第12話 善一さん(月子・花子の父)の死因

周りが畑になっている少し小高い丘に先祖代々のお墓であろう墓石が並んでいる。石は、全体的に白く、細かな藍色や紺色が混じった美しい色合いで、気持ちが落ち着く気がした。

どんよりとした天気から徐々に日が差してきて、久し振りに日差しを取り戻して喜んでいるような太陽の光は、柔らかく新緑の木々を照らして、穏やかな春から初夏に移ろうとする季節を惜しむかのようだった。

墓の横に立って見た景色からは、月子ちゃん達の家が見え、それはまるで見守っているかようで、少し胸が痛んだ。


さくらさんは、墓の掃除を始めた。

少し生えてきた雑草をむしり、水を掛けながらごしごしと墓石を磨く…。

今日は、善一さんの祥月命日だ。

さくらさんは、毎月欠かさず花を手向け、手を合わせている。


「この人は、本当に優しいいい人でした。

私達4人の婚姻の約束は、本当は長女と長男、次男と次女が許婚という形で決まっていたんですよ。

4人とも仲がよくて、小さい頃からよく一緒に遊んでいましてね。

喧嘩したり、仲良く遊んだり…。お互いに歯が抜けた、生えたってことで揉めたり、文字が書けた、計算が出来たって喜んだり…。

いつも、いつも一緒だったんです。


親は、生まれた順番にそれぞれをあてがう気持ちが強かったようですが…。

私にちょっとした力があることが分かってから、逆に変えたんですよ。

私達にとっても、その方が都合が良かった…。

私は善一さんのことが好きで、つばき姉さんは良二さんが好きだったから…。」


へぇ…。そうだったんだ。

何だか自分の母親と同年代の恋バナを聞くのは気恥ずかしい。

当たり前にこの人達にも青春があったのだと、頭では判っているのに感情として追い付かない。

いつも、どうせ分かり合えないって思っているからだろうか…。


「兄弟、姉妹って役割があるようで、つい上の者同士は我が強くなってしまって、喧嘩することが多くてね。つばき姉さんは、おてんば娘だったんですよ。」


何かを思い出したようで、さくらさんは笑った。

「つばき姉さんは、事あるごとに善一さんに盾突いて、中に入る良二さんと私は、また喧嘩しちゃって…。

つばき姉さんを慰めるのは良二さんで、私を慰めるのは善一さんでした。

だから、結婚相手が変わって、自分たちの想い人に嫁ぐことが決まった時は、つばき姉さんと手を取り合って喜びました。

お天道様は、私達を見捨てていないって…。


善一さんは、とっても豆な方でね、ひな祭りや夏祭り、月見や秋祭りがあると必ず連れ出してくれて、美味しいものを食べさせてくれたり、見物小屋に連れて行ってくれたり…。

中々外を出歩かない私にいろんなことを教えてくれました。

私は内気な方で、自分の気持ちを抑え込んでしまうたちなんですが、時間を掛けて善一さんは聞いてくれました。

どうしたの?言ってごらん?って…。

 

そう、私達が背負う宿命のことも…。」


宿命って?ん?

ここは、突っ込むところかな…。いやいや、待つところでしょう。

私は、少しだけ首をかしげて、さくらさんの次の言葉を待った。


「私達は、家をつないでいかないといけない。

力を持つ血筋を残し、それを守っていかないといけないって何度も言われて育ちました。

でも詳しいことは、男衆や当主にしか伝承されなくて…。

今、一番詳しいのはおばあ様と良二兄さんだと思うんですが、結婚したときは善一さんも全てを聞いたようです。

結婚してすぐのときは、おばあ様と蔵に入って長く話し込んでいましたから…。


いつもは優しい善一さんも、話のあとは難しい顔をされていたし、当主の役柄についてのことは、決して話してくれなくて…。

聞かない方がいい、知らなくていいと…。


全てを任して安心な人でした。

私は、子育てや家の中を守ることだけを考えて、やってきたんです。」



 

私は、女性が家の中だけの役割でいることをよしと思わないけど、この時代はそれが一番よいのかもしれない。

男尊女卑という言葉は、私の生きる世界で通じるものであり、人の役割は時代やその世界によって生きる人によって形成されるものだから…。


 

「善一さんは、良二さんと同じ石切り場で働いていました。

当家は、石切りで取られた石を磨き、売ることで成り立っていますから…。

働くといっても、作業の進み具合などの監督や石の良しあしを判断するような仕事で、石を売るために色々なところへ出掛けることも多くて、年に何度かは家を留守にすることもあり、それが淋しいと思うこともありましたね。


田んぼからの稲や畑の野菜を売っているのも事実ですが、石切りは領主様に直接関わる大事なお仕事ですから、それが一番になっているんです。

幸い、私にはつばき姉さんが居ましたから、淋しいときは二人で話をしたり、ちょっと出かけたりして気を紛らわせて過ごしていました。」


おもむろに、さくらさんは蝋燭を灯し、お線香に火をつけた。

ゆっくりとお線香の火を手で扇いで消し、遠くの雲を見つめた。

何かを思い出すように…。


「あの人が亡くなったのは、石切り場での事故でした。

風子が石切り場の崖から落ちそうになったときに、助けようとして一緒に落ちてしまったようです。

あの日は風が強くてね…。

風子があの時、あの場所にいた理由は…。私にもよくは分からないんです。

子どもって、時々大人には分からない行動をすることがあるでしょう?

可愛い花が咲いていたとか、珍しい蝶々が飛んでいたとか…。」

 

花子さんの話では、風子ちゃんは病気だったと聞いたのだけど…。

この疑問をそのまま口に出してしまったが、さくらさんは動揺した様子は見せなった。


「そう、花子はちょっと覚えているのね…。

あの頃の風子は身体の調子を崩していて、花子は小さかったから臥せっていた風子が記憶に強く残っていたのでしょうね…。」


さくらさんの回答は、辻褄が合うのだけれど違和感だけが残る。

でも、さくらさんの表情からは、嘘を言っている様子でもないように感じるし…。

 

なんだか腑に落ちない話だ。記憶違いってあるのかなぁ…。

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