第19話

 モノトラックの改札を抜けると、広々とした円形のコンコースには一本の柱もなく、ドーム型の天井はその全面が開放感のあるガラス張りだった。

 周囲の木々が天井に覆いかぶさる様に枝葉を伸ばしている様子がそのまま見通せる。風が吹き抜けるたびにチラチラと漏れる木漏れ日がいかにも涼しげで、晃は一瞬、自分がまるで地球にテレポートしたような錯覚を覚えた。


「……ええと」


 眼鏡型携帯端末コミュニの情報によると、総合運動公園はフル規格の四百メートルトラック、野球場、テニスコート、サッカーグラウンド、更には温水プール、弓道場に柔剣道場まで備えた本格的なスポーツ施設だった。

 周辺には敷地を取り囲むようにジョギングコースが設けられ、わざわざ地球から持こまれた大量の樹木や草花で覆われた森や、その間を縫うように配された清らかな小川に遊歩道などなど、コロニー住民の憩いの場として機能している。

 ここがこれほど大きな敷地なのは、地下部分に大規模なケミカルプラントがあるためで、建物用地として使えない地上部分の有効利用という意味合いもあるらしい。

 とはいえ、地下の施設はほとんど完璧に隠され、地上部分にはいくつかのドームが頭を出しているだけである。わざわざ調べでもしない限りは、この地下でコロニーに持ち込まれた小惑星が砕かれて多種多様なレアメタルやプラスチック原料が製錬、精製され、また一方でコロニー中のゴミが処理されているなど、誰も気が付きもしないだろう。


「なるほどね」


 晃は眼鏡型携帯端末コミュニを外してポケットにしまい込みながら感嘆のため息をついた。

 平日の、しかも早朝ということもあり、公園内に人影はほとんどない。

 ちっとも逃げようとしない人なつっこいリスの群れを縫いながら、晃は園路をぼんやりと歩いた。心地よい微風が小枝を揺らし、ささやく様な葉擦れの音以外には何の音も聞こえない。

 晃は平和過ぎる公園を木漏れ日を浴びて歩き、木々が放出する森の香りフィトンチッドを胸一杯に吸い込みながら、つかの間、ここ数日の出来事をすべて忘れておだやかな気分に浸っていた。

 現実と呼ぶには余りに慌ただしい毎日に、衝撃的過ぎる出来事の連続。それが目の前に広がっているのどかな風景と同じ世界の出来事とはとても思えなかった。


「うん?」


 しかし、平和な気分は長くは続かなかった。不意に彼を包囲するように数人の子供達が現れたのだ。

 今朝の不思議な夢、それはこの展開の予感だったのだろうか。

 彼らは全員が晃に向けて工作用らしい小ぶりのナイフを構えていた。見れば、その手元はかすかに震えている。


(ああ、やっぱり)


 そう思いつつ、晃は素直に両手を挙げてホールドアップの姿勢をとる。

 恐らく晃が本気で暴れれば逃げ出すことは可能だろう。だが、お互い荒事には慣れてない。どう見ても自分より怯えている子供達ともみ合って、何かの拍子に彼らが予期しない大ケガをするような事態は避けたかった。


「わかった。抵抗はしない」


 なるべく彼らを安心させようと、静かな口調を心がける。


(薫さんにまた叱られるなぁ。連絡なしに勝手にうろつくなと釘を刺されたばかりなのに……)


 一番年かさらしい背の高い少年が背後から晃に近づき、ポケットの中の眼鏡型携帯端末コミュニとホテルのカードキーを抜き取られる。

 リーダー役らしき彼はそのまま晃の前方に回り込み、無言のまま先導するように歩き始めた。恐らく、この先に居るのが一連の事故を引き起こした犯人のはずだ。


「あの」


 ビクリと立ち止まる少年。


「取りあえず、手、下ろしてもいいかな? この状況、傍目に見るとかなり目立つし変だと思うんだ」


 子供達は顔を見合わせ、最終的にリーダー役の少年が頷いた。

 晃は子供達に取り囲まれたままかなりの距離を歩き、うっそうとした森の中にぽっかりと現れた小さな広場の前で静かに立ち止まった。

 リーダー役の少年は静かに右手を上げて広場の真ん中にぽつりと置かれたベンチを指さした。


「ここ?」


 少年は晃の顔を見あげて無言で頷くと、次の瞬間、他の小学生と共に一斉に姿を消した。

 一人取り残された晃は、ベンチに向かってゆっくり歩く。

 そこには白いワンピースをまとった一人の小柄な人影が彼を待っていた。


「やっと会えましたね」


 二メートルほどの距離をおいて、かの人物は口を開く。小柄な体格には不似合いなハスキーボイス。だが、どうやら女性らしい。

 美人と表現するにはやや整い過ぎた人工的な顔に白い肌。コロニーの子供達と比べてさえなお白く、まるで透き通る様な肌の色をしている。

 背中まである長い髪の色すらも銀のように真っ白で、まるでCGのように現実感がない。西洋のおとぎ話に出てくる雪の妖精のようだ。

 見た目と体格からは十代にしか見えないが、くたびれ果てた声の感じはまるで老人の様だった。


「あなたが俺を拉致した首謀者ですか?」


 半分ハッタリのつもりで嫌味半分の直球を投げてみる。だが、彼女は少しも動じなかった。


「フフフ、拉致だなんて大袈裟な……」


 むしろ笑われた。


(どういうつもりだ?)


 晃は掴みどころのない彼女の態度にいらだち、それならばと握手を求めて右手を差し出してみた。


(はね除けられるか、それとも鼻で笑われるか……)


 しかし、彼女は意外にも困った様な微笑を浮かべただけだった。


「礼を逸した行為であることは理解していますが、あなたに触れることはできません。これ以上近づくことも。ごめんなさい」


 そして、晃のいぶかしげな表情に答える様に続ける。


「私達にはあなた方の身体に宿る細菌やウイルスに対する抵抗力がほとんどないんです。本当はこうやって人に会うことすら危険なのだけど、ここなら森が護ってくれるから……」

「あ、ええ……」


 晃はあいまいに頷いた。どうにも相手の思惑が見えてこない。


「でも、あなたにはどんな犠牲を払ってでも会わなければなりませんでした。あなたには、伝えておかなくてはならないことがあるのです」


 彼女はそこで言葉を切った。晃は話を聞くうちにその横顔に何となく見覚えのある事に気づいた。


「もしかしたらあなた、今朝、俺の夢の中に出て来た……?」

「よかった。ちゃんと届いてはいたんですね」


 彼女の表情がわずかに緩む。


「それじゃあ、後の四人はどこに?」

「彼らはもう、ここへ出てくる事はできません。生きてるのすらやっとの状態ですから。今の彼らにできるのは、心を飛ばす事だけです」

「じゃあ、今朝の夢はやっぱりあなた達が……」

「そうです。たとえイメージだけでもいいからあなたに彼らの事を思い出していただきたかったんです。でも、あなたからの反応が戻りませんでしたから、うまく行かなかったものだと思っていました」

「……思い出す? 反応?」

「ええ」


 長い髪をかき上げながら彼女は頷き、やがて静かに話し始めた。


「ご覧の通り、私達は普通の人間とは言えません。特殊な環境で受精させられ、人工子宮ウームに入れられ、過酷な条件で成長させられた、一種の〝人造人間〟なのです」


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