第27話 罠と決闘①

「あの、本当に大丈夫なんですか? 等級でいえば同じ銀級下位ですよね?」


 訓練場に押し掛けた野次馬を横目に木剣を物色する。職員服を着た奴から最初に渡された物に関してはしっかり検分してから他の職員に渡してやった。


「まあそうですね、でも大丈夫ですよ」


 お、これが良さそうだ。……うん、振り心地も良好。


、負けるつもりはありません」


  ―*―*―*―


「さて、と」


 結構集まってるなあ。さっきまで居なかったような奴らまで居る。


―――賭けが始まってるぞ?


―――まあやるだろうな、決闘騒ぎがあるときの定番だし。


 どっちが人気なんだか、まあどうでもいいか。


「……一応確認しますが、審判は中立の人を選びましたよね?」


「……当たり前だ」


 散々煽ったせいか不機嫌そうに答えられる。……たぶん『お友達』側の人間だと思うんだけどなあ……。職員服を着てるだけだとどうにも信用できない。


 まあ、彼の知らない仲間という事なのだろう。


「準備はできましたか?」


「はい」


「ああ」


 半身になり少し腰を落とし、左手のバックラーを前に突き出して構える。


 相手の装備は……、こちらより少し長めの剣とカイトシールド…………いや一回り小さいヒーターシールドか。特に相性の優劣はなさそうだ、剣の長さは体格の違いの問題だろう。


「それでは…………、始め!!」


 先に動いたのはジョエルだった。真っ直ぐに突っ込み、左上からの素早い連撃。こちらの防御の隙を窺う算段だろう。

 それを盾で弾き、ステップで躱しつつ太刀筋を見極める。


―――おい、来るぞ!


―――分かってる。


 発動前の魔法特有の不自然な風が頬を撫でる感覚。方向は……右後ろだな。


 タイミングを合わせ、大きく踏み込み剣を振る。

その背後を風弾が通り抜け、目の前でジョエルが飛び退く。


 ……気付かれなければあるも無いも同じ、か。


 右後ろに一瞬だけ目をやり、そして言う。


「……その程度か、もっと来たらどうだ?」


「なんだと!?」


「いい加減こっちからも攻撃するぞ?」


「…………チッ!」


 ジョエルに舌打ちされた。思うように攻撃が当たらず苛ついて……、いや、半ば怒っているらしい。冷静さを失ってくれるなら何よりだ。


 そして再び攻防が始まる。やはり先に動いたのはジョエルだった。


 またしても左上からの攻撃。それを左の盾で受け、弾くの左下に


 防御の仕方が変わったことに驚いたのか、一瞬の硬直。しかしすぐさま左下から逆袈裟に斬り上げてきた。


 それを今度は右手の剣で真上に斬り逸らす。思わぬ動きに戸惑ったのか、たたらを踏んだ所へ踏み込み、最後の一撃を―――


「っ!!」


 首筋にぞわりと嫌な感覚、慌ててしゃがんだ頭上を何かが通り過ぎ、ホッとするのも束の間。追撃に叩き込まれる振り下ろしを横っ飛びに避けた。


 そして、その『何か』が飛んでいった先を見てぎょっとする。

 なんと訓練場の外周を囲う柵は壊され、観客が数人吹き飛ばされていた。


(確かに聞こえるように『全力で』とは言ったがやりすぎだろ!)


 それは俺が仕掛けた罠だ、元よりこちらを狙う存在には気づいていた。ただ指摘してもイチャモンにしかならないので何も言わなかっただけ。

 だからそいつにだけ分かるように言ったのだ、「全力で来たらどうだ?」と、何せ【命令】の力はそういうただの一言にも効果があるからな、結果は見ての通り。


 だが…………、


―――……おい、どうして審判は止めない?


―――俺がまだ負けてないからじゃねーの?


 さらに運の悪いことにジョエルはもう周りが見えていない状態らしい。構えを解くことなく俺だけを睨みつけている。


 まだ戦いは終わらない。


  ―*―*―*―


 柵に体を巻き付けて主の戦いを見守る。これだけ人がいると動き回るわけにもいかない。


 何よりこれはいい機会だった。


 俺の主たるレオンはその実力を見せるようなことが今までなかった。強者と戦おうとすることは無く、ひけらかすような性格でも無い。鍛錬しているところを見ても全てが分かるわけでは無い。

 だから、今回の決闘は渡りに船だった。そこに至る経緯が全く理解不能だったが。……人間社会はよく分からない。


 ともかく、決闘相手のジョエルとか言うのは銀級下位でご主人と同格の冒険者らしい。実際、果敢に攻めていたし、外野からの『援護』も決まれば勝ちの目もあるように感じた。決まらなかったから勝てていないわけだが。


「……守ってばかりだけど、本当に大丈夫なのかな……?」


「分からない、けど信じるしかないよ」


―――いや、もう大丈夫だろうな。


 心配そうな後ろの二人の会話を聞き、答える。念話の波長を合わせられない二人に聞こえるわけではないから意味はない筈だが……、


 こりゃあご主人と話すのが癖になったかね。


 一匹で苦笑していると、観衆のざわめき。ついに戦況が動いていた。


「ふっ…………!」


 放たれた矢の如き突撃。そこから繰り出される嵐と見紛うほどの連撃。

 先程までのジョエルなど相手にならないと言わんばかりの圧倒的な剣技だった。


「…………誰だよ、あいつが銀級下位なんて言ったのは……」


 ざわめきの収まらない観衆の中で誰かが呟いた。


「下手すりゃ金級じゃねえか、あんなの……!」



 ああ、そういえば本人が言ってたっけな。




 【命令】持ちは不正を疑われて低く見積もられがちだ、って。

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