第3話 少年時代

 アレクサンダーは三歳になり、おもちゃの自動車で、屋敷中を走り回るのが大好きだった。エドワードは教育方針として、小学校に入るまでは、家庭で教育することに決めていた。エドワードにはその余裕があったし、ろくでもない教師や幼児たちの悪影響からもアレクサンダーを守りたかった。アレクサンダーはみるみる言葉を習得し、且つかなりの好奇心を見せていた。庭の虫を平気で殺したり、残酷な面もあったが、多かれ少なかれ幼児とはそういうものだ。

 そんなアレクサンダーにも、困った点が一つあった。一日に一回の礼拝を、頑と拒むのだ。エミリーが抱きかかえて家族全員で礼拝堂に入るのだが、礼拝が始まると、アレクサンダーは必ずと言っていいほど泣き喚きはじめ、仕方なくバーバラがアレクサンダーを礼拝堂から連れ出すのが常となっていた。バーバラには、アレクサンダーがきちんと礼拝に参加できるよう躾けるように言いつけるのだが、この性癖は一向に治らなかった。仕方なく、アレクサンダーは礼拝には参加しないのが習慣となってしまった。そう言えば、バーバラも何故か頑なに礼拝には参加しないのだった。

 そうこうする内、アレクサンダーはみるみる成長し、五歳となっていた。背丈は同年代の男の子の中では大きい方で、たおやかにウェーブする黒髪は肩まで伸び、大きく見開かれて澄み切ったブルーアイが印象的な子に成長した。少し人見知りするようなところがあったが、身体はすこぶる健全そうに見えた。また、父の厳格な押し付けもあり、礼拝にも仏頂面ながら、参加するようになっていた。活発な男の子で、近所の他の子をいじめたりすることもあり、エドワードは住民からクレームを食らうこともあった。バーバラは色んな絵本を買ってきて、アレクサンダーに読み聞かせていた。不気味な物語もあったようだが、童話には残酷な話も多いので、エドワードはあまり気にしていなかった。

 やがて小学校に通うようになり、アレクサンダーは優等な成績を各科目まんべんなく治め、運動神経も良く、教師にすこぶる評判の良い生徒となった。妙なところとしては、アレクサンダーはたまに真夜中に目が覚めてしまうらしく、一人で屋敷の表玄関の扉を開け、高大な庭のベンチに座り、何処を見るともなく佇んでいることがあった。そのような時、アレクサンダーは恍惚としており、それはエドワードやエミリーが礼拝時に見せるような神聖な表情を見せるのだった。

 アレクサンダーは、色々な書物を早熟な頭脳で読破しているようだった。主に東方の冒険物語(インドの山奥への冒険譚など)が彼のお気に入りだった。一度冒険譚に夢中になると、アレクサンダーは晴れた日曜でも、外で遊ぶことなく小説に夢中になるのだった。読書に関しては、エドワードも特に害のないものと見なしていた。バーバラは、読書に夢中になっているアレクサンダーの部屋に、紅茶とクッキーを小さな平盆に載せて運んでやっていた。たまにアレクサンダーの友達が遊びに来ていた。お菓子を楽しむ以外は、広大な庭でボール遊びをしたり、近所の友達を招いてかくれんぼをしたりしている様子だった。

 他の子と同じく、アレクサンダーも動物が大好きだった。クロウリー家は、動物を飼う場所には困らなかったので、エドワードは息子が望むまま様々な動物を買い与えた。熱帯魚、爬虫類、小鳥、犬・・・特に、ジャーマンシェパードのリックは、幼いアレクサンダーの親友となっていた。休日になると、アレクサンダーはリックを連れて屋敷の周りを散歩してやり(平日の散歩はエドワードが担当していた)、散歩の後は、屋敷の庭でフリスビー遊びを楽しんでいた。

 やがてアレクサンダーも中学生になり、三キロほど屋敷から離れた中等学校に、自転車で通うようになった。このころ、レミントン・スパー周辺で空き巣被害が急増していたので、クロウリー家も防犯対策をすることになり、家族でどのような対策が有効か協議した結果、大型の番犬を多頭飼いすることになった。犬の面倒はエドワード、バーバラ、アレクサンダーが見ることになった。犬種は、以前から飼っているジャーマン・シェパードのリックに加え、グレート・デーン種を四匹、購入することになった。

 バーバラが近隣のドッグショップで、生後二か月の兄弟犬を見つけてきた。子犬の体色は四匹とも漆黒とのこと。休日にエドワードとアレクサンダーは当のドッグショップに目的の犬を見に行った。人懐っこい、元気な子犬たちだったので、二人はすぐにこの子達を購入することに決めた。犬達は家族に忠実であり、良き番犬となった。主に屋外で買われていたが、屋敷内へも出入りさせていた。そして何故かこの犬達は、礼拝室に近づかなかった。礼拝室に自由に出入りしたのは、シェパードのリックだけだった。

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