サイタマ・バーチャル・バトル!~サイタマを愛す者がバトルを制す~

秋月一歩@埼玉大好き埼玉県民作家

第1話「サイタマ愛に溢れた暴走自転車少女と、俺は出会った――(蹴られた)」

「補欠とはいえ、サイタマスーパースクールに合格できて、本当によかったな……!」


 俺、与野待人(よのまちと)は、サイタマ県央サイタマスーパースクールの校門前で感慨に耽っていた。


 このサイタマ県央(けんおう)サイタマスーパースクールには、サイタマシティ・アゲオシティ・オケガワシティ・キタモトシティ・イナタウンに住む者にのみ受験資格が与えられる。サイタマシティ在住の俺は、倍率三十一倍の難関を辛うじて乗り越え、最後の一人として入学することができたのだ。


 なぜ自分が最後の一人だということを知っているかというと、合格を知らせてくれたサイタマ県央サイタマスーパースクールの採用担当の女教師から「欠員が出たので、あなたが合格者の最後の一人になるわ。ありていに言って、あなたが一番弱いということよ。つまり、この三年間、君はサイタマスーパーバトルを楽しむどころか、まともに戦えない可能性すらあるのだけれど。……それでも、この学園に通う覚悟はある?」と、問われたからだ。


 答えは決まっていた。

 子どもの頃から憧れていた、サイタマスーパースクール。そこに通えるのなら、ビリだっていい。だから、その採用担当教員に「覚悟はあります。入学させてください」と答えたのだった。



 こうして、俺は今、サイタマ県央サイタマスーパースクールの校門前にいる。

 目の前には、広大な敷地を誇るキャンパスに、H字型の近代的な校舎。


 江戸時代に開拓されたミヌマ田んぼに囲まれたこの地は、周りに人家がほとんどなく、魔法をぶっ放そうと、爆発音が響き渡ろうと、騒音問題にならない。


 ここまではオオミヤ駅から、スクールバスで十五分かけてやってきた。つまり、周りには俺のほかにもこの学園にやってきている生徒がいる。その連中は一足先に校門をくぐっていた。

 残っているのは、感慨に耽っている俺だけだ。


 しかし、乗ってきたのが朝の最終バスなので、そろそろ校舎に入らないとマズイ。初日から遅刻ってのはよくない。

 ちなみに、入学式は、サイタマハイパーアリーナ(サイタマスーパーアリーナを改修した施設)で、全サイタマスーパースクールの生徒が集められて、先日、盛大に行われた。


「よし、行くか……。ビリだっていっても、入ったら同じだ。俺の青春はサイタマスーパーバトルに捧げるかな」


 期待に胸を膨らませて、校門に入ろうとしたところで――。


「あーーーーーーーーーん! 初日から寝坊なんて最悪じゃないっ! このままじゃ遅刻しちゃう! こうなったらマックスパワーだわ! いっけぇええええええええええっ!」


 背後から、タダゴトではない女の子の声がしてきた。

 ……と思ったときには、女の子の乗っていると思われる自転車がものすごいスピードで俺の横を駆け抜け、目の前の池にダイブしていった。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ――ザバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!


 爆発でもしたかと思うぐらい盛大な水柱(校舎の三階相当の高さに達していた)を立てながら、女の子は悲鳴を上げた。


 自転車に乗るときは、よく前を向いて漕がないと危険である。こうして、登校初日に盛大に自爆することもあるのだから。というか、なんだこの突然自爆女子は。


「えっ……と……」


 さっきまで入学の感慨に耽っていた俺だったが、突然現れた「暴走自転車女」の盛大すぎる自爆っぷりを見て絶句していた。ここまで見事なダイブをを見せられてしまったら、どう反応したらいいのかわからない。


「ひゃああああっ! た、助けてぇぇえええええっ!」


 しかも、女の子は自転車とともに池の中にズブズブと沈んでいきながら、手を出して助けを呼んでいる。


 最初の衝撃と、浸かった水面によって、女の子の制服はビチョ濡れだ。もちろん、透けている。透けまくっている。純白のブラジャーと、その中心の赤いリボンとか、肌色のふたつの膨らみとか。慎ましい大きさであるが。

 しかし、生命の危機に瀕している女の子は必死だった。


「あ、足っ、攣っちゃって、泳げないぃぃぃいい!? た、助けてぇぇっ! せ、せっかくサイタマスーパースクールに入学できたのに、死ぬのはいやぁぁあーーーーーーー!」


 庭園の池なのに、無駄に広くて、深いらしかった。女の子はパニックになりながら泣き叫んでいる。あまりの混乱っぷりに、こちらには気がついていないようだ。

 まさか、このまま見捨てて登校するというわけにもいくまい。


「だ、大丈夫かっ!?」


 池の淵に駆け寄り、女の子に呼びかける。


「うわああああああーーーーん! こんなことなら、おやつにとっておいたジュウマンゴクマンジュ―食べとくんだった―ーーー! これじゃ成仏できなぃぃいーーーーーーーーーーーーー!」


 絶賛パニック状態の女の子は聞いちゃいなかった。

 いっそこのまま放っておこうかと思ったが、ジュウマンゴクマンジュ―を求めて夜な夜な学食とかに現れられても後味が悪い。


「ほらっ、掴まれ! 死にたくないだろ!?」


 俺は肩にかけていた鞄をそこらへんに投げ捨てると、ちょうどよく落ちていた太い枝を手にして、淵から身を乗り出して伸ばすことにした。


「へっ!?」


 女の子はようやくこちらの存在に気がついて、こちらを見てきた。

 バッチリ、目が合う。


「……っ!」


 そこで、初めて俺は目の前の女の子が超絶美少女であることに気がついた。

 水も滴るいい女――というかズブ濡れだが。あまりの美少女っぷりに、つい、茫然としてしまう。


「って、助けてくれるんじゃないのぉっ!? ひっ、ひぃぃぃっ!? 沈むぅぅぅっ!」

「はっ、すまん! 掴まれっ!」


 我に返って枝を伸ばすも、無駄に広い池のおかげで届かない。


「や、やだあぁああああっ! こ、こんなところで死にたくなぃぃぃぃっ!」

「こ、これは、まずい……!」


 相手は足を攣って泳ぐことができないうえに、パニック状態でまともな判断ができていない状態だ。これで下手に助けに行ったら、巻き添えにされる危険性もある。


 無駄に広い池は、対岸まで20メートルぐらいある。そして、溺れている女の子は5メートルほど先でバシャバシャもがいている。


「た、確か……着衣で泳ぐのは危険だったよな……!?」


 そう。水で濡れた衣服というものは、想像以上に重い。そして、動きを奪う。しかも、今、俺が着ているのは学生服という最悪の状態だ。


「ええいっ! 人助けのためだ! ここはひと肌脱ぐっ!」


 俺は覚悟を決めて、急いで学生服を脱ぎ始めた。


「へっ!? あ、あんたナニやってんのよぉぉ!?」


 女の子はバシャバシャもがきながらも、ツッコミを入れてくる。

 その間にも上半身裸になり、さらにはカチャカチャと音を立ててベルトを外す。ズボンを下ろす。トランクスは……下ろしかけて、やめた。危ないところだった!


「きゃぁあああっ!? へ、変態ぃぃぃぃぃいい!?」


 しかし、女の子は溺れながらもドン引きしていた。こんな状態でもリアクションを忘れないとは女芸人の鑑だ。


「誰が変態だっ! 俺まで溺れたらマジで死ぬからな!」


 入学早々、入水心中だなんて、シャレにならない。間違いなくサイタマスーパースクールに代々語り継がれる事件になってしまうだろう。

 準備運動は省略して、池に飛び込んだ。そして、そのままバタフライで女の子のもとへ向かう。


「きゃぁああああっ!? こ、来ないで、全裸で来ないでぇえええっ!?」


 冷静さを失っている女の子は「全裸の変態男が迫ってくる」としか認識していないようだった。トランクスを残したというのに。酷い誤解だ。しかし、そんなものを悠長に解いて場合じゃない。


「ええいっ、体力を無駄に消費するな! マジで死ぬぞ!」


 女の子の近くまで来ると、立ち泳ぎに切り替える。あとは、女の子に慌てず騒がず掴まってもらうしかない。


「ほら、掴まれっ!」

「や、やだぁぁぁぁっ! 全裸の変態になんかに抱きついたらお嫁にいけなくなっちゃうじゃないぃぃっ!?」


 女の子は溺れながらも、器用に抵抗する。

 普通人だったらここまで叫びながら暴れたらとっくに体力が尽きているだろうが、そこはサイタマスーパースクールに入学するだけあるようだった。


「ええい、埒が空かない。こうなったら、強引に……!」


 右手を伸ばして、女の子の両腋の下に回して抱え込む。つまり、思いっきり胸が腕に当たる格好になるが、今はそんなことを構っている場合じゃない! 人命優先だ!


「きゃぁあああああああっ!?」


 今度はさっきとは別種の悲鳴が上がる。

 しかし、ここで離すわけにはいかない。


 途中で落とさないようにさらに強く抱きしめると、自由な左手を使って水を掻くようにして池の淵に向かって泳ぐことにした。


「きゃぁあああああっ! 変態っ! 変態ぃぃぃ! きゃぁああああああっ!」


 ますますパニック状態の女の子に叫ばれて、耳がうるさかったが……。しかし、対岸目指してひたすらに泳いでいく。


「ふぅ……まったく、入学早々人助けすることになるとはな」


 無事に女の子を池から押し上げ(その際、臀部を持ち上げる格好になってしまったが、致仕方ない)、自らも地面に上がった俺は、腕で額の水滴を拭う。


 勇気ある行動と、適確な救助により「暴走自転車自爆女」の尊い命が救われ、一件落着になるはずだったが――。


「な、ななななっっっ! なにドサクサに紛れてあたしの胸とお尻触ってんのよぉっ!? このド変態ぃぃぃぃ!」


 女の子は目にも止まらぬ速さでハイキックを繰り出してきた。


「うぉぉわぁっ!? ちょっ、なにするんだよっ!? 命の恩人を殺す気かっ!? というか、足攣ってたんじゃないのかよっ!?」


 コメカミを正確に狙った蹴りを危ういところでかわしながら、抗議する。ここで亡き者にされたら、恩を仇で返されるというレベルじゃない。


「ショックで治ったわよっ! よ、嫁入り前のあたしの胸とお尻を触って許されると思ってるの!? ゆ、許さないっ、絶対に許さないんだからぁっ!」


 どうやら、とんだ貧乏くじのようだった。助けた相手に平然と暴力を振るうとはいただけない。いろいろと不可抗力だったから、仕方ないじゃないか。


「くっ、暴走女で自爆女かつ地雷女だったか……!」


 しかも、先ほどの蹴りはなかなかの威力を誇っていた。暴力女でもある。かなり厄介な全身兵器だ。


「な、なによっ! いきなりあたしのことを友達になっちゃいけない女みたいに言わないでよっ、この変態男! 全裸男! ドスケベ男!」

「だから、全裸じゃないってばっ!? ほらっ、ちゃんと見てみろ! トランクス履いてるだろっ!?」


 俺は自ら視線を己の股間部分に向けて安全性をアピールする。釣られて、女の子も視線を俺の股間に向けた。

 ……しかし、そこはに俺の大事な部分を女の子の視線から守ってくれるトランクスはなかった。


「な、なんでだぁあぁあああああああああああああああああぁあああああああああ!?」

「きゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 今度こそ女の子の蹴りが頭部にクリーンヒットして、俺はたっぷり五メートルほど飛翔してから池に叩きこまれた。

 結果。それによって、先ほどの自転車突入に勝るとも劣らない壮大な水柱が立ったのだが……。


 もちろん、そんなものの直撃を食らって意識を保っていられるほど俺は強くなんてなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る