『拾ったバイクと元ヤン彼女④』


 僕は前後輪がパンクしたままのカブを押し、美香さんの家を目指した。


「いや、しんどい……」


 思わず高校時代の柔道部の練習で古タイヤを引っ張って、荒れ地を走らされたことを思い出した。パンクしたバイクがこんなに重いと思わなかった。膝がプルプルと震える。美香さんの家である久留世モータースの看板に着いた時には背中が汗で濡れていた。


 久留世モータースは想像していたのよりも立派なお店だった。ログハウス風の大きな建物。道路に面した長いショウウインドウ。HONDA・YAMAHA・SUZUKI・KAWASAKIのステッカーが貼ってある。ついでにクボタやヤンマーやロビンエンジンのステーカーも貼ってある。

 だが、そのどこにもバイクは見当たらない。ショウウインドウの中には段ボール箱が積み上げられて、その横に耕運機が一台置いてあるのが見えた。店の入り口には植木鉢が置かれて出入りできない様になっている。店を閉めているとは聞いていたがこれは寂しい光景だ……。僕は素直にそう感じた。


 お店の横の駐車場に緑の軽トラが置いてあるのが見えた。カブを押してその前まで行ってみる。

 お店の横はガレージになっていた。開いたシャッターの中に車二台が並んで置けるスペースがある。そこには様々な機械が設置されていて壁には沢山の工具が吊ってある。


「おう、来たか、光一」


 作業台に腰かけてコーヒーを飲みながらテレビを見ていた美香さんが声を掛けて来た。


「来ました。ここ沢山機械があるんですね」

「ん? まあ家は昔、自動車の整備もやってたかんな」

「でもバイクは一台も見当たらないんですね」

「ああ、店に在ったバイクは親父が全部、倉庫に仕舞っちまったからな。あたいのバイクは、今、修理中だ」

「美香さんて何のバイクに乗ってるんですか」

「あたいのバイクは……。まあ、修理が終わったら見せてやんよ」

「そうですか、楽しみにしておきます」

「よし、それならカブをこっち持ってこい」

「はい」


 僕は押してきたカブをガレージの中央へと持って入り止めた。


「おう、センタースタンド掛けろ」

「え? ああ、こっちのスタンドですね」


 両手で抱え上げる様にして大きい方のスタンドを掛ける。ガラガラと音を立てて美香さんがジャッキを引っ張って来た。そして、スタンドの前に設置してフロントタイヤを持ち上げた。


「よーし、そいじゃフロントタイヤ外せ」

「えーと、どうやってですか」

「んだよ……まあいいか。ホントはこっち側のブレーキケーブルやメーターワイヤーも外すんが正しいだがよ、カブはシャフトを外すだけでもタイヤが外れんだ。だから左に14㎜右に17㎜のメガネを入れてナットを回すんだ。やってみ」

「はい」


 多分メガネはメガネレンチの事を指すと辺りを付けて、僕は近くに在った工具箱の中からそれを探した。それらの工具を探し出しシャフトにあてがった。


「レンチは斜めになんねえ様に根元までしっかり入れる。じゃねえとナット舐めんぞ」

「はい」

「どうした、はよ回せ」

「あのーどっちに回せばいいんですか」

「ネジは 〝の〟 の字で締まんだ。緩めるときは逆な。だから右手を下へ回す。左は抑えとくだけだ」

「はい……いや、全然回りませんよ」

「あー、こりゃ錆てんな。ここはロックナット使ってから固てーんだ。ちょっと左だけ抑えてろ」


 そう言って美香さんは右手でレンチの頭を押さえ右足でレンチの柄を踏んだ。〝メキョッ!〟 と音を立ててナットが回る。


「ほれ、やってみ」

「はい」僕は言われた通りナットを回した。

「外したパーツは後でイモグリ塗るからそこのウエスに乗っけとけ」

「はい」イモグリって何?


 ナット・シャフト・ブレーキ側から外れたカラーをウエスに乗せた。

 美香さんがガシガシと足で蹴ってブレーキをホイールから外す。そして外れたホイールを床に転がした。


「よーし、次はタイヤ外すぞ」

「はい」

「先ず踏め」

「え?」この人は何を言っているのだろう?

「タイヤのとこだけ踏んでビートを落とすんだよ」

「あ、はい」


 僕はタイヤの上に乗っかり踏みつけた。ペコっと音がしてタイヤが凹んだ。


「よーし、ひっくり返して、踏め!」

「はい……」


 何だか美香さんが乗ってきた。笑顔で嬉しそうに語り始めた。


「よーし、次はタイヤの片側をホイルから外へ出す」

「はい」

「これ使ってタイヤは外すんだ」


 そう言って美香さんが手にしたのは二本の黒い金属棒。自転車屋で見たことがある。タイヤレバーと呼ばれる工具だ。


「これをホイールとタイヤの間に差し込んでテコの原理でタイヤを外に出す。やってみ」

「はい」


 僕は恐る々タイヤレバーを差し込み、レバーの先端を引いた。


「光一、上手よ。さあ、早くその黒くて硬いものを入れて頂戴。あ! 駄目、そんなに入れたら破れちゃう!」


 何故か美香さんがノリノリになってしまった……。


「あのー、美香さん……」

「んだよ」

「変な言い方しないでください」

「何んが変だよ、ちゃんと説明してんだろ」

「黒くて硬いものはタイヤレバーで、破れちゃうのはチューブの事ですよね」

「そうだよ、だからそう言ってんだろ」

「言ってませんよ。ちゃんと名称を言ってください」

「はぁ~、めんどくさ」


 美香さんはポケットから煙草を取り出し火を点けた。言葉とは裏腹に何故かその顔は嬉しそうに笑っていた。

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