悪女は異世界を遊びつくす

藤原遊人

第1部 女王召喚

第1話 異界からの救済者

その日、魔王城には慌ただしく重苦しい空気が流れていた。

長年対立しているレイド王国に勇者と聖女が生まれるという預言が下りた。


預言者が告げる預言は「そういうもの」で、妨害しようとして妨害できるものではない。


魔王側としては、勇者が生まれそうな家系で生まれた赤子を徹底的に狙うぐらいしか手がない。

聖女は勇者が魔王に匹敵する力をつけたときに、最も汚れなき乙女が聖女として宣託を受ける。生まれながらに聖女というものではない。


ただし、何度か前の勇者は異界に生まれていて、そのときになってから王国に召喚され、魔王を滅ぼしに来たと歴史書にはある。レイド王国の筆頭貴族ジークフリート家がその勇者の末裔とされている。

その上、古文書にある例では騎士家系の赤子を皆殺しにしたのに、孤児院育ちの農民の子どもが勇者となって鍬で魔王を倒しに来たという記録すら残っている。


一体、私たちにどうしろと?



「ヴルコラクさま」



執務室で頭を抱えていたら、秘書のフーリーに話しかけられた。時計を見れば、その勇者の報が入ってからかなりの時間が経っていた。



「フーリー、集合状況はどうなっている?」

「あとは、辺境のナーガさまとアイラヴィさまです」

「あぁ、遠い上に転移門を置いていないからな」

「仕方ありません。それよりも、魔王様がヴルコラクさまをお呼びです。執務室に来るようにと」

「わかった。今日はこれから長くなる。フーリーたちも交代で休憩をとるように」

「承知いたしました」



シャラシャラと音を鳴らして、フーリーが退出したのを見届けてから鏡に向かう。


陛下からの呼び出しが多いのもあって、宰相の執務室と魔王の執務室は鏡でつながっている。

私が銀が苦手な吸血鬼一族であるにもかかわらず、直通の出入口を銀で作らせた魔王様はイイ趣味をしているとしか言えない。


掌のひりつきを我慢しながら鏡に魔力を流し込むと、視界がぐるりと回った。

到着と同時に片膝をついて、両腕を前で合わせる最敬礼の姿勢をとった。



「きたか、ペトラ」

「陛下のお呼びと伺い、参上つかまつりました。遅くなり、申し訳ございません」

「良い。お前のことだ、どうせ古文書まで遡って頭を抱えていたんだろう」



何度見ても息を飲むほど美しい魔王様が頬杖をついて、私を見ている。

幾年たっても真っ黒な御髪は艶を失わず、炎の力が強いことを示す灼眼は楽しそうに細められている。


ん?楽しそうに?


ご自身が殺されるという予言が出たに等しいはずなのに、陛下、ルシファー様は随分楽しそうだ。



「ペトラ、宰相のお前に聞こう。何か良い案はあったか?」

「ジークフリートの家系には現在女児しかおりません。今後生まれてくるだろう男児を赤子のうちに狙いたいと思います」

「はっ、お前らしいまじめな案だな。今日の緊急会議で、俺は召喚をするつもりだ」

「…召喚ですか?」

「あぁ、以前から勇者と聖女についてはソフィア・ヘルビムに調べさせていてな」



ソフィア・ヘルビム、天使一族の脱落者と呼ばれている天使のはずだ。

変人の称号をほしいままにしている女天使で、常識はぶっ飛んでいるが頭はキレる。確かに陛下の命令で城の一角を貸していたはずだ。

今日はいつもよりハイテンションでどっかに飛んで行ったとフーリーから聞いた気がする。



「ソフィアが言うには、勇者と聖女に対抗するにはこの世界の理から外れた存在が必要らしい」

「この世界の理?あぁ、それで、召喚を…。その理から外れた存在をどうなさるおつもりですか?」

「女王にする」

「……なんと」

「俺の嫁にする」



別に言い換えてほしかったわけではない。

自信に満ち溢れている魔王らしいその姿にいつも通り平服したいところではあるが、どこからやってくるのか不明な謎の人物を女王として戴くのは抵抗がある。そして私ですら抵抗があるなら、堅物のナーガとかはブチ切れるのが容易に想像つく。


また、城の修繕費予算申請しないと、と現実逃避しかけたところで現実に戻った。それどころではなかった。



「ソフィアは常識がないが、誰よりも頭は良い。あいつにプレゼンさせる。

先にリヴァイアとイブリストを説得しておけ。ナーガを権力実力ともに抑えられるのはあいつらぐらいだ」

「承知いたしました」



陛下から、すぐに取り掛かれとの命令で御前を辞した。


近衛隊の第1隊長を務めるリヴァイアと第2隊長を務めるイブリストは陛下を狂信している。

だから陛下の御身の安全と余所者を城に入れるどちらが良いかといえば陛下の安全を光速以上の速さで選ぶだろう。


陛下の嫁ということは女性が来るだろうから、世話役も用意しないといけない。



「ヴルコラクさま。どなたをお呼びしますか」

「近衛隊長のリヴァイアとイブリスト、それにヤクシーの一族は誰がいる」

「アルブが城仕えにおります。あと本日は筆頭タニタニアさまがいらっしゃっています」

「二人とも呼べ」

「すぐに」



フーリーの手から金色の蝶が羽ばたいていく。

幻覚を応用した伝令、こんな荒業を考え付く有能な魔族が秘書でなかったら、今回の件、対応しきれなかっただろう。


他に、近衛から専用に護衛を出さないといけない。さすがに隊長の二人をつけるわけにはいかないから、次点を探さないといけない。

実力も当然だが、それ以外に柔軟な思考で、仮にやってきた嫁がサキュバスや夢魔の弱い魔族でも蔑視の態度を表にしない社交力もある魔族。


名簿を読み流しながら、数名ほど候補を絞る。あとは、近衛隊長の二人に決めてもらおう。



「ヴルコラクさま、近衛隊長のお二方が到着されました」

「通せ」



今日はまだまだ長い。

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