覚悟


―――


「皇さんは早乙女さんが以前勤めていた高校の理事長をしていました。つまり楢咲さんや君達が通っていた高校ということですな。」

 植本さんが白藤さんと星美さんの方を向いて言った。二人は驚いたように顔を見合わせた。


 ちょうど昼食の準備ができたので先にお昼を食べてから植本さんの話を聞く事になった。後片付けを終えた星美さんと小泉さんも壁際に椅子を持ってきて座っていた。


「へぇ〜そうだったんだ……」

「理事長なんて顔も見た事ないしね。もちろん名前も知らなかったわ。」

 星美さんが言うと、白藤さんは頬杖をついて新谷さんの方に身を寄せた。

「わしは皇さんとは昔からの知り合いで、早乙女さんの懺悔を聞いた時彼に話すべきがどうか悩んだ。おたくの学校の生徒が年齢を偽ってキャバクラでバイトをしている、など簡単に口には出せない問題だから。でもこのままではいられないと一大決心をし、彼にすべてを話した。」

「それって駄目じゃないですか?神父ってそう簡単に懺悔の内容を他人に漏らしていいんですか?」

 坂井さんが少し気色ばんだ様子で言うと、植本さんは額に手を当てて頷いた。


「わかっている。神父としては間違った事をしたと今では後悔している。わしがここに呼ばれた理由は皇さんに本当の事を言ってしまった事だ。これが招待主のわしに対する殺意の理由だろう。」

 淡々と話す植本さんに言葉をなくす僕達。


 あぁ、そうか。この人は受け入れているんだ。正体も姿もわからない犯人から殺されるという現実を。その殺意の理由もわかっていて過去の自分を後悔している。ただ静かに、迫りくる恐怖に耐えているんだ。順番的には次の次だ。もう覚悟は決めているんだろう。


「話を聞いた皇さんはすぐに楢咲さんを理事長室に呼び出した。そして罵声を浴びせた。側で聞いていたわしでも耳を塞ぎたくなる程の暴言だった。しかし彼女はよく耐えたよ。一言も弁明せず、ただ頭を垂れていた。しばらくして気の済んだ皇さんは彼女に三ヶ月間の停学処分を下した。」

「そう言えば陽子、二年の途中でアメリカに短期留学するって言って連絡取れなくなった時期があった……」

「そう。表向きは短期留学という事で事を収めたんだな。皇さん的にも自分の高校の生徒が不純異性交遊をしていたという事実が表に出れば不味い事になると思ったのだろう。」

「じゃあそれが皇さんの殺される理由、という事ですね?」

 大和刑事が言うと植本さんは小さく頷いた。


「酷い!そりゃキャバクラでバイトなんてした陽子も悪いけど理由があったからで、頭ごなしに怒鳴って罵声を浴びせるなんて!そんなん、私でも殺意が湧くわ。」

「ちょっと星美さん……」

「だってさ……」

 僕が嗜めると星美さんは納得いかないって顔をした。


「まぁとにかく、これがわしの告白です。もし招待主の『陽子』に殺されるとしても悔いはない。後悔は飽きる程したのでね。」

「よくそんな簡単に覚悟できますね。俺は……死にたくない!」

 新谷さんが突然、椅子を蹴る程の勢いで立ち上がって叫ぶ。隣の白藤さんがビクッと肩を震わせた。


「俺は何もしてない!陽子とはただのあ……」

「孝人!!」

 白藤さんが慌てた様子で新谷さんの腕を掴む。新谷さんは一瞬ビックリした顔を白藤さんに向けたがすぐに平静を取り戻して椅子に座った。

「すみません、何でもありません……」

「と、とにかくこれで植本さんと皇さんの話は終わった訳ですね?他に何か言いたい事がある人はいますか?」

 坂井さんが皆を見回しながら質問するも、誰も口を開かなかった。そう言う坂井さんもそれ以上言葉を発しない。


 ここにきて誰もが自分がこの島に呼ばれた理由に思い至っている。それでもそれをここで告白するには及ばないのだろう。まだ隠していたいのか、まだ順番が自分に回ってこないからか。

 それはその人自身にしかわからない事だ。




―――


「さて、そろそろ部屋に戻りましょうか。する事が無くなってしまいましたね。」

 坂井さんがそう言うとホッとした空気が辺りを包んだ。


 あの後僕らはそれぞれ自由な時間を過ごした。ダイニングで寛ぐ者、置いてあったトランプで遊んだ者、小泉さんに案内されて屋敷の中を探検した者、等々。

 妙に長く感じた数時間を過ごした後は夕食を食べ、各々寛いだ。そして夜八時を過ぎた頃、坂井さんが提案すると皆が一斉に椅子を立った。まるでその言葉を誰かが言うのを待ち侘びていたように。


「じゃあ皆さん、お休みなさい。いい夢を。」

 植本さんの言葉に苦笑いを浮かべながらそれぞれ自分の部屋に入っていった。




―――


3号室 楠木帝の部屋



「やっぱり似ている……」

 私はカバンから取り出した写真を見つめた。そこには私と陽子が映っている。これは確か、沖縄に一緒に旅行に行った時に夫が撮ってくれたものだ。眩しい陽光に照らされた陽子はその名前の通り太陽みたいな笑顔でそこにいた。その隣に映る私は何処にでもいる平凡な女。その対比が落差がありすぎて心臓がじくじくと痛んだ。


「いや、似てるのは当たり前か。だって……」

 写真を裏返しにしながら呟く。そしてその表面をそっと撫でた。


「…………」

 陽子には手は上げまいと固く心に誓っていた。そんな事をすればあの人と同じ人間になってしまうから。心の底から軽蔑していた人間と同じ所に落ちていきたくはないから。

 でも、どうしても感情が高ぶってしまって自分が抑えられなかった。やはり私にはあの人と同じ血が流れているのだ。


「陽子……ごめんね。」

 カバンの底を漁ると目当ての物が手に触れる。私はそれを取り出すと目を瞑った。



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