第四十話 鶴は千年、亀は万年、じゃあ蝶は?

「退却命令……は、わかってるけどぉ、進路塞がっちゃってるじゃん……キルファちゃん、しくじっちゃったのかなぁ……」


 前線でマーロックの兵を指揮するのは、家臣のハートネス。白を基調とした清楚なシスター服は、まったくと言っていいほど、防具として機能していないように思える。華奢なのだが、彼女の手には巨大な斧が握られていた。


 戦場を見渡し、彼女は心を湿らせる。


 リーデンヘルの包囲が解かれ、シュルーナは19000は全軍をこちらに向けてくる。 加えてフロラインの9000も、マーロック本陣へと向かっている。


「うぅ……しんどくなりそ……」


 ハートネスが斧を振り回す。それだけで10の魔物が吹き飛んだ。


「ええと、連合が28000で、こっちが10000だから……ひゃあ! 私一人で18000も相手しないといけない! うう、大変だからまとめてかかってきてくださーい!」


「――じゃあ、遠慮なくやらせてもらうわね?」


 ズズ、と、地面から女性が生えてきた。名前はたしかヒュレイだ。出てくるや否や、顔面めがけて爆発魔法を食らわせてくる。


「ひゃあ!」


 粉塵舞う中、両斧を振り回すハートネス。だが、手応えはなかった。


 次の瞬間、ハートネスの身体が動かなくなる。


「あれ? あれれ?」


 粉塵が晴れ、視界が開ける。すると、周囲をサイクロプスやゴーレム、筋骨隆々なウイングエレファントなど巨躯の魔物が取り囲んでいた。連中の掌に握られた漆黒の糸が、ハートネスを捉えていたのだ。彼女は、まるで蜘蛛の巣の中央にいるようであった。


「ヒュレイ殿の魔法を受けて、無傷とは……なるほどタフだな。――先日は、そちらの大将に世話になった。言っておくが、私とて万の兵に匹敵するぞ?」


 糸の上には、先日マーロックに虐められていた蜘蛛女が佇んでいた。


「えっと……あなたは……誰でしたっけ?」


「シークイズ・レモンチューラだ。名前ぐらい――ぬッ?」


 バランスを崩すシークイズ。ハートネスの手によって、屈強な兵たちが一気に引き寄せられる。力任せに糸を手繰り、まとめて地面に叩きつけた。数多の魔物が大地へと伏し、ホウ酸団子を食らったゴキブリのように痙攣していた。


「なんという怪力ッ!」


「思ったより軽いんですねぇ。うふふっ。万の兵とか、子供みたいな表現しちゃってぇ。残念だけど、あなたみたいなザコ相手なら、十万でも余裕ですよーだ」


 シークイズは軽やかに跳躍し、音もなく大地に着地する。


「ふむ。ならば、百万の兵ならどうだ?」


「はーいー? どういうことでしょうか?」


「――うちの筆頭は、百万の兵に匹敵するぞ?」


 その時だった。シークイズの影から、蒼髪の青年が現れる。姿を見せた瞬間、ハートネスの顔面を鷲掴みにして、そのまま大地へと叩きつけた。


「ぐむむっ! あ、あなたはッ!」


「ははははっ! ようやく、おまえらと遊べるぜっ!」


「リオン・ファーレ!」


「全軍! 暴れろぉぉおぉおぉあぁあぁあッ! 俺たちの勝利は目前ッ! 今日は勝ち戦だぁあぁぁッ!!」


 リオンが叫び、配下が呼応する。どうやら、リーデンヘル軍との演技が終わり、遅れて前線へと参加していたようだ。


「あらあらぁ? 調子にのっちゃってぇ――がっつーん!」


 ヘッドスプリングで起き上がり、同時に頭突きを食らわせるハートネス。


「がっ……!」


「あららぁ? 百万の兵に匹敵する筆頭様も、随分と軽いんですねぇ?」


 微笑むハートネス。リオンは、軽くよろめくと、すぐさま体勢を立て直し、蒼き炎を浴びせかける。だが、ハートネスは軽く腕で払った。


「涼しい炎……。……本当にイシュヘルトくんを殺せたの?」


 リオンが槍を振るう。ハートネスが斧を振り回す。お互い、ノーガードだった。致命傷にも見えるリオンの傷はすぐに再生。対するハートネスは、衣服は裂けてもその皮膚には傷ひとつ付かなかった。


「硬い皮膚だな。おっぱいはどうなってんだ? カチカチなのか?」


「ふよふよですよ~。力を入れるとカチカチになりますけどね~」


 正面から潰すしかない。

 ハートネスの得意とする戦だ。


「リオンくんの炎って、呪いがかかってるんですよね。再生できないとか……? けど、特別高温ってわけじゃありませんし、火傷さえしなければ全然怖くないで――」


 ごう、と、顔面に蒼炎を浴びせられて、台詞が中断させられる。


「試してみるか? 不死蝶の炎は、そんじょそこらの魔法とは比べものにならないぜ」


 リオンの背から、蒼き炎の羽が伸びていく。


「リオン殿、冷静になられよ。ここには貴殿の部下たちもいるのだぞ」


「わかってるよ。――シークイズ、ヒュレイ。こいつは俺が相手をする。おまえらは兵を率いて、雑魚を蹴散らせ」


 シークイズとヒュレイが頷く。兵を動かし、ハートネスの軍勢を上手く蹂躙していく。


「――さ、死ぬまで殺ろうか、お嬢ちゃん。生憎と俺は死なないし、死ねないけどな」


「かっこいいですねえ。けど、私も死なないですよ。知ってます? 私のベースとなってるマグネムタートルって、ほぼほぼ寿命でしか死なないんだって」


「俺と同じだな。ちなみに寿命、何年?」


「万年!」


「……やべえな。寿命だと負けるわ」

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