落ちるもの。

第1話 落ちるもの。1

いつものように夢の中で「誰か」になってしまった秋人は、目を覚ました。


体を起こし、まず洗面台に向かう。

まずこの人物の身体的特徴を知るためだ。


鏡を覗き込むと、中肉中背の40代くらいと思われる男性と目が合った。

顔は整っていると思うが、くまが酷く、とても疲れている印象だった。

秋人は勝手にこの人の体に入っているわけだから、入る以前よりも綺麗にするのが礼儀というものだろう。

顔を洗い、髭を剃り、歯を磨く。

ほんの少しだけ明るくなったようにみえた。


身体的特徴はわかった。

次は、この人の中身だ。


罪悪感に苛まれながらも、この男の財布とスマホをあさってみた。


得られた情報は

・名前はサオシロ。

・年齢は42歳。

・妻と娘とは別居中。

・IT企業に務めていたが、数ヶ月前に退社。

・今はバイト生活。

・借金あり。


以上。


おそらく悪いことが悪いこと呼んでドミノのようにたおれ、このサオシロという男を破滅させてしまったのだろう。


この男がどれほど自暴自棄になっていたかは、床に散乱する酒の空き缶が物語っていた。


…さて、今日もいつも通りやっていこう。


きっとこのような状況におかれた人の中には

「どうせ自分じゃないし好き勝手やってやろう。」

などと思う人がいるだろう。

だが生憎、秋人はたとえこの体が他人であったとしても、罪悪感からそんなことは出来なかった。


秋人はいつも乗り移った人物の普段の生活を自分なりに考えて再現したり、この男がすべきことを実行したりしている。

その方がいろんな生活を体験出来て、有意義な時間になると思うからだ。

それに、いつもと変わらない生活だったり、すべきことが勝手にされていた方が体の主にとってはありがたいんじゃないんだろうか。


時刻は5時30分を過ぎたあたり。

まず、朝ごはんを食べることにした。


とりあえず冷蔵庫を開け、中を覗き込んでみる。

酒、酒、酒。

小さな冷蔵庫にビッシリと酒が入っていた。

相当な中毒者のようだ。


食べ物になりそうなのを探したが、もう元がなんだったのかわからないカビまみれのものしか出てこない。激しい刺激臭が鼻を刺激した。


「…仕方ない。コンビニにでも行くか。」


秋人はタンスやクローゼットを漁り、比較的綺麗な服とコートを選んで着た。

もうすっかり冬になったため、外はかなり冷え込んでいるだろう。


さて、長い1日が始まる。



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