『拾ったバイクと元ヤン彼女⑫』


 結局、その日も僕は美香さんに送って貰い家へと帰った。

 家に辿り着いても興奮しきりだった僕はつい嬉しくて今日の事を母に語った。


 翌日、早朝から家を出て峠を越えてコンビニに向かった。

 お店に入るとすでに生島さんが出社していた。僕よりも早い時間にやってきていると言う事は今日、店長が休みなのだろう。


「お早うございます」取り敢えず僕は生島さんへ挨拶した。

「お早う。聞いたわよ」

「何をですか」

「嬉しそうに何時までもネズミみたいに駐車場をグルグル回ってたそうじゃない」

「嬉しかったのは事実ですけど……」ネズミは惨い。「でも、いつ聞いたんですか」

「君が帰って丁度入れ違いで私、美香の家へ遊びに行ったのよ」

「そうですか……」

「これでもう一人、私の周りにバイク馬鹿が増えそうね」

「バイク馬鹿って……。生島さんの周りにいるんですか」

「いるわよ、先ず美香でしょう。そして、私の父親も久留世モータースの常連だったのよ。大型バイクも三台も所有してるわよ」

「それは、大変そうですね」

「ホントよ。でも良かったわ。やっと美香ちゃん久留世モータースを継ぐ気になったみたいよ」

「え? 継ぐ気はなかったんですか! 美香さん」僕は驚きの声を上げた。


 そんな話は聞いていない。そう言えば以前にお店を継ぐ云々うんぬんを言った時、非常に微妙な顔をしてたっけ……。


「うん、やっぱ、ほら、一昨年お爺さんが亡くなって結構ショック受けたみたいでね……。それ以来、落ち込んでいたんだよ。それに、お店を再開してもお爺さんと同じようなお店には出来ないとか言って……。それ以外にも彼女の方に色々事情があるのよ」

「そうだったんですか……」


 色々な事情と言うのは気になるが、お店を再開させると言うのは僕にとっては嬉しい事だ。これで行きつけのバイク屋が出来る。



 それからすぐに福山さんがやって来て、しばらくして初老の店員の池崎さんが出社してきた。

 ちなみにこの池崎さんは歩く時に右手と右足を同時に出して歩くため、若い女性のお客さんからは『可愛い』と大層評判である。しかし、柔道をやっていた僕は知っている。それは、古武道などで見られるナンバ歩きと言う歩法である。この人、一体何者なのだろう……。


 朝の商品補充も終わり、先に僕と福山さんがレジへと立った。


「……それで、そのカブ、何時走れるようになるの」福山さんが聞いてきた。

「実は今日、母が市役所に行く用事があったので、廃車と登録を頼みました」

「へえ、だったらもうすぐ乗れるようになるね」

「ええ、ナンバープレートを再発行してもらって、美香さんに自賠責保険を頼めば乗れるようになります」

「ふーん、良いなあ。僕もバイク買おうかな」

「福山さん、ホンダのシティ持ってるじゃないですか」

「いやいや、意外に車って持ってると乗らないものなんだよ……」

「そうなんですか」

「うん、先方に駐車場が無いといけないし、渋滞に巻き込まれるし……。すぐ近くに買い物行くときとか、学校行くときとかやっぱり自転車やバス使うもの」

「そうなんですか」

「うん、講義の間の駐車料金とか結構馬鹿にならない金額になるんだよね。そんな時バイクがあれば便利いいでしょ」

「だったら、美香さんに頼んでみましょうか」

「いや、それは……勘弁して……」福山さんが青い顔をして答える。

「美香さんは良い人ですよ。見た目と喋りはあんなんですけど……」

「うん、それは話しを聞いているればわかるけど……。でも、ちょっとやっぱりね。あははは」


 福山さんは思いっ切り誤魔化した。

 だけど、本当にどうしてなんだろう? 美香さんはどちらかと言えば職人気質の人なのだ。あまり自分から派手なファッションをしたり髪を染めたりする人には思えない。後で生島さんに聞いてみよう。



「生島さん」

「なあに」

「美香さんって、どうして髪を染めてるんですか」


 僕はシフトの関係で少し遅くなった昼食時に生島さんに尋ねてみた。


「随分、ストーレートに聞いてきたね……。うーん、やっぱりあれかな……。久留世モータースに来てたお客さんの影響かな」

「そうなんですか」

「うん、あそこに来る女性のお客さんてちょっと派手な人多かったし、言う事ははっきり言うタイプの人多かったから、その所為じゃないかって思うんだよね」

「でも、少し影響受けすぎなんじゃないですか」

「いや、ほら、美香ちゃんは子供の頃から修理手伝ってたし、憧れの女性像がそうだったんじゃないかなと思う」

「そうなんですか」

「うん、彼女と話をする同世代の女の人って私だけだったし、お店に来ていた女性のお客さんって今の美香ちゃんと同じような人ばかりだったからね」

「……」


 成る程、生島さんが以前言っていた『別に悪ぶっている訳じゃない』と言うのはそう言う事だ。美香さんにとってはこれが当たり前の大人の姿だったのだろう……。

 しかし、僕は生島さんの話に少し寂しさを覚えた。同世代で話をするのは生島さんだけ……。それは何だか悲しい話のように聞こえた。普段の何の気兼ねも無く明るい態度で接して来る美香さんを知っていれば尚更である。

 いや、本人はそんな事すら気に留めていないのだろうが……。


 この日、僕は無事夕方まで何事も無く仕事を続け帰宅した。

 家に帰ると居間のテーブルの上に真新しいナンバープレートが置かれていた。

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