皇帝

懐かしい感覚


―――


 結局6時きっかりに全員がダイニングに集まった。新谷さんは渋々っていう感じだったけど、白藤さんに説得されて来たようだ。今は星美さんの夕食を食べて一息ついたところだった。


「ところでさ、女帝のカードの意味って何?」

 唐突に白藤さんが言う。それにびっくりしたように顔を上げた星美さんは気を取り直したように肩を竦めた。

「あの部屋に残されていたカードは二枚とも逆位置でした。女帝のカードの逆位置は、挫折、嫉妬、感情的、情緒不安定、わがまま、軽率。陽子の叔母さんそのものね。」

「成程ね。それで自殺っていうのは本当なんですか?」

「あぁ、間違いないだろう。凶器の剃刀も現場に落ちていたし、昨日の様子では誰かを部屋に招き入れたとは考えにくい。楢咲さんへの虐待を後悔して贖罪の意味で自らの命を絶ったんだろう。」

「そうですか。」

 大和刑事の言葉に白藤さんは納得したように頷いた。


「それにしても楠木さんが自殺する事まで犯人は想定していたという事になる。楢崎さんが死んだのは事実だから、この犯人は限りなく楢咲さんに近い人物だという事だ。それに加えて我々を殺す動機も持っている。だが我々はこの島に閉じ込められている状況だ。ここでこのまま殺されるのを大人しく待っているしかないのか。」

 相原さんがいつになく意気消沈した様子で頭を垂れる。流石にこの状況に堪えているのかも知れない。


「もう嫌だ!俺は帰る!」

「え?孝人?」

 新谷さんがいきなり立ち上がって叫ぶ。白藤さんが慌てて腕を掴むも彼の勢いは止まらなかった。

「こんなとこで死にたくなんかない!俺は一人でもここから抜け出してやる!」

「ちょ……ちょっと!!」

 白藤さんが止めるのも構わず、新谷さんは大股でドアの方に歩いていく。やがてバタンという大きい音を立てて玄関の扉が閉まった。


「……追いかけなくて大丈夫ですか?」

 僕が玄関の方を見て言うと、白藤さんが手をひらひらとさせる。

「大丈夫、大丈夫。外に出て頭冷えたらすぐに戻ってくるわよ。あ、小泉さん。今夜は玄関の鍵、開けといてもらえますか?」

「かしこまりました。」

 小泉さんが答えると白藤さんは席を立った。


「もう部屋に帰ってもいいですよね。何か色々あって疲れちゃった。」

「そうですね。皆さんの無事も確認できましたし、今日はこれで解散にしましょう。」

 坂井さんが周りを見回すと全員が頷く。僕は皆が椅子から立ち上がる様子をボーッと見ていた。


「流月くん、どうした?」

「坂井さん。帝叔母さんが亡くなったなんてちょっと信じられなくて……」

「あ、そうだよね。身内が突然亡くなったんだもんね。しかもあんな形で……ショックだっただろう?」

「えぇ、まぁ。僕は姉とは年が離れていたので叔母さんとはそんなに……実を言うと、姉が叔母さんに叩かれていた事の方が僕の中で大きくて。姉と同じ、いえ、姉以上に恨んでいたのかも知れません。最初はショックだったけど段々それも冷めてきたと言うか。」

「そっか。」

 苦笑交じりに言うと坂井さんは小さく相槌を打った。


「じゃあ私も部屋に帰るけど、君はどうする?」

「僕も行きます。」

「一緒に行こう。」

「はい。」

 二人揃って廊下に出る。僕は坂井さんを見上げながら話しかけた。


「坂井さんって姉とはどこで知り合ったんですか?」

「ん?あぁ、元々私は楢咲さんのお母さんと知り合いだったんだよ。」

「え?母と……ですか?」

「君もわかっているだろうが楢咲家と言ったら日本で五本の指に入る大財閥だ。私の実家は楢咲家が経営していた会社の子会社を任されていて、私は大学を卒業してすぐに自分の家の会社に就職した。その時に当時楢咲商事の会長の娘さんだった楢咲さんの……何か言いづらいな。君の前だけでは陽子ちゃんと呼ばせてもらうよ。陽子ちゃんの母親を紹介されたんだ。」

「そうだったんですか……」

「陽子ちゃんが生まれた時も出産祝いを持って会いに行ったんだよ。まさか弟がいるとは聞いてなかったけど。まぁ、君が産まれたくらいの時は離婚したり会社が破産寸前だったりと忙しくて、それどころじゃなかったからね。君のお母さんもわざわざ連絡しなかったんだろうね。」

「へぇ〜……旧姓が緒車さんだって声が言ってましたけど。」

「あぁ。緒車製薬の社長になって何年か経った頃に離婚して、その後は業績が急激に悪化してね。楢咲家に援助を頼んだんだけど断られて、結局同業者の坂井製薬に助けてもらったんだ。僕が婿入りするって条件でね。今は坂井と緒車の両方の経営に勤しんでるよ。」

「凄いですね。二つの会社を経営してるなんて。」

「優秀な部下のお陰だよ。実際僕のやる仕事なんて地味なものだよ。」

 坂井さんが苦笑いする。でも僕は尊敬の眼差しで坂井さんを見つめた。


 坂井さんの言った通り、楢咲家は昔から続く大財閥だ。でも一昔前、坂井さんや母がまだ若い頃は名声を誇っていたけど今は没落しかけている。理由は一族経営の悪いところが出たワンマン経営と古いしきたりのせいだ。僕が楢咲ではなく高坂を名乗っているのも、その中で色々とあったから。


「着いたよ。」

「え?」

 坂井さんの声に顔をあげると、いつの間にか僕の部屋に着いていた。

「ありがとうございます。」

「じゃあお休み。また明日。」

「はい。お休みなさい。」

 頭を下げると、坂井さんは軽く手を上げながら去っていった。


「良い人だな。坂井さん。」

 ポツリと呟く。初めて会った時から感じていた懐かしい感じ。それは僕や陽子が産まれる前から関わりがあったからかも知れないと思った。



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