第9話

「アロハシャツ、ですか?」

「うむ、そうじゃ。わしが若い頃着てたものでのう。どうじゃ安くしとくぞ?」

アロハシャツが似合うといわれてもあんまうれしくはない。

「ははは、遠慮しときます」

「そうかじゃあこんなコートはどうじゃ?カーバンクルの毛皮で作られてるんじゃよ、キラキラしとるじゃろ?なんと今なら70ペニーじゃ」

おい、おじいさん、カーバンクルってなんかフワフワした可愛い生き物じゃなかったか?そんな健気な動物から皮を剝ぎ取るなんて極悪なことしちゃだめだろ。というかこの世界にはワシントン条約みたいなのはないのか?俺の世界だったら一発で刑務所だぞそんなの。

「いやぁ、ちょっといいですかねぇ」

「こらあんた、若い子困らせちゃいかんよ」

俺がおじいさんの押し売りに困っていた所、奥さんと思われる女性が駆けつけてきた。ナイスタイミングだ。

「おお、すまんすまん。ちょうど通りかかったから、ちょっと声かけてただけさ。昔のわしに似てると思わんかね?」

「何言ってんだい、お客さんのほうが数万倍かっこいいよ。すみませんね、うちの旦那が」

奥さんにそう言われ、高笑いするおじいさん。なんとも仲の良い夫婦だ。

「いやいや、大丈夫ですよ。ここにあるのって、全部旦那さんが昔使ってらっしゃったものですか?」

「そうそう、この人が若い頃買ったものばっかですよ。この人ったら衝動買いするくせに全然使わないもんで、タンスに入りきらないからいっその事売るなん言い出したんですよ。全く金遣いが荒いんですから」

「てやんでぇ、お前も一緒に買いに行ったじゃろぉ」

「あたしは見てただけですよ」

なるほど、これも若い頃の思い出ってことか。

「あの、お聞きしたいんですが、これらってお二人の思い出の品ですよね、特にこのアクセサリーとか置物とかきっと。売っちゃっていいんですか?」

「なんだ若いの、変わったこと聞くもんだなぁ」

「いや、実はちょっと考え事してる最中で。さっきどうしても嫌な記憶を消したいって言ってる方がいたんです。でも話を聞く限り、忘れたいと思えるような事に思えなかったんです。それでまあ、その参考になればと思ってお尋ねしたんです」

俺がそう言うと、おじいさんはなるほどと言いながら腕を組んで天井を見上げた。ちょっと、深入りし過ぎた質問だっただろうか。

だが、そんな心配をしていた矢先、おじいさんはすぐに俺のほうを向き直して口を開いた。

「まあ、君の言う人がどんな事を言っていたのかはよくわからんが、わしは人それぞれだと思うがね。記憶は人によって色々だし、その感じ取り方も人によって違う。悪い記憶だって今のその人には悪く見えるかもしれんが、後々は変わるかもしれんな。わしだって、昔は自分の失敗を顧みて自己嫌悪に陥っていたこともあったが、この人に会ってからは変わった。わしが金遣いが荒いところもうるさいところも全部嫁さんが受け入れてくれた。お陰でわしはわしでいいと思えるようになった。自分の悪い過去を受け入れられるのは、他人に自分を認められてからじゃよ」

そうか、なるほど。今の言葉で、俺は何となく光が見えてきたような気がした。

「なるほど、ありがとうございます。参考になります」

「あんた、たまにはいいこと言うんだねぇ」

「おおそうか?お前にそう言われると照れるな」

「でも売上金は宝くじに使っちゃいかんよ」

この店の商品に深い意味はないみたいだ。

俺はお礼にペンダントを購入して店を去った。


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