『拾ったバイクと元ヤン彼女②』


 それから数日後。

 そのスーパーカブは前の持ち主から譲渡証と納税証明を受け取り、正式に僕のものになった。

 畑から手で押しコンビニの駐車場の隅に置かしてもらった。それにしても……。


 見た目も相当に惨かったが、やはりこいつの修理は簡単にいかなそうだ……。

 半年以上畑に放置されていたそのカブは、前後輪がパンクをしてエンジンも掛からなかった。


「こいつを修理するのかい田辺君」バイクを見た店長が呆れた声でそう言った。

「ハハハ、相当苦労しそうですね……」

「うーん、だったら、生島さんに聞いてみるといいよ」

「え? 生島さんですか」


 生島さんは長い髪をポニーテールにまとめた若いOLのような印象の女性である。あの人はバイクには乗りそうにないのだが……。


「うん、生島さんの友達にバイク屋で働いてる知り合いがいるから、その人に相談するといいよ」

「はい、そうします」


 そして、僕は店内にいた生島さんに声を掛けた。


「あのー、生島さん」

「なあに」

「バイクの事を相談できる人が友達にいるそうですけど、僕に紹介してもらえませんか」

「いいわよ。多分夕方になったらお店に来ると思わよ」

「え、もしかしてここの常連さんですか」

「そうね、近くに住んでるし、田辺君も何度かは会ってると思わよ」

「そうですか、よろしくお願いします」


 そう言って僕はレジへと入った。それからしばらくの時間が経ち夕方になった……。


 突如、バックヤードで休憩をしていた僕の耳にガシガシと何かを蹴る音が聞こえて来た。


「おい、店員!」

「はい、すみません。お待たせしました」


 僕は急いでバックヤードから飛び出しレジへと付いた。レジ前にいたのは髪を金髪に染め荒いパーマをかけた女性だった。この人は……。


「おう、ラッキー三つくれ」金髪の女性が言い放つ。

「え? ラッキーですか……」ラッキー? 運? スマイルの類だろうか?

「んだよ。煙草の名前も知んねーのかよラッキーストライクだ」

「ああ、ラッキーストライク三つですね」

「おう」


 後ろの棚から煙草を引っ張り出してレジで金額を打ち込んだ。


「あら、美香ちゃん。いらっしゃい」


何処にいたのかバックヤードから生島さんが出て来た。


「おう、チナっち。ういっす」

「あ、そうだ田辺君。この人が私の同級生でバイク屋で働いてる久留世美香くるせみかよ」

「え、この人が……」


 確かに何度も見たことがある顔だ。金髪に染めた髪に赤い革ジャン……。だがどう見ても見た目がアレなのでなるべく距離を置くようにしていたお客さんだった。

 この人が生島さんの言うバイクに詳しい友達なのだろうか? 確かに極一部のバイクには大変詳しそうだが……。


「んだよ、ジロジロ見んなよ。その目玉くり貫くぞ!」

「まあまあ美香ちゃん。ウチの店員にまで凄まないの。ごめんね田辺君。美香ちゃんは強そうな人を見ると凄まないといけない病気だから……」

「はあ……」僕は思わず生返事を返した。そんな病気の事初めて聞いた。一体どんな病名だろう。

「んだよ、病気じゃねーよ」

「まあまあ美香ちゃん。この子、新人の田辺君。ちょっと美香ちゃんにバイクの事で相談あるんだって」

「お、おめーバイク乗んのか。良いぜ何でも聞きな」


 急に態度が軟化した。


「ごめんね田辺君。美香ちゃんはすぐに人に手を出すし口も悪いけど、基本良い人だから」


 いや、人に手を出してる時点で犯罪者なんですけど……全く良い人の理由に繋がっていない。


「んだよ。誉めんじゃねーよ」


 いや、多分誉めてはいないと思いますけど……。とそう思いつつ僕は彼女に話しかけてみた。


「バイトで入っている田辺光一と言います。よろしくお願いします」

「おう、夜露死苦ー」


 成る程、一見見ると只の危ない人に見えていたけど、よく見ると赤の革ジャンの下に着ているのは作業用のツナギだし、短く切った爪の間に黒いオイルが付いている。真面目に仕事をしてないとこうはならない……。


「ジロジロ見てんじゃねーよ」

「ぐはー、目がー! 目がー!」


 僕はいきなり目つぶしを喰らった。


「こら、美香ちゃん! 新人の目つぶしちゃダメでしょ!」

「ああ、悪い、つい……」


 僕はしばらく床に転がり悶絶した。



「んで、これがおめーのバイクか。どっからパッチて来たんだよ」


 僕は美香さんにお店の裏に止めてある問題のスーパーカブを見せた。


「盗ってませんよ、ちゃんと譲渡してもらいました」

「おう譲渡証持ってんのか。感心々。でも、これ只の行灯カブじゃねえか」

「え? 行灯? でも只のカブじゃだめですか」

「まあ、嫌いじゃ無えけどよ……カブはホンダの原点にして起点にして出発点のバイクだからよ」


 あれ? 全く前に進んでいない……。それでは原点から全く進化してない事になるけど、良いのか……。


「んで、このカブどうしたいんだよ」

「修理して乗りたいんです」

「ふーん、あっ! おめーこのカブどこで手に入れたんだよ」

「そこの畑に置いてあったの譲ってもらいました」

「何だ、満森のじいさんのカブか……ほらここシール貼ってあんだろ」


 指を差されたところを見て見る。そこには久留世モータースと書かれたシールが貼ってあった。


「ウチのじいさんの店で売ったカブだよ」

「美香さんの家がバイク屋だったんですか」

「ああ、このちょっと先だ。今は店閉めてっけどな」

「え? どうして」

「継ぐ人間が居ねーんだよ。親父は公務員だし、あたいはまだ整備士の資格もってねーし」

「ああ、それで、今は別のバイク屋で働いてるということですね」

「おめー……ふん、まあいいや」


 何か複雑な事情があるのだろう。そう答えた美香さんは何かを言いかけ恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 それから彼女はそのカブのあちこちを点検して言った。


「前後のタイヤとチューブの交換。キャブとガソリンタンクの清掃。エアクリーナーとオイルの交換。前後のブレーキシューの交換。後はバッテリー交換かな……。工賃込みで五万円コースだな」

「結構かかるんですね」

「登録もこっちですんなら登録費用で一万円掛かるし、走り出すには最低限自賠責の費用が一万円くらい必要だ」

「うーん、そうですか……」


 想像してたのより費用が掛かる。勿論、今七万円は手元にない。ここの給料は一か月とちょっと先……。


「ただし、もし、おめーが全部自分で直すならパーツ代で二万円ってとこだな……後は自賠責の一万円だ」

「え……」いきなり半額以下になった。

「単に走るだけで良いなら、前後のタイヤとチューブの交換とキャブとガソリンタンクの清掃と、後、自賠責。二万で済むぜ。どうする」


 えー! 更にお安く!


「それって、どういうことですか」僕は美香さんに聞いてみた。

「バイクの修理ってのは、大体、作業時間で工賃が決まってんだよ。タイヤ交換いくら。オイル交換いくら。ってな、それを全部、自分でやりぁ安くなんだよ。そいで最初にあたいが言ったのはバイク屋として安全に乗る為の修理価格だ。エンジン掛けるだけならキャブの清掃。走るだけならタイヤ交換だけで走れるよ。後、自賠責保険は強制な」

「え? でもそれってブレーキ効かないですよね……」

「ああ、そうだよ。だけど走んないバイクのブレーキ直しても意味無いだろ。最初に走る様に直して事故んねようゆっくり走って。そんで次にオイル交換とブレーキシューを交換する。んで次にバッテリーとエアクリーナーの交換。こうやってコツコツ直していけばいいんだよ」

「成る程……」

「それに、こいつには物凄いメリットがある……」目を細め意味深顔で語る美香さん。

「何ですか」僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「自分で修理が出来るようになる。この先ずーっと自分でいつでもどこでもバイクを直して乗れるようになる」

「おお! でも……先に免許取らなきゃいけないですね」

「はあ? そこからかよ……。こりゃ飛んだ坊ちゃんだな。まあいいや教本持ってから貸してやるよ」

「お願いします」


 こうして僕は美香さんに免許の教本を貸してもらい、バイクの修理を教えて貰う事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る