血の絆と宿命 龍神

糸已 久子

第1話 葉月の家

銀色の小さな破片がひらひらと落ちていく…。

風に舞い、ゆらゆらと揺れながら、みすぼらしい縦穴式住居へと…。

そこには、もう間もなく命が消えようとする赤子を抱く、痩せぎすの女が座っていた。

昨夜から夜通し子どもを抱いてあやし、疲れ果てていた母親は煌めく破片に気づくことはない。

…。 風が舞った…。銀色の破片は、赤子の口に吸い込まれてしまった。


◇◇◇



暗い洞窟の中…。

誰かが独り言のような小さな声で話している。 

「……まもなく……が復活……。

 ……。あの少女が……」


男性?…。

傍らには女性?横顔のシルエットがとても美しい…。


  ◇◇◇


良く分からない夢から目が覚めたあとの気分は最悪だった。

宇喜多葉月、15歳、高校1年生、身長161センチ、体重40㎏後半強…。

髪は胸までの長さで薄茶色、直毛とは言いにくい少しくせのあるこの髪は、毎朝私の手に余る整えにくさを持っている。ポニーテールをすることが多いのは、結んだ方がバラバラになりにくいからだけで、彼氏もいない。ただ今、青春の真っ只中で最高に楽しい!とは言えない状況…。何で一人で自己紹介をしているんだろう。誰も私になんか注目しないのに。


私の住んでいる所は、東京から電車で2時間半くらいはかかる田舎で、電車は単線で1時間に数本しか通らないし、自宅の周辺には田んぼと石の採掘場しかない。採掘されていた石は、昔は貴重品だったようだけど、最近は中国製の安い石に負けてしまったようだ。今は住所には町がついているけど、ずっと村だったし、町という付属物が生活の何をも変えないということを私は知っている。筑波山が見える風景は変わらないし、人も変わらない。 


目に見える周囲の色は、緑がいっぱいで空の青さが素晴らしく観光とかで来るならいい所だけど、暮らすには退屈な町だと思う。

もちろん、24時間コンビニだってあるし、ちょっとしたスーパーもあるけど、基本は田んぼと畑と川があるだけ。狸や猪、ハクビシンが道路で引かれてカラスがつついているのが日常の風景って嫌じゃん?



私の家族は、未だに数百年前に建てられた日本家屋…木造の上に白い壁、屋根瓦には家紋が入っているし、重要文化財にも指定された、歴史を強く感じさせる、つまり古ぼけた作りで、単に広いことだけが自慢のような家に両親と祖父と私の4人で暮らしている。地元では何代も続く名家と言われるような家系で、昔からこの村の中心となっていた…らしい。

生まれてくる子どもは女系が強いようで、代々の当主は女性が務めることが多く、祖父も父もお婿さんだ。なんて言うのかな?婿養子ってやつだな。何かもめごとがあると、年を取った近所のおじさん達が、家にやってきては、話し込んでいるってことも多く、東京からも時々スーツを着た人が尋ねてくることもあるのだから、何かしらの仕事をしているのだろう。通いのお手伝いさんもおばさんだけどいるし…。夏や冬には何かしら送られてくるところを見ると、世間様とのお付き合いもひろいのだろう。


不思議だけど、自分の家のことを考えると判らないって思うことが多い。庭には大きな蔵があるけど、入っちゃいけないって言われているし…。何か聞いても、時期がくれば分かるからって言って教えてくれない。こういう時だけは、まだ子どもだから知らなくていいって言うんだよね、大人たちは…。

母は専業主婦だけどお手伝いさんがいるから、ちょくちょくお出かけしているし、時に祭事?っていうのかな、何かのお祭りには駆り出されてたりする。

古い踊りを伝承していかなくてはいけないからだそうだ。私も小さい頃から覚えさせられたけど、『心を込めて踊りなさい』と煩く言っていた祖母はもう居ない。

母は、いつか自分から心を込めて踊りたいって思うときが来たら、身につくって言ってるけど、そんな日は来ないんじゃないかな。

母は、私のことを大事にしてくれている。学校のことや勉強のこと、友達のことで悩んだことも全て聞いてくれる。運動会の応援だって授業参観だって欠かしたことは無いけど、けどけど……。

私は、母の本当の子ではないっていう真実を知ってからは心にわだかまりができてしまって、素直に母と話が出来なくなってしまった。何があったのか聞けばいいのだろうけど、聞くのが怖い…。

父は町役場で課長をしている。何課だったかな?役場に行けば会えるから、あんまり関係ないや。普段の会話だって挨拶とかテレビのこととかだけだし…大人しくて何を考えているか、分かんないから困る。


家族のことを考えると、ぐちゃぐちゃな思いになってしまって、これ以上今は…そう今は突っ込まない方がいいって何となく感じている。

それにしても、5年前に亡くなった祖母の影響力は今も強く祖父にまで及んでいるらしい。華やかな場所にいるよりも静かに過ごしたいと思っている穏やかな祖父は、周囲の人と距離をもって生活している。できるだけ一人で釣りや散歩を楽しみたいようだけど、町内会や町役場に引っ張り出されては必ず何かの役割を担うことになり、もう80歳になる祖父の名前がどこかしらの会誌に乗り、永らく会長を務めた何某の会では表彰状を貰ったようだ。


祖母は、雰囲気というか第一印象としては、恐いって感じだったけど、祖父は柔らかく、優しい。お見合いで結婚したというのも納得できる。祖父はきっと名家からの申し入れに断れなかったのだろう。私だったら祖母とは恋愛しない、と言うかできない。底が見えないあの視線に見つめられたら、何も言えなくなっちゃう。いくら美人だったとしても…。



あー、どうしても容姿のことに辿り着いてしまう。私は、自分で鏡を見て思うのだけど、目も鼻も口も出来栄えは悪くないし、十人並みと思うのよね。身長と体重から考えても、スタイルも悪くはない。勉強だって、公立高校としては中間レベルのうちの高校で考えても校内順位では真ん中より上でまあ普通だし、運動だって跳び箱と柔軟以外は、何とかできる。友達だって、昨日のテレビの内容を話すくらいの人は数人いるし…。つまりは、普通なのよね。家はよく判んないけど、私自身はふ・つ・うなのよ。

あー、やだやだ。

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