第6話 宇喜多家 月子の姉は花子

勾玉を首にかけてから、もう一度じっくり少女の顔を見てみた。不躾な私の視線に対して、特に嫌な顔もせず、じっとしている少女は月子ちゃんの姉で名は花子17歳だと名乗った。平凡な名前だな…。

声も顔も全く違うのに、なんで楓と間違えたのだろう。でも、すごく懐かしい感じがする…。ほんとに楓じゃないのかな?って違うと判っているのに気持ちが落ち着かない。似ている気もするし、違う気もするし…。


「月子~!」遠くの方から少年の声がする。ものすごい勢いで走ってきている。誰だろう?私の怪訝な表情に気づいたのだろう、花子さんは、小さな声で、そっと囁いた。

「あの子は、『龍ちゃん』っていう月子ちゃんの幼馴染で許婚なのよ。」


え~!そういうの本当にあるんだ。羨ましいというか、時代錯誤と言うか…あ、ここは時代が昔だからいいのか。

走って来た少年は、そのまま私に抱きついた。え?スキンシップ濃くない…?


「月子、身体は大丈夫か?まだ話せないのか?どこか痛いところはないか?なんか村の者が集まっていたようだけど、月子になんかあったのかと思って、心配したぞ。」

一所懸命に私の背中をさすりながら、顔を覗き込むように話しかけてきた少年は、声変わりが始まったのか少し掠れていたが、気遣いのある、優しい口調で語りかけてくれた。

何かが違うと感じたのか抱きついていた腕をそっと外して、早口で花子さんが話す事情を聴きながら、うんうんとうなずき、話が終わると表情と口調を変えて話しかけてくれた。

「大変申し訳ございません。お戻り様とは存じ上げず、失礼なことを申しました。堪えて下さい。」

平伏しようとする少年を押しとどめるのに苦労した。大事な子の中に得体の知らないモノが入り込んでしまったのに、動揺を隠して小さいながらも立派な男としての挨拶をしようとしている。何だか、こっちの方が申し訳ない…。

少年の顔立ちは、凛々しいって言葉が似合う造形で、眉が太く二重で唇はやや厚めで、所謂濃いめの顔だった。ジャニーズには入れないかな…。意志が強いって顔で表現するとこうなるんだろうと思えるような、そんな顔だった。眼に強い光が宿っている。かっこいいと思っちゃったよ。年下なのに…。


話す話題も少なかった私達は、少しだけ筑波山を眺めてから、ゆっくり歩いて我が家に戻った。すでに夕飯の準備が始まっていた。


ご飯に関しては、精進料理っていうのかな?お野菜ばかりだけど、このお野菜の味が何とも言えず、甘くて新鮮で美味しかった。自然なものって本当に美味しいんだね。化学調味料がない分、素材の味の良さが分かるっていうか…。私のボキャブラリーがないのがダメなんだけど、ほんとに美味しくて、幸せな気分になった。お風呂は、毎日ではないし、大きな家のお風呂に皆で順番に入るようだけど、私は一番に入れてもらえ、ゆっくりさせてもらった。薪で沸かすなんて大丈夫なのかな?って思ったけど、ここの人達は当たり前に毎日やっていることだから、問題はないようだった。現代人だったら、絶対困ることを普通にやっているのが不思議だった。


◇◇◇


この日から、私は月子ちゃんの『お戻り様』という身分での生活が始まった。まだまだ知らなくちゃいけないことがあると思うのだけど、この生活に慣れることが先決だと決め、私は前向きに生きることにした。

生きるって、本当は大変なことなんだって思う。それが、今の私の本音だ。


花子さんは、月子ちゃんのお姉さんにあたる人で、当分の間私の世話係として、身の回りのことをしてくれることになった。何せ着物なんてものは、生まれてこの方、七五三以来着たことがないから、朝の支度から手伝ってもらわないと私は着替えもできない。

それに、いくら地形が変わらないと言っても、自転車もバスもないこの世界で、徒歩だけの移動は難しい。馬にも乗れないし…。もし乗れても、迷子になったら帰ってこれないという確信もある。

遠くに行かない方がいいのかもしれないけど、どうしてもじっとしていられない。何かが私を呼んでいるような気がしてならない。


何となく気が急く私は毎日着替えが済むと、花子さんの乗る馬の前に乗せてもらって、遠出をしている。勾玉を外したときに筑波山の麓に光っている場所があるのが見えたので、当面はその場所の散策が必要かと思ったからだ。


光る場所、そこは採石場だった。

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