第五十一話 悪魔に魂を売った女王

 マーロックの死によって、戦は幕引きとなった――


 マーロックの力は圧倒的だった。魔力で覆われた城壁は、大砲の弾でも跳ね返すというのに、奴の触手の一本が触れただけで瓦解してしまった。その余波で町並みも瓦礫の山と化してしまっている。


 負傷者も多い上に、兵糧攻めもあって疲弊していた。リーデンヘルは、国としてほぼほぼ機能していなかった。だが、戦が終わるや否や、シュルーナは気前よく、大量の食料を運び込ませた。久しぶりの潤沢な食料に、国民は少なからず感動していた。


 さらに、再興に必要な資材や労働力も、シュルーナは無償で運び込んでくれた。もとはといえば連中の仕業なのだが、結果的に両国の関係は、とても良くなったと思う。


 マーロックという規格外の敵を目の当たりにし、魔王以外にも強大な敵がいるのだと国民も再認識したようだ。屠ったのがミゲルたちだというのも大きかった。魔物とて一枚岩というわけではなく、友好的な者もいるとわかってくれた。この一件を機に、リーデンヘルとシュルーナ軍との関係は変わっていくだろう。


 派閥の多いリーデンヘルであったが、狼狽するばかりで何もしなかったガンディスは、周囲の反感を買い、随分と肩身を狭くしている。徐々に、家臣や兵たちの支持はフロラインに集まりはじめる。民には、まだまだ受け入れがたいものがあるだろうけど、それは今後の課題だ。


「不思議な光景ね……」


 フロラインは、城壁から己の国を眺めていた。


 魔物を拒絶するために建築された城壁が、魔物によって造り直されていく。作業速度は人間の比にならず。滑車などを使わなければならないような岩石も、巨人がひょいと担いで並べてくれる。


 高いところへの荷物運びも、獣が駆け上がって、届けてくれる。畑も、牛や馬をベースにした魔物が、一瞬にして耕してくれた。相容れないと思っていた人間と魔物が、協力することによって、これほどまでに結果を出せるとは思わなかった。


「作業は滞りなく進んでいるかな?」


 ガッシャガッシャという足音を連ねながら、女性の声が近づいてくる。


「うえッ? え、ええっと、マリルク……さん……よね?」


 鎧を纏った彼女はベンテールを押し上げ「いかにも」と、顔を見せる。


「そこまで警戒しなくても……」


「うむ。しかし、先程子供に石を投げられてね。『魔女が! 僕が大きくなったら、全身を槍で刺し貫いて、火炙りにしてやる』と言われてしまったのだよ」


 最近の子供は、結構怖いことを言うものだとフロラインは思った。


「ごめんなさい。民に代わって謝るわ。魔物との共存を受け入れられない人もいるから」


「十分承知だよ。つい先日まで殺しあっていたんだからね」


「けど、絶対にみんなにもわかってもらう」


「心強いね」と、マリルクは笑った。


 人間味のある顔。そして表情だった。けど、彼女とて魔物。フロラインは、とても不思議な感覚だった。


「……あなたは……人間と魔物の共存は可能だと思う?」


 シュルーナとは、いい関係を築けるとフロラインは信じている。けど、中にはマーロックのような敵意剥き出しの魔物もいる。人間にだっているだろう。少なくとも、勇者リシェルは魔物嫌いだ。


 共存に向けて歩き出してはいると、フロラインは思う。けど、実現するかどうかは別の話だ。ゴールは見えていても、レールは見えていない。


「僕には無理だね。たぶん、シュルーナ様にも無理だ」


「どういうこと? それが、あなたたちの理想じゃないの?」


「あくまで、理想でしかないんだよ。僕や姫様にその力はないね。事実、実現は難しいと思っていた」


「じゃあ――」


「――けど、姫様はミゲルに希望を見いだした」


「あの犬耳少年……?」


「降伏の話はミゲルが提案したんだよ。普通に考えれば無駄な努力だ。けど、彼は命を懸けて説得してみせると言ったんだ。立場もわきまえずにね」


「使者として来たあの時……」


 マリルクは、小さく頷いた。


「僕は使者なんてまっぴらごめんだ。うちの家臣たちも、意味がないと思っている。姫様だって、使者を送ることの危うさは理解していたから、大事な家臣に『行け』とは命じられない。――あの時、ミゲルが進言しなかったら、同盟はありえなかったよ。だから、彼こそが共存の要になる」


 それほどの覚悟をもって、ミゲルはリーデンヘルの門を叩いたというのか。


「礼を言うわ」


「それは、何に対しての礼かな?」


「ミゲルを寄越してくれたこと。あと、復興作業。もの凄く助かってる」


「礼には及ばない。打算的な部分もあるからね。人間は、食料にせよ道具にせよ、つくることに長けている。食料と武器の安定供給を期待してるんだ。これはあくまで投資。協力は惜しまないよ」


「しばらくは、あたしも針の筵になりそ。魔物のために働くなんて、民も考えたことなかっただろうし」


「はは、悪魔に魂を売った女王様のレッテルを貼られているわけだ。――ただ……」


「ただ?」


「リーデンヘルの生き残る道はこれしかなかった。フロラインは、女王として最高の仕事をしたよ。頭のいい奴なら、誰だってそう思う。バカは理解しないだろうけどね」


「どーも」


 フロラインは、働く魔物と人間を眺めた。自分は、最悪の状況で最善の選択をした。それは間違いないと彼女は信じている。潰しあうよりは、こうして協力して暮らしたほうが、よっぽどマシだ。プライドを捨てて正解だったと、噛みしめている自分がいた。


「これからは……あたしも戦う。世界に覇を唱える」


「女王様も欲が出てきたのかな?」


「違う。あたしたちも、共存のための戦争をするの。あなたたちと共にね……」


 同盟国として対等な立場となったのだ。隠れてばかりいるつもりはない。平和のために倒さねばならぬ敵がいるのなら、フロラインも剣を抜かねばならないと思った。


「兵がついてきてくれるかな?」


「そうさせるのがあたしの仕事でしょ?」


「ごもっとも」


 敵は魔物か人間か。相手が誰であろうと、フロラインは大義をもって戦う。それが、ミゲルに対するせめてもの感謝の気持ちである。


「――ああ、そういえば……ミゲルが、きみを招待したいそうだよ。忙しければ断ってもいいけど」


「招待? なんの?」


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