1

「今日も練習がんばろーねー!」


 通話相手の一人である陽愛ひめヒメのキャラクターアバターがモニターの中で僕ともう一人の通話相手である玲音れおんに大きく手を振る。

 僕と玲音は素顔を晒して活動するゲーム実況主だが、陽愛ヒメはゲーム実況も行うVTuberで、週ニのポンポンフラッグ練習で行うテレビ通話でもアバターを使用していた。


「とりあえずフラッグ行っとこうぜ」


 玲音の提案で今日はフラッグから練習をすることに。

 フラッグはポンポンフラッグの中で最もスタンダードなルール。ざっくり言えばマップの各所に設置された十本のフラッグを取り合う陣取り合戦だ。各プレイヤーは好きな武器を持ち、戦地に赴く。

 僕はチームの中では特攻を担当していて、相手チームのプレイヤーのHPを削り、"キル"することが仕事だ。キルされたプレイヤーは自陣のスタート地点まで戻されるからキルすればするほど、こっちは有利になる。


「さじ太! 後ろからきてるぞ!」


 キルされると武器の種類に関わらず、パンッ!と風船が割れたときのような軽い破裂音がして画面が真っ暗になる。最近はこの瞬間を何度も体験していた。


「最近調子悪いね」


 数試合終わった。全国大会優勝チームが国内のランダムマッチで負け続き。

 沈黙が流れていたところにヒメがため息混じりにそう言った。

 それから、Tシャツ姿の玲音がコントローラーから片手を離し、煙草を吹かし始める。


「調子悪いっていうか、やる気が無ぇんだろ」


 玲音の、普段なら心地良いと感じる低めの声がよく研いだナイフになって僕の胸元を突き刺した。玲音は"誰"と指名はしなかったが、それを僕は自分に向けられていると感じた。

 重い一撃を喰らった心臓は、苦しそうに鳴いた。外から聞こえるセミの鳴き声よりもその鳴き声は遥かに大きい。その後も玲音は何ごとか喋っているようだったけれど鳴き声で掻き消されて、よくきこえない。


「今日の練習は、もうやめよう」


 僕には苛立つ玲音とそれをなだめようとしているヒメに、笑顔でそう告げるのが精一杯だった。なんで笑顔をつくる必要があるのか自分でもよくわからない。少しでもギスギスした空気で終わらせたくない気持ちが出たのかもしれない。握っていたコントローラーは手汗で濡れていた。また練習しようね、そんなヒメの声を合図に僕は通話を切った。


 玲音のナイフが深く刺さるくらいに、僕には自覚があった。新型ウイルスの世界的な流行により尽くことごと中止になるコンサートやイベントのニュースに、僕のやる気は確実に削がれていた。秋にロサンゼルスで開催されるゲームイベント内で行われるこの大会も中止になるんじゃないかって思ってた。

 軽い感じで以前そのことを二人に話したとき、二人は秋には状況がよくなってるはずだって言ってたけど、僕はそんな楽観視できない。

 だって状況は、五ヶ月経っても変わってないじゃないか。政府も、みんなも。コンビニに行こうとすれば子どもたちとその親が公園に集まっている。観光地には若者が大勢いるという報道だってある。

 僕自身は動画さえあげてれば生活できるけど、楽しみにしてた大会はどうなる? 百%ひゃくパー中止だろ!


「そんな中でどうやってモチベーションを保つっていうんだよ!!」


 仲間にはぶつけられなかった気持ちをコントローラーに向ける。力任せに投げたコントローラーは、カーテンで閉め切られたガラス窓に当たった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る