第32話 厄介な依頼、厄介な知らせ

―――よっしゃオレの勝ち!


「ああくそ負けた!」


「……何をしているんだ君たちは」


「競走です」


 息を切らせながら町に辿り着いたところで、ユーゴーさんが呆れたような顔をして話しかけてきた。

 ……何をしていたかと言われれば、帰りにすると言っていた鍛錬代わりの競走だ、と答えるしかない。あまり呆れられるような事はしてない、はずなんだけどな……。


「あんなスピードで森から飛び出てくれば呆れもするだろう……。非常事態でも起こったのかと思ったぞ」


「……すみません」


 ……それもそうだったな。流石に反省しよう、ただでさえ森の様子がおかしいのにこんな事をするのは確かに問題だった。


「まあちょうど良かった、組合ギルドから伝言だ」


「伝言?」


「ああ、『できる限り早く来てほしい』とのことだ、何か依頼があるらしい」


  ―*―*―*―


「――すみません。コレの買い取りと、あと俺に依頼があると伝言を受けたのですが……」


「ああ! レオンさん! お待ちしておりました! 応接室に向かってください!」


「いや、あの、俺は断ろうと――」


「どうかご無礼の無いようお願いします!」


 組合ギルドに到着すると、あれよあれよと言う間に応接室に案内され、待たされることとなった。


―――これが噂に聞く『指名依頼』ってやつか?


―――……どうだろうな。


 【命令】持ちに話を持ってくる時点で十中八九まともな話じゃない。


 どうやって断ろうかと考えていると応接室の扉が開き、支部長ギルドマスターともう一人、男性が入って来た。……立ち振る舞いが貴族かそれに近い立場のそれだ、一体何者だ?


「待たせてすまないな、レオン。この方は――」


「――俺は今のところ受注依頼を受ける気はありませんよ、支部長ギルドマスター。依頼の受注履歴を見れる貴方ならご存知でしょう」


 無礼であることを承知で言葉を遮る、依頼主の立場とか事情とかを捲し立てられて、依頼を受けざるを得ない状況を作られては堪らない。……ついでに相手の心証が悪くなれば、もしかしたら依頼する気が失せるかもしれない。


「……ああ、そうだな。君は最近、恒常依頼に提示されている薬草の採取や害獣などの駆除、そうでなくとも日帰りで終わる依頼や、偶然遭遇した魔物の素材しか持ってきていない」


「それが分かっているなら――」


「――だが、そんな事を続けていても孤児院のことは解決しない」


「――――っ!」


 一気に警戒度を跳ね上げる。

 その話をするという事は、ここにいるのは関係者ということになる。

 支部長ギルドマスターの隣りにいる男は何者だ? まさか、組合ギルドは敵なのか?


「……そこまで警戒されるとはな」


「当然です。今まで何もしないどころか、搾取すらしようとしていた側が何を今更」


「なっ……!」


 そんなことを言われるなど思っても見なかったとばかりに、男が驚愕の表情を浮かべる。

 対してその傍らに立つ支部長はあくまで冷静だった。


「ふむ、ならばこの場にいる誰も孤児院の敵になるつもりは無いとでも誓約すれば、納得してもらえるかな?」


「……多少は、そうですね」


「ならばそろそろ本題に入ろう、彼は今回の依頼人である――」


「――ロワリエ伯爵家家令テオフィルだ」


 支部長ギルドマスターの言葉を遮るように男が名乗る。

 ロワリエ……、ここの領主の家名だったか。流石に謝らないと首が飛ぶな。


「……それほどの方だったとは知らず、先程はとんだご無礼を、申し訳ありません」


「…………シモン殿、本当にこの者に頼むべきだと?」


「むしろ彼以上の適任はいないでしょうな」


「……何の話でしょう?」


 全く話が見えてこない。


「何、単純な話だ。ウォルター様の救出を依頼したい」


「――…………は?」


「お、おい、シモン!」


 サラリと言ってのける支部長ギルドマスターに、取り繕うことも忘れ泡を食ったようにテオフィルが叫ぶ。

 対する俺も、素っ頓狂な返事しかできなかった。


 そんな二人を置いていくように話は続く。


「現在、ウォルター様が監禁状態にあることは知っているか?」


「……噂程度には。ですが軟禁ではなく監禁ですか?」


「ああ、その通りだ。そうですね、テオフィル殿?」


「……昔のように呼び捨てで構わん。監禁も事実だ」


「それ言い訳とかどうするつもりなんですか? 事実に近いだけのデマだと思っていたのですが」


 身も蓋もない、と呆れる家令テオフィルと黙って肩をすくめる支部長ギルドマスター


 ……え、まさかそんな考え無しなのか、まだ見ぬ領主の息子ってやつは。


「あー……っと、それはともかくとして、つまり依頼というのは『領主邸に侵入して要人を救出しろ』という事でいいのでしょうか?」


「そうだ」


「本職の人間に頼むべきでは? 俺なんかよりもよっぽど適した技能を持っている人がいると思うのですが……」


「【命令】もその適した技能の一つだろう?」


「……まあ、確かに色々と使える才能スキルではありますね」


「それに【命令】ならばでもそれなりにが出来る。考えなかった訳ではないはずだ」


 ……色々と見透かされている。思わず舌打ちしそうになるのを堪え、反駁する。


「どっちにしろただ侵入しろと言われても無理ですよ。何の策も無く忍び込んでただ騒ぎを起こすだけ、結果何の成果も得られないなんてことになりかねない」


「ああ、それなら心配いらない」


 だが、それも彼にとっては、些細な、取るに足らないものだったのだろう。


「過剰に巨大な『集落』が発見された、大狂奔スタンピードは確実だ。その騒ぎに乗じればできるだろう?」


 その些細な逃げ道は、今塞がれた。

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