第6話 邂逅

No5

        邂逅




 時間は遡り執行前に。


 葛城サナエは杉崎カヨコを精神的ケアする為の医療スタッフの一人で、杉崎カヨコの主治医も兼任している。通院する当時は何度も説得を試みるがその度に杉崎カヨコは反発した。

 杉崎カヨコは性的暴行を受けた被害者だった。


「カヨコ、一緒に警察に行こうよ。そうすれば絶対に--」


「イヤッ! 警察になんて絶対に行かないッ!」


 犯罪を取り締まる機関では事件の詳細を調べるために、被疑者の精神的ケアも考えながら調査をするがそれがすべて被疑者の為になるとは限らない。


 自分の甘さが招いた事だ、と言ってしまえば一理あるのは確かだが、それだけで済ましてしまうのはいささか人として情けが無さすぎる。だが、意見としては間違ってはいない。


 自分が知る知らないに関わらず女性として危機管理を持っていれば防げた、かもしれない事件ではあるのだから。


 それはそれとして、事件の内情を誰彼構わずに自分の恥ずかしい情事の姿などを見せたくない。

 さらには、その時の覚えてる限りの詳細な話を証言しなければならないのだ。


 杉崎カヨコは数年の年月をかけてようやく社会復帰出来るだけの精神耐性を身に付けたのに、昔の事を思い出すなと傷に塩を刷り込むほどより辛いだろう。


 その事を十分に理解している葛城サナエは杉崎カヨコの説得に力を入れられなかった。


 しかし、性的暴行の被疑者は常に存在する。そして質の悪いことに刑罰はそれほど重くはないのが被害者にとっては悩ましく加害者にとっては歓喜することなのだ。こうした弱者は数えきれないほど存在する。


 林田のように犯罪を犯しても裁かれていない者、法に裁かれたとして被害者の希望道理の結果にならない者、保釈金が払われ数日のうちに釈放される者など。


 法という名前だけの張りぼてでは何の解決にもならないのだ。ただ単にシナリオをなぞるだけで犯罪抑止にはならない。


 それが分かっている葛城サナエは『表側』ではなく『裏側』から制裁を加えられないかと考える。

 なお、考えるまでなら法には触れないが実行動した時点で法に抵触する事は葛城サナエ自身は理解していた。


 葛城サナエ自身が法を犯してまで杉崎カヨコの事を助けたいと思うのは、すでに異常と見るべきなのか、心優しい稀有な女性として見るのか。ただ、葛城サナエの心の中ではすでに杉崎カヨコは精神ケアをする患者ではなくなっているのは確かな事実である。


 葛城サナエは時間を作っては多少の金銭を使いそれらしい場所で情報を集める行動をしていた。そしてそんな行動を取っていれば、自然と向こうの方から接触してくるのは当然の成り行きだった。


「あんたが最近、情報を集めている女医さんかい?」


 強面な顔に色付きのカラーシャツ。そして、映画の中ぐらいでしか見ないようなスーツを着た男性が葛城サナエに声をかける。


「正確には女医ではありませんが、医療に準ずる仕事をしているのは確かです。それと、情報を集めているのも私です」


「そうかい。なら、ちょっと付き合いな。あんたに取っては悪い話しにはならねぇだろよ。ただ、断るならこの界隈には近寄るんじゃねぇよ。あんた見たいな人が動き回ると面倒が起きるんでな。こっちとしては迷惑なんだよ」


 乱暴な言葉を使って喋っているわりには覇気が感じられなかった。逆に怯えている風に感じるのは気のせいだろうか。


「........話を聞きます。案内をお願いします」


「ふんっ、付いてきな」


 強面の男に従いついて行った場所はある高級宿泊ホテルの一室だった。

 部屋の中に入ると一人の青年と金髪の美女がいた。


「連れてきました」


 さっきまでの乱暴な口調とは真逆な言葉が強面のスーツを着た男性から発せられた。


「ありがとうございます。お手数をかけました。上司の方にはよろしくお伝え下さい」


「分かりました。そのように伝えさせて頂きます。失礼します」


 そう言って葛城サナエを案内した強面の男は部屋を出ていった。

 その様子を見ていた葛城サナエはこの状況の判断がいまいち理解出来ていなかった。


 そんな葛城サナエに声をかけたのは年若く見える青年ではなく、金髪美女だった。


「葛城サナエさん、ですね。わたしはジュディスと言います。そして、こちらが『執行者』です」


 金髪美女は突然の自己紹介を始めたが、葛城サナエはまだこの状況を理解出来ないでいた。


「えっと.....色々と聞きたい事がありますけど、まずは自己紹介を。初めまして、私は葛城サナエです。ジュディスさんに....シッコウシャさん?」


 理解は出来ないでいたが最低限の礼節はできた。


「初めまして、葛城サナエさん。まずは名前を伝えられないご無礼を許してください。こんな見た目ですが色々とこちらにも事情がありまして。それと、貴女のことは少し調べさせてもらいました。申し訳ありません」


 そう言って話しかけてきたのは黒髪黒目の青年だ。青年は軽く頭を下げて謝罪した。こんな見た目とはい言うが醜い容姿をしているわけではない。普通などこにでもいる少し顔が良い青年だ。


「わたしたちは『表側』の存在ではなく『裏側』の存在ですので。その辺は察して下さるかと」


 ジュディスはそう葛城サナエに言った。


「え、えぇ。はい。分かりました?.....それで、えっと.....詳しい説明とかはあるんですか?」


「もちろんです。これからその話をしましょう。その前にそちらへお座りください。紅茶を用意しましょう」


 こうして、葛城サナエは法を犯す事への第一歩を踏み出した。


##



 部屋に備え付けられたソファに座るのは金髪美女のジュディスと『シッコウシャ』として紹介された青年に葛城サナエだ。


「話を済ませてしまいましょう。単刀直入に言えばわたしたちは貴女の力になれます。そのかわりに代価が必要になりますけど」


「代価....ですか? お金に余裕はありませんが何とか--」


「金銭は必要としていません。必要となるのは『自分の正義を持つ』という事です。その自分だけの正義を今後も持ち続けて欲しいとわたしたちは思っています」


「自分の正義....ですか。伝えようとしてくれてるのは何となく分かるのですが.....なんというか脳内の処理が追いつかなくて....」

 

 そう言って葛城サナエは手のひらをおでこに当てて考え込んだ。


「ほら、ジュディス。いきなりそうやって話を始めるから彼女が話しについて来れてないし」


「いえ、わたしの性ではないですよ? 彼女の理解力が悪く的確な判断が出来ていないだけです。悪いのは彼女では?」


「うん。思っていても口には出さないで。そういうのは心の内にしまっておくのが優しさだから。まぁ、今更だけど」


「分かりました。次回からは善処します」


 ジュディスの辛辣な毒舌な言葉使いは今に始まった事ではない。元が日本人でない為に日本人特有の慎ましさや察する気持ちは特に持ち合わせていない。謙虚が美徳と言う人もいるが、時には正直さが必要な事もなくはない。 


「ありがとう。さっ、葛城さんもまずはソファに座りませんか? 一度、休憩をとると頭が整理できますよ。質問には答えられる範囲で答えますから、ゆっくりしましょう」


##



 それから、葛城サナエは現在の状況を知るために少なくない質問をジュディスとシッコウシャと名乗る青年にした。


 ほとんどの質問に関しては答えが帰ってきたが、ジュディスと青年に関する個人を特定するような質問には返事が返って来なかった。国籍ぐらいは分かったが。


 そして、この二人の事が大まかにだが理解した。


 二人は人が定めた法に従わずに『自分が決めた正義』の元に活動しているという事だ。

 と言っても何でもかんでも自由にというわけではなく、ある程度の枷を付けている言っていた。


「それでその『活動』っていうのは.....」


「端的に言えば『代行』って事になるかな。今回で言えば、杉崎カヨコに対しての罪をこちらが裁くといった『執行役』だね。で、その実行する役が僕なので『執行者』と名乗ってるわけ」


 そう葛城サナエの対面に座る黒髪黒目の青年は言った。


「それは.....違法、つまり法律を犯して裁くという事....ですか?」


「その通りだね。この手の犯罪は刑期は緩いかわりに被疑者にかかるダメージはかなりのものだからね。それは、葛城さんが良く理解してるでしょ? 罪に対して罰が釣り合ってないのはご承知の通りだから。なら、その法は必要ないよね? だったら独自で裁くしかないでしょ?」


 執行者の青年はジュディスが葛城サナエとの話の最中に冷めてしまった紅茶を淹れなおした物を飲みながら、そして、さらに話は続く。


「悪には悪を。ってなわけじゃないけど、法がすべてを裁けると思ったらそれは勘違いだよ? 法は人が人を取り締まる、抑制させて操る為のものだから。決して、すべての人に甘く優しく定められたものじゃない。すべての判断は自分がするべき、だと僕は思っている」


 それに対する罪と罰も自己責任となるが。独善的な考え方だと言える。


「......それで、私にどうしろと?」


「うん、さっきも言ったけど代価を払えば僕たちが裁くってだけだよ。まぁ、サナエさんが断っても僕たちの誰かが裁くとは思うけど。今なら自分の思うような裁き方が出来るってだけかな」


 葛城サナエは、用意された紅茶を飲み黙考したあとに言葉を発した。


「.........代価は払いますので、裁いてくれますか?」


 葛城サナエは決断した。そして、執行手続きは受理された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る