『拾ったバイクと元ヤン彼女⑧』


 翌日の早朝。

 何だかんだと言いながら僕は自転車で峠を越える事に慣れてきた。今では自転車に乗ったままで頂上まで上る事も可能である。

 ちなみにこの道路は一車線ではあるがアスファルトで綺麗に舗装された農道である。普通の地図には載っていないので通る車はあまりいない。ここを通るのはほとんどが地元の人である。ただし、周囲には田んぼや畑がいっぱいあるので朝からトラクターなどが走っていたりする。


 そして、今日は牛が居た。

 目の前には道路を塞ぐ形で黒い牛が寝そべっている。流石田舎なだけはある……。

 近くにある牧場は久留世モータースからさらに奥に在るのそうなので、多分この牛はこの辺りの農家の人が趣味で飼っている別の牛だろう。


「おい、どけよ」僕は牛に向けて声を掛けた。


 牛は一瞬だけこっちを向き興味なさげにまた目を瞑った。どうしよう、このままでは遅刻してしまう。

 僕は仕方なしに自転車を担ぎ牛のお尻の方を跨いだ。あまり音を立てない様に静かに牛の上を越える……。


 突如、牛が立ち上がった。

 で、でかい……。頭が僕の胸の位置にある。

 〝ウモー〟

 僕の顔からは血の気が引いた……。



「それで、その牛をここまで連れて来ちゃったと……」店長の松見さんが額を抑え呟いた。


 今、牛はコンビニの駐車場の真ん中へ陣取り寝そべっている。


「いやー、何だか懐かれちゃって」


 この牛はここに来るまでに何度も体当たりの様に身体を摺り寄せて来た。そのたびに自転車でこけそうになりながら何とこここまでやって来た。


「多分、向こうの方だと上野さんちの牛かな。あそこは昔牧場やってたし。分かった私が連絡しておくよ」

「はい、よろしくお願いします……」


 その時……。


「あら、牛がいるわ」


 丁度、真っ赤なスズキセルボ乗って出勤してきた生島さんが車を降りざまに呟いた。


「すみません、僕に付いてきちゃったんですよ」

「多分、上野さんちの牛だと思うんだけどね」店長が付け加える。

「ああ、上野牧場の……昔はよくあそこへ牛を見に行ったわね」

「え、そうなんですか」

「ええ、丁度、私がこっちに越してきた頃の話。美香が牛を好きでね、良くあそこの牛をバイクで追いかけまわしていたわ」

「へえー」でもそれは、牛を好きな人の行動ではないと思う……。


「ちょっと上野さんに電話して来るから、二人は牛が暴れない様に見ていて」そう言い残し店長はお店の中へと消えて入った。

「どうしましょう……」多分暴れ出したら僕には止められない……。


 生島さんは近くに生えていた雑草を引っこ抜き牛に与え始めた。寝そべったままモグモグと草を食む牛の頭を撫でている。


「あら、大人しくていい子ね」そう言いながら何の戸惑いも見せずに生島さんは背に跨った。


〝ウモー〟

 そう声を上げ牛が立ち上がる。


「思い出したわ。昔はよくこうやって牛の背に乗ってたの」上から目線で生島さんがそう言ってきた。

「危ないですよ……」


 この人たちは牧場で一体何をやっていたのだろう? カウガール?

 牛はゆっくりと駐車場の中を歩き始めた。



 暫くすると物凄い勢いで荷台に柵を付けたトラックがやって来た。トラックから良く日に焼けたおじいさんが降りてくる。


「こら、シロー! こんなとこまで来ちまって、おめー何してんだ」


 〝ウモー〟

 嬉しそうに牛が鳴く。


「迷惑かけちまって、申し訳ねえ」おじいさんが頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそ」そう言いながら生島さんは牛の背からひらりと飛び降りた。


 牛はおじいさんに連れられてトラックに乗せられた。

 その後、遅れてやって来た福山さんと駐車場の糞と尿の掃除をしてコンビニはいつもより三十分遅れで開店した。




「と、言う事があって今朝は大変だったんですよ……」


 今日の仕事を終え久留世モータスにやって来た僕は、美香さんにあらましを説明した。


「そりゃ、災難だったな。そう言えば昔はよくチナっちと上野牧場行ってたな。懐かしい」

「やっぱり、本当の話だったんですね……」

「ああ、牧場まで一緒に自転車で行って牛を追いかけまわして遊んでたな」

「あれ、バイクじゃないんですか」

「BSモーターだよ」

「BSモーター? 何ですそれ」

「モペットって言って自転車にエンジン付けた乗り物だ。ブリジストンって言うタイヤメーカーが作ってたんだ。だから自転車漕いで行って牧場でエンジン掛けて走んだよ」

「それってありなんですか」

「良いんだよ、エンジン掛けて無けりゃ自転車なんだから」(※現在はエンジンを掛けてなくても原付として扱われます)

「へー、でも、生島さんって元はこっちの人じゃなかったんですね」

「ああ、あいつはあたいが中二の時にこっちに越して来たんだよ。それからはずっとダチだ」

「お二人は仲いいですもんね」

「ああ、マブダチだな。よし、そんじゃ今日はキャブばらすぞ」

「はい」


 僕は工具を引っ張って来てカブの修理を始めた。

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