第7話 厄介事、頼まれ事

 カイがしりもちをつく、手をつないでいたシーアも引っ張られて転んでしまった。


「おい、お前ら何ぶつかってきてんだ?ああ?」


「――っ!」


「ご、ごめんなさい!」


 ぶつかってきたのは嫌な目つきをした男だった。

 怒鳴り声におびえる二人に代わってミリアが謝るが、


「今ので俺の懐中時計が壊れちまったじゃねえか!ちゃんと弁償できるんだろうなあ?」


「それは……」


 下卑た笑いを隠しきれないまま、おもむろに懐から取り出された懐中時計を見た途端に顔を青くして黙り込んでしまう。……下手すれば貴族が持っているような高級品だ、確かに弁償するとなったらかなりまずい。


 ……まずいな、ミリアがパニックになりかけている。



 俺が何とかするしかない、か


 慌てるミリアを手で制し、三人を庇うように男の前に立つ。


「それだけ言うってことは、お前はちゃんと前見て歩いてたんだよな?」


「当たり前だろうが、なんか文句あんのか?」


「そうか、なら”正直に答えろ”、なんでぶつかった?」


「は?そんなのワザと…―――ッ?!」


 …そのまま言い切ってくれれば楽だったんだけどな、さすがにそう簡単にはいかないか。

 あまり【命令】の力は使いたくないし、一応相手は年上だからこんな生意気な喋り方はしたくないけど、仕方がない、もう少し追い打ちをかけよう。


「なんだ、答えられないのか?」


「―――…っ、だ、だが俺は時計を壊されたんだ!その弁償をしない限りは許すわけにはいかねえんだよ!」


?疚しいことが無いなら答えられるよな?」


「そ、それは…………」


「……もういい。こういうことは二度としないほうが良いですよ。……ほら、行きましょう」


 ミリアたちを促し、いつの間にか集まっていた野次馬の間を縫うようにしてその場を離れた。



「はあ……、大の大人が何でこんなこすい商売をしてるんだか」


「あの、衛兵に引き渡さなくていいんですか?」


「事情聴取が面倒くさいです。お腹も空きましたし」


「でも……」


「【命令】持ちだからこその弱みもあるんですよ」


 うやむやにした俺の対応に納得がいかないらしい。


 でも、俺の考え付く限りはあれが最善だった。あのままだと状況証拠だけで弁償させられかねなかったし、何より下手に長引けば俺が【命令】持ちであることが不利に働くかもしれなかった。


 ……どうしても納得してくれないようだったら、後でちゃんと説明しよう。


 そんな事を考えているうちに孤児院に到着した。


  ―*―*―*―


「私はこのルーニック孤児院の院長のカイルといいます。今日は食料品を寄付していただいたばかりか、町の外でも子供たちを助けていただいたようで、なんとお礼を言っていいのか……」


「いえ、好きでやったことですから。」


 孤児院に到着し、調理場へ食材を運んだ後、俺は執務室へ案内されていた。書斎も兼ねているのか、並んでいる本棚には本がぎっしり詰まっている。

 ちなみに、自己紹介はすでに済ませている。


 ……そんなことを気にしている場合じゃないか。


 について聞くとしたらここしかないだろう。様子を見て察しがつくようなことならともかく、今のところ『助ける』べきところがわからない。

 もちろん、院長に問題があるならほかの方法をとるべきだ。でも、その懸念はここにきてすぐに払拭された。直感だけども、この人は子供たちに信頼されていると感じた。


 ……覚悟を決めよう、


「………俺はユーゴーさんに『ここの人たちを助けてやってほしい』と頼まれました。どういうことなのか、教えてもらえませんか?」


 そう尋ねると、カイルさんは驚いたような、それでいてどこが合点がいったような表情を浮かべた


「少し込み入った話なので、今すぐ話せる話ではありません。ただ……」


「ただ?」


「あなたが来る少し前に、エルメアさんが、あなたが私たちの救世主になるかもしれないと教えてくれました」


「…………」


「この町に来たばかりの方に頼むようなことではないのは分かっています。十分な謝礼を用意出来るわけでもありません。ですが、どうか、どうか私たちを助けていただけませんか?」


 それは、必死の懇願だった。

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