5.料理とコンビニ

「よいせ、っと」


 この地に来て、気持ちに余裕が出た俺は自炊をするようになっていた。というのも、会社の人が家庭菜園をしていたり実家が農家だったりで、やたら野菜をもらうのだ。腐らせるのも勿体ないし、最初は焼くだけ茹でるだけだったのが、今では多少料理らしくなってきた。


 スーパーで買い物をし、会社で教えてもらったレシピ通りに作ってみる。おっかなびっくり始めた料理だが、ようやく手順というものが分かってきて楽しささえ見出してきたところだ。この変化には自分が一番驚いている。


「戸井田さん、元気かなぁ」


 じゃがいもの皮をむきながら、ふと考える。以前の俺なら、今頃はコンビニで買った弁当を1人、部屋で食べていたはずだ。夕食を買うという大義名分を掲げて、戸井田さんに会うためコンビニに足を運んでいた頃が、少しだけ懐かしい。


 引っ越しの日までコンビニに通ったけれど、結局戸井田さんに会うことはできなかった。だからあの日、俺が連絡先を書いたメモを戸井田さんに押し付けたあの日が、戸井田さんを見た最後だった。


「会いたかったなぁ」


 ひとりでに言葉が零れ落ちていくが、どうしようもない。


 出来上がった料理を卓に運び、食事をする。つけていたテレビからは、ご当地観光情報が流れていた。


「ここまで続けてこれたのも、足を運んでくださるお客様のおかげです」


 真っ白のコックコートに身を包んだ老店主が人懐っこい笑顔で、そう話している。


 地域に愛されて50年の洋食屋。次のシーンでは、ハヤシライスが美味そうな湯気を立てて、画面いっぱいに映し出される。家族連れや常連客らしき人たちで賑わう店内の様子を見ていると、俺もちょっと行ってみたくなってきた。


 次の休みに足を延ばしてみるかなと思いつつ、時々FORKを覗いたりして時間が過ぎていく。


「ふう……」


 ゆっくりとした夜の経過を感じる。俺が生きている時間、流れていく時間、その時間の中で俺はどうするのか。そういったことを時々は考えるようにもなった。


 目の前にある時間を、ただただ消費することしか考えていなかった俺には大進歩だ。


 ~~♪~♪


 スマホの通知音で現実に戻された。確認してみると、知らないアドレスからメールが一通。


「誰だろう」


 迷惑メールかと思ったが、なんとなく開いてみた。


『鈴木さんへ


初めまして。コンビニバイトの戸井田です。覚えておいででしょうか。


バイトに行ったら、店長から鈴木さんが引っ越したことを聞きました。


鈴木さんとは、なんでもない世間話とかを時々したりして、忙しいバイトの時間がちょっとだけ和んだりしました。


私は看護師を目指しているのですがその実習で忙しく、バイトもお休みしていたのでお別れの挨拶もできず、少し残念だなぁという気持ちになったので、メールを送ってみました。


新天地でもがんばってください。


戸井田 未来』


「戸井田さん、未来って名前なんだ」

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