第8話 ランベスの殺人鬼

 ***


 気付くと霧の中に立っていた。

 千里眼を使用するが、どこも霧だらけで情報を得られない。

 アイシェンは腰にぶら下げていた刀を抜いた。

 人の気配はないが油断はできない。


「やぁアイシェン君、里にいた頃より、頼もしくなったんじゃないかい?」

「……どうだろう。少なくとも、最後にお前と別れた半月前よりかは強くなったと思う」

「そっか。それは親友として嬉しいようで、敵として残念だ」

「今でも俺のこと、親友って言ってくれるんだな、


 アイシェンは、突然現れた彼に対する動揺を隠すので精一杯だった。


 名前:トーマス・フォールディング

 年齢:三十一歳

 性別:男

 二つ名:ジャック・ザ・リッパー

 使用武器:ナイフ

 種族:ヒューマン


 以上が彼のプロフィールである。本名が判明したため、ここからはトーマスと呼称する。

 クリーム色の紳士服を着こなす長身、顔の上側だけ隠した仮面はより一層不気味さを醸し出していた。彼はつかつかと足音をたてて、アイシェンに近づく。


 ――ヒュンッ。

「ッ!?不意打ちなんて、汚くなったなトーマス」


 トーマスはアイシェンの頸動脈を狙ってナイフを振った。それをアイシェンは刀で受け止めた。

 仮面のせいで彼の表情はよく見えないが、ナイフを止められたことに対して動揺していないという事実だけはわかった。


(さてどうしよう……今の攻撃を見ただけでも実力の差は明らかだ。今だって、こうしてナイフを押さえてるので精一杯だし)


「よし決めた、アイシェン君、君には僕のチームに入ってもらおう」


 突然仮面を取ったトーマスは、糸目のニコニコとした顔でそんな事を言い出した。

 意味がわからず、アイシェンは「はぁ?」とだけ返した。


「君は本当に強くなった。そして、まだまだ才能も溢れている。それをこんなところで、シントウの里なんかで埋もれさせるなんかもったいない」

「と言うと?」

「僕は今『POW』ていうチームに属してるんだ。そこのボスは素晴らしい人だ。君と僕が手を組めば、間違いなく彼の野望を叶えることができる。『世界征服』だよ!!」

「知るか」


 大きな溜め息をトーマスは吐きながら頭を強く抱えている。


「まぁ良いか。とりあえず君と僕が百回戦っても百回勝てるということはわかった。面倒だしこのまま連れていくとしよう」


 アイシェンがトーマスに勝てないということもすでに見抜かれていた。

 持っていた刀は、俄然小さなナイフで押さえ付けられたまま。トーマスは大した力を込めていないにもかかわらず、未だに刀を振ることが出来ない。

 まるで金縛りのようだった。


(くそっ……何で動けないんだ!?)

 アイシェンが一生懸命に考えている内に、トーマスはアイシェンの腕に手を伸ばす。その瞬間。


「『下せ、反逆者への鉄槌をブラッドサンダー・クラレント』!!」


 真っ赤に輝く巨大な雷が、この場に落ちた。

 その中心には立っていたのは。


「モ、モルドレッド!?どうしてここに?」

「なんか危なそうだったから助けに来たんだよ!状況見るに、あいつが殺人鬼だな……。おいてめぇ!こいつはとっくにオレがスカウトしてんだ。後から来ていきなり連れてくのはねぇだろ!!」


 一部始終を見ていたように早い状況把握能力である。

 慌てて仮面をつけ直したトーマスは、周囲を見回して逃げ道を探す。


「無駄だ。すでにこの辺りは包囲した。さっきの金属音で場所は大体掴めたからな。まずこのコーヒー侍の近くにいつもいた、敬語ブラックロン毛を遠くに配置した。ここから出る人影があれば、敵味方関係無く射ろとも言ってある」


 コーヒー侍とはアイシェン、敬語ブラックロン毛とはサンのことであろう。

 モルドレッドは気に入った相手には自身のつけたあだ名で呼ぶようにしている。

 ――それにしてもひっどいな。

 アイシェンはそう思った。


「更に近くの家の屋根には銀髪参謀の剣とダブルホーンを。そして仕上げはオレがお前に直接攻撃!!ここまで全部銀髪参謀の策だぜ、すげーだろ!!」


 銀髪参謀とはジーク、ダブルホーンとはファフニールのことである。

 中では普通にジークと呼んでいたため、この場でのあだ名呼びは、味方の正体を隠す役割もあるのだとアイシェンは理解した。


「なるほど……これは確かに厄介だ。でもね、君が今使った名技のように、僕にだってあるんだよ、特別な技が!」


 トーマスはナイフを構えると、霧の中へ消えてしまった。

 紛れたのではなく、本当に消えたのだ。

「今日の夜六時に、また会おう」

 ほどなくして、霧はすっかり晴れた。


 ――カランッ。

 アイシェンは足元に落ちているフラスコに気付いた。

『霧状痺れ薬』

 先程動けなくなったのはそう言うことかと一人納得した。


「……おい敬語ブラックロン毛、何で射たなかった?」

「どこにもいなかったんですよ。走り去るはずの殺人鬼の影が。ですよね?」


 とサンはファフニール達に確認すると、彼女も「あぁ」と頷いた。


「そうか……なら良い。それよりもコーヒー侍!」

「あっ、俺?」

「お前あいつと何かあるな?」


「え!?えっと……」とアイシェンは困惑する。すると。

「もう言いましょうよ」

 とサンが言った。


 その言葉でもまた少し悩んだあと、アイシェンは決めた。

「……とりあえずここじゃイヤだ。中に入ってからで良いかな?」


 ***


 騎士団寮 応接室 午後一時


 簡単な昼食を済ませ、この部屋に集まった。

 今この部屋にいるのは、アイシェン、サン、ファフニール、ジークフリート、モルドレッドの五名である。

 バルムンクは魔力が尽きたと言って剣に戻り、ホームズは用事があると言ってどこかへ行った。

 アイシェンを取り囲むように、四人が木製の椅子に腰を掛けていた。


「まず俺がこの旅をしている理由は二つ。一つは、現シントウの民の長、『神道武蔵』を越えるための武者修行だ」

「シントウムサシ……そいつってあれか?世界最強の生命体って呼ばれてる男」


 モルドレッドのその問いに、アイシェンはこくりと頷いた。


「そしてその世界最強の生命体は、アイシェンさんの祖父でもあります」


 何っ!?とモルドレッド達は驚きの声をあげる。


 ――神道武蔵。またはムサシ・シントウ。

 最強の戦闘民族であり、弱い者から略奪を繰り返す悪党『シントウの民』をまとめている最強の生命体。

 武器を取らずとも目で殺す。

 武器を取れば国を斬る。


 そんな武蔵かれを人々は、『名実ともに最強の老害』と呼ぶほどであった。


「そんなやつを倒そうってのか……かぁ!!長ぇぞ道は。何しろオレや、現ブリタニア国王でも歯が立たないって噂だしな。ところで敬語ブラックロン毛は何で?」

「暇だったので、アイシェンさんに付いて行けば面白そうだな、と」


 ゴホンッとアイシェンは咳払いをした。


「まぁその目標はゆっくりとな。大事なのは第二の理由。俺は親友を探してるんだ」

「その親友があの殺人鬼ってことなんだね」


 ジークフリートのその言葉に、アイシェンは苦く笑った。


「トーマスは、シントウの里で唯一、俺と友達になってくれた人だった」

「唯一……?でもコーヒー侍はムサシの孫なんだろ?」


 その問いに、サンが答えた。


「アイシェンさんは武蔵の実力を何も継いでいなかった。それだけではありません。刀や弓と言った、シントウが使う武器を、全くと言って良いほど使えなかったんです」

「だがアイシェンはジョンとの戦闘の際に、刀を見事に扱っていたではないか」

「あれは私との修行の賜物。本来であればあの程度、三歳の時に身につけますよ。アイシェンさんは人よりも物覚えが悪い落ちこぼれ。シントウの里のはぐれ者。そんな認識しかされていませんでした」


 全員がアイシェンの方を見る。彼は静かに頷いた。

 そんな自分を恥じているのか、彼はうつむいて、力強く握りこぶしを作っている。


「前置きはこれくらいにして、半月前、シントウの里でトーマスと出会ったとき、彼も俺と同じはぐれ者だった」






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