人物は、以前彼女と話した時に突然存在を明かされた例の「恋人」と同一人物なのだろうか。


 文章を読んだ限りでは俺にはとても恋人が実在する人物のようには思えなかった。


 彼は文章中でほとんど説明もなく突然に現れるのだが、秋津と恋人になってからもほとんど会話をしていないというのだ。


 大体が事実のように読めそうな文章の中で「僕」だけは実在感が希薄でまるで秋津の妄想の産物か何かのようだった。


 他にも色々と気になるところはあったが、そこまで考えたあたりで急にものを考えるのが億劫になってきた。


 今日一日でひどく神経を酷使したので脳が疲れてしまったのだろう。


 俺はもう頭をひねるのは止めにした。


 それにまだ一部しか読めていない時点であまり考えても仕方が無いだろうとも感じた。


 とにかく、まずはあの文章を一度最後まで読んでるみることだ。


 俺はできるだけ早いうちに再びその機会を作ることに決めた。




 ある日の学校の休み時間、教室にもなんとなく居づらくて廊下の片隅で時間を潰していると珍しくこちらに話しかけてくる奴がいた。


「ちょっと話、いいですか」


「ん? あ、ああ……」


 話しかけてきたのは意外にも秋津だった。


 彼女は声を掛けてきたものの、なぜかこちらから少し離れた場所に立っていた。


 そして話をするには少々不便なその位置から、ひどく警戒したような目でこちらの表情を窺っていた。


 俺は強い不安に襲われる。


 この前話したときには俺にもう話しかけてくるなとか言っていたくせに、その彼女が自分から話しかけてくるとはいったい何事だろうか。


 もしや保健室でのことを勘づかれたのか。


 当然、そんな考えが頭をよぎる。


 全く気づかれていないというのはこちらの勝手な思い込みで、実はとうにバレていたのかもしれない、と。


 俺は努めて冷静を装って聞き返す。


「なんの、話だよ」


 彼女はしばらく深刻そうな顔をして俯いていたが、やがて口を開く。


「仮にですよ」


「え?」


「だから仮の話なんですけど」


 彼女はそう前置きした上で続ける。


「仮にあなたが言ってた「爆発」が実際にあったとして。

 教えて欲しいんです、その時のことを」


 俺は悪い予想が外れて一安心した。


 どうやら秋津は保健室でのことを話しにきた訳ではないようだった。


 だが安堵する一方、今度は予想もしなかった質問に困惑させられることになった。


 俺は彼女の意図を計りかねて質問を返した。


「教えて欲しい?」


「はい。

 爆発の現場でどんなことが起こって、その場に誰がいたのかを」


 前は爆発のことなど知らないと言っていたのに、何で今になってそんなことを聞いてくるのだろうか。


 こちらは彼女が爆発事件に遭遇したのは間違いないと見ていたし、事件の情報を集めてもいたので話をするのは歓迎だった。


 しかし俺は少し根に持っていた。


 以前、爆発のことを聞き出そうとしたとき彼女は知らないの一点張りであげくにもう話しかけるなとこちらを突き放したのだ。


 仕返しではないが少々意地悪を言いたくなった。


「お前は爆発なんて知らないんだろ。嘘だって思ってるんだろ。

 だったらどうしてそんなことを聞くんだよ」


 すると彼女は傍から見て気の毒なくらいあたふたし始めた。


「そ、それは……!

 なんていうか、その、あの……」


 慌てる相手を見て俺は少し溜飲を下げた。


「ああああああの、あのときは、わわわ私も……」


 しかし彼女はその後も動転し続け、回らぬ口で弁明を試みようとしていた。


 その様子を見て俺は相手のことが段々かわいそうになってきた。


「もういいよ。

 話すよ、あの日のことを」


 そう言うと彼女は心底ほっとしたような顔をした。


「そ、そうですか。

 ありがとうございます」


「それで、具体的に何が聞きたいんだよ」


 彼女は離れていた位置をぐいと詰めて質問する。


「爆発が起きたとき、その場に誰がいましたか?」


「誰がって……、大勢いたさ、色んな人が。

 爆発があったとき俺は本屋の前の、駅前の往来にいたんだぞ」


「男の子は?」


「何?」


 こちらが聞き返すと彼女は真剣な表情でこう続けた。


「そのとき、小学生くらいのきれいな男の子を見かけませんでしたか?」


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