東洲斎江戸日和(その4)

浮多郎が手に取った瓦版のいちばん上は、「大当たり富籤」の大見出しで、この春の谷中の感応寺の富籤の当り番号が羅列してあった。

中段には、豪商が大勢の吉原の花魁を従えて花見をしている錦絵が、墨一色で描かれていた。

下段では、「紀文の花見」の小見出しで、錦絵の説明を詳細にしていた。

「どうして、この瓦版が要蔵さんの殺しと繋がるんで?」

浮多郎には、分からなかった。

大家は、小鼻をひくつかせ、

「まず、この大見出しの富籤の番号が怪しい」

と話を切り出した。

「感応寺の富籤はとっくに終わっています。どうして、今ごろ当たり番号を瓦版でわざわざ知らせるんで?これは、どこかのだれかが胴元になった違法の陰富の当り番号です。当たった番号札を胴元のところへ持ち込めば換金できるのです」

浮多郎は、『なるほど』と唸った。

「問題は、この花見の錦絵です。桜の下で花魁に囲まれてやに下がっているのはだれだと思います?」

「小見出しにあるように、紀文の紀伊国屋文左衛門でしょう」

「ははは、・・・これぞ、公方さまです」

大家は、にやりと笑った。

「家斉公?」

「紀文に似せて、じつは公方さまを描いたのです」

これは『こじつけではないか』と、浮多郎は思った。

「それは、それとして、問題は花魁の数です」

「はあ?」

「ひふみよ、六人いますね。薩摩から嫁を迎えたばかりなのに、六人もの側室をかかえてお子を次々と生ませています。この瓦版では、そこを揶揄しているのです」

ぼんやりしているように見えたが、大家はなかなか鋭い目を持っている。

「これは、公方さまの色好みだけの話ではありません。贅沢をする大奥を非難した白河候は昨夏罷免され、ご改革とやらは頓挫しました。しかし、残された老中が、われわれには奢侈を禁じておきながら、公方さまには贅沢を許しております」

たしかに箸の上げ下げまで口うるさく注文をつける奢侈禁止令で、養父の政五郎の小間物屋の櫛笄簪などは、まったく売れない。

「しかし、この瓦版がほんとうにお上の逆鱗に触れたのでしょうか?」

浮多郎は、大家の話が単なる与太話ではないことを確かめた。

「要蔵さんは、瓦版を売り歩くだけではないのです・・・」

大家は、ここで声を潜めて、

「瓦版を企画するところから、摺って撒くのまで仲間たちとやっているのです」

囁くようにいったが、奉行所の御用をする浮多郎に、そんなことまで話してよいものやら・・・。

「ところで、この紀文の花見の錦絵を描いたのは、だれだと思います?」

浮多郎は、改めて瓦版をよく見た。

・・・墨一色ながら、紀文も六人の花魁も、まるでそこで息をしているように、生き生きと描かれていた。

「まさか」

浮多郎と目が合った大家は、小さくうなずいた。

「最近、この辺を探る侍をよく見かけます」

『東洲斎先生も狙われているとは!』

・・・これは、浮多郎には驚きだった。

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