第二十七話 想定外×2


 この日、シークイズにとって想定外の出来事が起こった。

 

 マーロック軍が到着したら、籠城戦が始まるハズだった。事実、シークイズは城壁のあちこちに罠を仕掛けており、圧倒的な戦力差があっても、シュルーナの帰還まで守り切る気でいた。


 だが、城に接近していたマーロック軍は、急遽進路を変え、ベルシュタットを無視。そのまま南下してしまうではないか。――しかも、進軍速度を上げている。


「どういうことだ……?」


 シークイズの中に、様々な感情が湧き起こる。


 マーロックは、いったいどういう魂胆なのか。敵軍が背を向けている。背後から襲うチャンスではなかろうか。あるいは罠か。


 ――どうなっている? 私は、どうすればいい?


 思考が交錯する中、シークイズがもっとも強く思い描いた感情は『不安』だった。このままマーロックが南下してしまえば、姫様との交戦状態に入る。シークイズの命よりも大切な姫が危険にさらされることになる。瞬間、吐き気を催すような不安がこみ上げてきたのだ。


 ――私は、ここで何をしている?


 次に湧いてきた感情は『怒り』だ。


 ――マリルクは、この結果を目論んでいたのか?


 予見できていたから1500という少数で十分だったのか?奴は『城を守れ』としか言われていない。たしかにこの状況は、マリルク・ギッフルドールにとっての成功である。だが、それは姫様の安全との引き換えでしかない。


 ――だとしたら許せない。


 シークイズは、マリルクを信用している。信頼もしているし、頼りにもしている。そして、裏切らないこともわかっている。姫様を思う気持ちも、他の家臣同様に強いと信じている。だが、シークイズにとって、どんな素晴らしいプランであっても、姫様の安全を脅かすような策は許容できない。


 怒りも相まって、シークイズは気がつけばマリルクのもとに駆けていた。


 謁見の間。玉座で蓑虫状態になっているマリルクのところへ。扉を開けた次の瞬間には吠えていた。


「マリルク殿! これはどういうことだ!」


 詰め寄って、すかさず剣を振るう。マリルクに巻かれていたロープが両断される。


「その様子だと、マーロック軍に動きがあったようだね」


 胸ぐらを掴み、ぐいっと引き寄せるシークイズ。


「そうだ! だが、奴らはこの城を無視して、南下しようとしている! このままだと姫様が危ない! 説明してもらうぞ! これが貴様の目論見かッ? 少ない兵でも守れると言ったのは、こうなることが予見できていたからか?」


「ああ、おそらくこうなるだろうと思っていた」


「ならば、このあとどうなるッ? 追撃部隊を出すのか? それとも、このまま見過ごすのかッ?」


「放っておくさ」


「冗談ではない! だとしたら、姫様はどうなるッ? 見損なったぞマリルク殿ッ!」


「落ち着いてくれ、シークイズ。マーロックは放っておいてもいい。僕の予想では、奴らがリーデンヘルに到着しても、すぐには全面戦争にはならない。そのうちに、こちらはいくらでも対策を考えることができる」


「ふざけるな! そうならないためにも、我々はマーロックの進軍を止めなければならないのではないか! マリルク殿は戦に参加したくないがゆえに、そのような策を講じたのではないか! そもそもッ、姫様はこのことを知っておられるのか?」


 額に血管を浮かび上がらせ、ツバを飛ばして捲し立てるシークイズ。


「姫様は知らない。言ったら、却下されるからね。いいから落ち着いてくれ」


「落ち着いていられるか! こうしている間にも、姫様に危機が迫っているのだ! 兵を借りていくぞ! 追撃して、こちらに注意を向ける! 奴らの戦場はここだ!」


「待て、シークイズが行ったところで、どうにかなる相手じゃない」


「待たん! 貴様の言うことは信用できん! いいか! いかに頭が良かろうとも、姫様を危険にさらすような真似だけは許さん!」


 シークイズは、これ以上の論議をする気にはなれなかった。姫様のリスクを最小限に抑えるのが、シークイズの使命である。ならば、やるべきことはひとつだ。少なくとも、城の中で留守番などしていられるわけがなかった。


「絶対に城から出るな! むざむざ殺されに行くようなものだ! これは軍師である僕からの命令だ!」


「殺されるか! このシークイズ・レモンチューラ、いっそのことマーロックの首を討ち取ってくれる。そして、貴様の指図は受けぬ!」


「僕の言葉は姫様の言葉と同じだ! 立場をわきまえろシークイズ!」


「私は『蜘蛛』だ。獲物を捕まえることは得意なのだ! 絶対に奴らは逃がさん!」


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