第3話  いじめ

『楓は可愛い』は、誰もが思うことって本気で思ってる。でも、その可愛さが憎くなる人もいるらしい。特に自分の好きな人が、別の誰かを好きになり、その子がとてつもなく可愛い子であったら、もう嫉妬しかないのだろう…。汚い感情がいじめに発展するのなんてすぐだよね。なんでやねん!って誰か突っ込みを入れてほしいくらいよ…。信じらんないよね。


私は、いじめに関してはちょっとうるさい反対派だ。ま、賛成と言う人もいないだろうけど、いじめられる人にも原因があるんじゃないかという意見にどうしても賛成できない。そりゃね、いじめたことが全くないかと言われると、受け取る人の気持ちもあるだろうし、ま、だから、いじめるっていうか、意地悪をするって気持ちが分からないというわけでもないってこと。飼っている猫が振り向いてくれなかったら、ほんのちょっと悪さをしたくなるのは、何となく分かるから。でも、でも人間同士は別問題。人格があり、話せばわかるんだから、話せばいいと思うんだよね。んー、何だか倫理の授業みたい…。

楓をいじめる人たちは、楓の彼氏のことが好きで、二人の邪魔をしたいというよりも、楓が嫌いなんだよね。いじめていることが判れば、勇気君だって怒るだろうし、彼に本気で怒鳴られれば、きっと止めるだろうとも思うけど、楓は勇気君に告げ口なんてしない。自分で何とかできるって思っているから…。ここが、楓のいいとこであり、頑固なとこなんだよね。私だったら、彼氏に頼るかな? いややっぱり頼らないかな…。この感性が同じなとこも、楓と気が合うとこなんだけどね。


でも、最近のいじめはエスカレートしてきていると思う。この前までは、通りすがりに笑うとか、舌打ちするとか、他愛もないことばかりだったから、無視すればいいぐらいだったけど、今では教科書を破かれたり、ドアの鍵を掛けて出られなくするとか、上から物を落とすとか…。お前たちは幼稚園生かって思うくらい、バカなことをしてくるんだけど、私は実は怖い。心がざわざわして、胸の奥に黒いモノが溜まってくるような気がして、吐き気がしてくる。なんだろう、この感覚…。もうすぐ、何か起きそうな、そんな気がしてならない…。


◇◇◇


今日も筑波山は穏やかな雰囲気で白い雲を纏って優雅に横たわっている。白い雲が撫でるように流れる様は、川の流れを連想させ気持ちが落ち着いてくるのが分かる。道端で黄色い花を咲かせているたんぽぽも可愛いくて、ちょっとだけ沈みそうになる気分を支えてくれている気がした。

 

私の心配をよそに、楓は毎日元気に登校し、ご飯のあとのちょっとした時間を勇気君と一緒に過ごし、楽しそうにしている。水を差すのも嫌だけど、今日こそは勇気君に私からいじめのことを話そうと決心した。


高校は、少し古ぼけて見える。当たり前だけど、雨ざらしだし校舎を磨くっていうことはしないわけだから、所々がくすんでいて建てられた年数分、年寄りに見える。ここに通う生徒は、数年経てば卒業するのだから校舎がみすぼらしくなっていっても3年間という短い期間では変化に気づかないというか気にならないのだろう。何処かの生徒が校舎の壁にボールをぶつけて出来た汚れやこすれた痕をみると何だか胸が痛んだ。無機物に心を寄せるほど、私の内面は荒れているのだろか。


楓と勇気君の二人は、屋上の手前にある踊り場の階段に座って話しをするのが好きなようだ。もうすぐ午後の授業の予鈴が鳴るって時に、わざと二人の邪魔をしに私は階段を登っていった。手すりは色んな人が触って出来ただろう傷がついていて、知らぬ間に壊される物の痛みが胸にしみ込むような気がした。私は周囲に誰もいないことを確かめてから、ゆっくりと階段の手すりに手をかけた…。


仲良く話す二人に聞こえるように、「楓いるの?」と声を掛けながら階段を登っていく。やっぱり、二人のラブシーンは見たくないよね。


「ちょっと勇気君に話しがあるんだけど…。」

楓に背中を向けて、勇気君に聞こえる位の小さな声で、いじめの状況を手短に話した。目の端に移る校舎の窓から筑波山が見えた。朝の穏やかな感じから雄々しい様子に様変わりしているように見え、何だか『頑張れ!』って応援されているようだった。楓は私が話す内容に気付いて止めようとしたけど、私は早口に説明して、楓の手を取って階段を急いで下った。


「授業始まっちゃうよ。次は生物学だったから、移動教室じゃん。あの先生怖いんだから…。」

頭の上から、「いじめって2年生の女子でしょ?俺、心当たりあるから…。」

勇気君のはっきりと怒った声が聞こえた。

その時だ。不意に階段を下りていた私達の斜め後ろに人の影が見えた。

「やば…。」そう思ったとき、私達は突き飛ばされていた。視界の隅の方で楓が階段の途中で辛うじて滑り落ちないよう、階段の端に手を伸ばし、そのまま転んでしゃがみ込む姿が見えた。

廊下は壁に囲まれていて、外の風景が見えない。なんでだか分らないけど筑波山が見たいって思った。

そして私は、私の身体は、宙を飛んでいた。視界の全てがスローモーションになったように壁ばかりの風景が細切れに見える。あ、死んだって思った。

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