第34話 ご領主様の悩み

「当家はそちが住まうこの家を守ることで、繁栄してきたと言う経緯がある。この土地は、とても肥えていて田に成る稲は何時も豊作でな。民と分けても御上に御収めするのに困ることもない。筑波山から採れる石は、非常に誉れ高く、どこに出しても飛ぶように売れるし、さらに墓石でも仏像でも形を成して売れば家の守りになると評判でな…。有難いことだが、困ったことに隠れて売買する輩もおり、厳しく監視していたのだよ。

善一の事故の折には、盗石があったと思われたが、深く追求するのを躊躇う家臣もあり、有耶無耶にさせてしまっていた…。

このことが、今回の圭蔵の失踪に関連するのであれば、これは此方の落ち度である。」


話し方だけを聞いていると、良二さんと同じ位が少し若いぐらいの年齢かと思うのだけど、どうしても17歳いや20歳未満にしか見えない。

折り目正しく、まるでアイロンをかけたような紺色の袴は、少年が着るのに相応しい色合いで、若々しくも凛々しい姿に見えている。肩の赤い色留めそでと対照的だ。


「ご領主様は、大変この家を大切に想って下さって…。有難いことです。

圭蔵の件ですが、実は手紙には暁様のことが書かれておりました。

善一の事故のあと、ここらで採れた石で造られたであろう仏像がやはり隠れて売られていた形跡があったと…。

…ここで大変申し上げにくいのですが、暁様の名も挙げられておりました。

どうも、暁様が何かしら関係してるようです。

ご領主様は、最近暁様にはお会いになられましたか?」


「いや、ここ数年は会ってはいない…。今頃どうしているのか…。

『お戻り様』は、ご存じですか?暁は私の愚弟でしてね。昔は本当に仲が良かったのだが…。

良二?ここでの話は全て内密で良かったのであろう?」


少し不安げな表情で良二さんに確認するご領主様は、心細さを表に出している少年にしか見えなかった。

遠くを見るような目は、笑っているような泣き出しそうな…淋しい目だった。


「私と暁は、年が近いことや母親が二人とも身分ある家であることから、正室、側室という間柄の子であっても、分け隔てなく育てられたのだよ。

もちろん、私が正室の子であるから家を継ぐ身分であったけれども、暁は私を支える柱となってずっと傍にいてくれるはずだった…。

私達が小さい頃は、共によく遊んだ。近くに住む暁の許婚とともに3人で、川遊びや山歩きをしたものだ。

どんな時も、いついかなる時も一緒だった。

しかし、私が10歳のときに病に罹り、大熱で三日三晩魘され、回復したときから周囲の雰囲気が変わってしまった。

昔から男の子が大きくなってから大熱を出すと、子を成さない身体になってしまうと言われていてね。医者から私は世継ぎが出来ない身体であると診断されてしまったのだよ。

跡継ぎが出来ない子は、跡取りにはなれない…。

そんなことを聞えよがしに言いふらす輩もいてな。

私の母は、このことで気が違ってしまった…。

あろうことか、暁の母親がお守りとして実家から受け継いだ、願いが叶うと言われている『赤い玉』に願ったから、私の病がおきたのだと騒ぎだしてしまって…。

その『赤い玉』を寄こせ…と。

暁が住まう家に乗り込み、大騒ぎを起こし、ついには暁の母を殺してしまったのだ。

その時の領主であった父は、跡継ぎである私の母が乱心したとなれば、罪人の子となる私の立場はなくなり、このことがお家騒動ともなりうると気鬱になったのだろう…。

暁の母の乱心という形でことを収めたのだった。

可哀想なのは、暁だけで…。

大事の育ててくれていた母を亡くし、それまでの領主の側室の子という身分も取り上げられ、衣食住に事欠く貧しい生活に追いやられてしまった。

剣術や勉学の機会も無くされ、許婚との関係も断ち切られ…。

誰も彼もが、暁の敵となってしまったのだ。


きっと暁は私を恨んでいるだろう…。

だけど、私は暁のことが本当に気がかりで…。謝りたくて…。

母のしでかしたことが申し訳なくて…いつも大切に想っているんだ。

出来ることなら、近くにおいてやりたい。

もし、本当に私に子が出来ないならば、暁にこの家を継いで貰いたいと…。


そう、今日一緒に来た者たちは、父が領主をしていたときからの家臣なのだが、あ奴等は固く反対していてね。

領主と言っても、自分で決められない事ばかりだよ…。」


何だか聞いていてイライラしてきてしまった。

私は、できないって言うだけでがんじがらめの境遇を変えようとしない、愚痴って拗ねている少年の面を張り倒したくなってきた。

これでご領主様とかって大丈夫なの?

こんなことを言っては失礼に当たると思っても口に出さずにはいられなかった。

胸元にある『赤い玉』は熱く、私に行動しろと言っているようだ…。


「大変失礼とな存じますが、申し上げます。

ご領主様は、その暁様とお話しをされましたか?

ご自身のお気持ちを伝えられましたか?

想うだけでは、伝わりません。まして、お二方のご母堂様の事があるなら、尚更すれ違うばかりです。

周囲の方たちの意見にばかり気を向けてはなりません。

どうか、一度お話合いを成されてみては…。」


「何故、あ奴等が暁と会うことを止めていると分かるのだ?

そうなのだ…。

私が暁と会うと言えば、必ず危害を加えられるからと硬く止められ…。

そう言えば、暁が私を呪っていると伝えてきたのも、あ奴等だった…。

でも、どうして…。」


「お二人が仲良くすることで、何か困る事情があるのかもしれません…。

とても申し上げにくいのですが、先程一緒に来られた供の方たちの姿は…。

私の目には『餓鬼』に映りました。ガリガリに痩せて、襤褸を身に纏い、かつては人であったものが、飢えと悲しみに負けて人を呪う…あの『餓鬼』に見えました。」


良二さんが私の肩に手を掛けて、言葉を止めようとする。


「良二さんは、実は赤鬼に見えるんです。

強い怒りを全身に纏っている、赤鬼に見えるんです。

そして、ご領主様は、真っ赤な鶴と花模様がある色留めそでを肩に掛けた17歳ぐらいの若者に見えるんです。

私の目がどうかしてしまったのなら、心からお詫び申し上げますが、事実そのように見えるんです。」


ご領主様は、私が話しだしてから言い切るまで、息を止めていたのか大きな息を吐き出してから、ちょっとだけ笑った。


「驚いた…。赤い色留めそでは、母が大事にしていた着物だよ。いつまでも私を守っているのだろうね。私はもう子どもではないのに…。」


ご領主様は、見えないはずの着物にそっと手を置き、撫でる仕草をした。

そして、私が瞬きすると、30歳位の眉がはっきりとした強面の男性になっていた。

横を見ると、優しげな瞳と鼻筋の通った良二さんの顔が、真っ赤になって俯いていた。


「私はそんなに怒っているように見えたのかい?

そうだね、たしかに善一のことでは、怒りに燃えていたのだけど…。

『お戻り様』には、怖い思いをさせてしまっていたんだね。」


自分の目に映るものをはっきり口に出して、とってもすっきりしたのだけど、良二さんには申し訳ないことしちゃったかな…。

でも子どものように見えたと告白したご領主様が怒っていないのは、どうしてだろう…。






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