ランベス村編

第5話 ランベス村へGO!

《立ていッ!シントウの民たるもの戦ぬのであれば無価値に等しい!》


《じゃあね、僕と君は、ここでお別れだ》


 見覚えのある二人が目の前に立っていた。

 一人は白髪に長い髭を生やし、威厳のある風貌をしている。

 もう一人クリーム色の紳士服を身にまとい、優美な印象を与える。


 ――ごめんなさい、ごめんなさい。


 アイシェンは無意識に謝っていた。

 今ここが夢の中だということは承知していたが、それでも謝ざるを得なかった。

 その後も何度も、何度も謝り続け、いつの間にか涙を流していたその時。


「おはようございますアイシェンさん!!」

「ぐふぁ!?」


 ……鈍い痛みが腹部に響き、アイシェンは目覚めた。


「全く、ようやく彼らの追っ手から逃れて、安心して仮眠がとれる所に来たと言うのに、何で涙を流してるんですか」

「えっ、流してました?」

「大方、昔の夢でも見てたんでしょう。それとも、友だちの夢でも見てました?」

「……両方」


 サンはその返しに対し、「女々しい」と苦々しく呟いた。

 アイシェン自身もそれは理解していたが、直接言われていると思うと腹が立った。

 そこに、昨晩二人と共に旅をしていくことが決まった新しい仲間、ファフニールが現れた。


「おい貴様ら、遊んでいないで朝食の手伝いくらいしたらどうだ?」


 と、少女らしからぬ乱暴な言葉づかいで言う。

 いや、少女というわりには、彼女の本当の年齢自体は知らないわけだが。


「にしても馴染むの早いな?」

「そう言うわけではない、ただいつも通りにしているだけだ」


 アイシェンは「なるほど」と返す。


「それよりもサン、貴様の弓矢で獣でも狩れないか?」

「ふむ……ウサギくらいならこの辺りにいるでしょう」

「あとアイシェン、とりあえず貴様は近くの川で顔を洗ってこい」

「うん、わかった」


 ***


 アイシェンが川から帰って来ると、簡単な朝食を始めた。

 サンが狩ってきたウサギの肉、ファフニールが採ってきた木の実や果物、そしてアイシェンが洗顔ついでに獲れた魚。

 それらを一行は、ファフニールの手から出した炎で簡単に焼いていた。


「……グスッ」

「おいアイシェン、貴様何故泣いている?いや、よく見たらサンもか!?」

「だって、俺もサン先生も火を起こせないから生肉ばっか食べてて……」


 サンも賛同するように頷いている。


「よく生きてるな!?いや待て、寄生虫とかは大丈夫なのか!?」

「たまにアイシェンさんだけあたってましたが、まぁその時は私がこの矢で……」

「いや何したんだ!?切開か何かか!?医師免許持っているのか!?あぁもう……我の分も食って良い!!」

「甘いものが好きだから果物が良い」

「……ちゃっかりしているな」


 と、出会って数時間とは思えないほど会話を弾ませ、楽しげな朝食を終わらせた。


 現在の時刻は午前5時。

 昨夜の戦闘からおよそ十時間。

 追っ手の気配はないと考えた彼らは、木の多く生えた場所で隠れるように眠っていたが、虫もいれば寝心地も悪く、まともに眠れる者はいなかった。

 そのため、全員寝不足で早い時間に起きたのである。


「さて、これからどうする」


 口直しに川の水を飲んでいたファフニールが言う。

 それに対して。


「とりあえずロビンの言う通りランベス?ていう村に行ってみよう」


 ロビン・フッドは確かにランベス村にいる国家の者に会いに行けと言っていた。

 だがしかし、それは彼女が思い付く安全そうな場所を、確証の無いまま言ったものであり、本当にそこに行けば良いのかどうかはわからない。

 これは賭け。ファフニールは曇った表情のまま唸る。

 サンは我関せずと弓の手入れをしている。


「確かにランベス村はここから真っ直ぐだ。だが、そこで貴様らの旅の目的を果たす為の何かが出来るのか?我は聞いていないが、あるのだろう?目的の一つくらい」

「あっ……ごめん、話してなくて」

「別に気にしてはいないぞ?」


 アイシェンの顔色は晴れない。


「話せない訳じゃないんだ。ただ……今はまだ話したくなくてさ」

「わかった。話したいときに話すのが一番良い、気にするな」

「あ……ありがとう」

「礼を言われる筋合いも無いが。まぁとにかく、貴様らの旅はノープランだ。オラトンに来たのも偶然なのだろう?」


 アイシェンはこくりと頷いた。


「でも少しでも可能性があるなら……その国家の人がもし俺の欲しい情報を持ってるなら、俺はランベス村に行きたい」

「……はぁ。わかった、我はもう何も言わん。サンはどうする?」

「私も別に、とりあえず付いて行くだけなので」


 そうか、とファフニールが言うと、彼女は地面に無造作に置いていたアイシェンの刀を拾い上げ、彼に手渡した。

 時刻は午前六時。

 アイシェンは夢の中で出会ったクリーム色の紳士服の男のことを考えた。


 ***


 同日 ランベス村 午前六時四十四分

 三階、ブリタニア国家騎士団寮。


 ルビー色のカーテンが、ゆるやかに揺れている。朝の風というものは大変心地が良い。しかしその部屋にいた少女はその風を机の上の書類を飛ばす障害としか思っていなかった。更には、その銀色の髪をも揺らし、文字も読みにくい。首ほどの長さしかなくても、邪魔なものは邪魔なのだ。

 それならば窓を閉めれば良いという話だが、そんな時間も無いほど切羽詰まっている。

 そもそもこの窓を開けたのはであり


 名前:ジークフリート・アルミーウ

 年齢:十九歳

 性別:女

 使用武器:剣

 種族:民族


 これが彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはジークフリートと呼称する。

 そこに一人、金髪のポニーテールと、顔に傷型のタトゥーをいれ、綺麗に割れた腹筋を見せびらかすような格好の女性が近づいてきた。


「よっ、暇か?」


 あっけらかんとした口調で話し掛ける。

 ちなみにジークフリートは山のような書類に囲まれており、どう見ても暇ではない。


「暇に見えるか~。団長の分の書類まで片付けて三日以上ちゃんとした睡眠とってない私が暇に見えるか~」

「んなもんさっさと終わらせろよ。それよりさ、新作コーヒー作ったんだぜ!な、試飲してくれよ」

「うわ真っ黒。まるでこの仕事みたい」

「『ブラック』てか。やかましいわ」


 と、部下と上司の関係とは思えない会話が繰り広げられる。


 名前:モルドレッド・メドラウト

 年齢:二百三十歳

 性別:女

 使用武器:剣

 種族:魔族


 これが彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはモルドレッドと呼称する。

 二百三十歳、という年齢に困惑しているかもしれないが、魔族はヒューマンや民族と違って成長が遅く、我々の十年が彼らの一年。

 つまりモルドレッドは、実質二十三歳ということだ。


「ピッチピチだぜ!」

「誰に言ってんの?あぁそうか……書類整理しかできない私をおちょくってるんだね。良いよ、戦いなら私の剣がいるし、それしかできない団長もいるし……」

「いやぁ悪い、何となくな。……いや待て、ネガティブに見せかけた罵倒すんのやめろ」


 これが、彼女達の日常である。

 上下関係に重きを置く国で育った者がいるならば、信じられない光景ではあるが、これが、彼女達の日常である。


「こほん……でさぁジーク、本題にはいるが、あいつから何か報告は来たか?」


 一風変わって、二人は話を切り替えた。


「いや、特に何も」

「そうか。今、この隊は人手不足だ。の討伐のために、わずかな動きも見逃すなよ。あと、もし見つけられなかったとしても、協力してくれそうな奴もいたらスカウトしろ」


 報酬もケチらないから、と言ってモルドレッドは部屋を後にした。

 ジークフリートは、左に向かって伸びた逆毛を弄りながらもう一度書類に目を通す。

 時刻は午前六時五十四分。

 少し寝ても今日中に終わる。そう思った。


 ***


 少し遡って午前六時半。


「本当にこっちなのか?」

「その台詞、何度目だ。黙って付いて来い」

「ですが……流石に景色が変わらな過ぎではありませんか?ほらこの木の傷、さっき私がつけたものです」


 アイシェン達は迷っていた。

 三十分以上歩き回ってはいるが、森の出口には一向に辿り着けないでいた。

 村なんて全く見えてこず、見えるのは森の木々と元気な動物くらいだ。

 いざという時は、この森でサバイバルをする覚悟でいる。


「……正直に言うと、我は地図がないと何もわからなくてな」

「え?地図なら渡したじゃないか」

「あれはシントウの里の地図ではないか。ここはブリタニアだし、しかもなんだ『美味しい店の地図』て」

「里を飛び出す前に美味い和菓子を作ってくれる店見つけて。覚えときたいなって」

「地図の代わりに辞表なら用意できそうだ。今書いてやろうか?わたくしファフニールは、人間関係に疲れましたとな」


 どうしたものかと一行は悩んだ。

 次の瞬間。


 ――ガァッ!!


「うおっとぉ!?」


 一頭のクマがアイシェンに雄叫びを響かせながら襲いかかってきた。彼は何とか寸でのところで身を躱した。


「な……ヒグマ!?」

「驚く暇は無い!!すぐに刀を構えるか、こっちに逃げろ!!」


 助言を聞いたアイシェンは、まず刀ではあのクマに勝てないと判断し、ファフニールの言うとおり、彼女の方へ逃げ込んだ。

 ファフニールはアイシェンの後を追ってきたクマを勢い良く蹴り飛ばし、近くの大木にぶつけた。

 同時に、サンも怯んだクマの心臓に向けて矢を放つ。しかし……。


私の自慢の矢が」


 クマの頭蓋骨は、金属並みに固いという話しは有名だが、肋骨まで矢を跳ね返すほど固いなんて聞いたことが無かった。

 にも拘わらず、このクマは怯むどころか、何事も無かったかのようにしている。


 ただ者じゃない熊に対し、三人が戦闘体勢を構えたその時。


「お?困ってる人発見!?そしてそんな所に偶然出くわすわちきは、やっぱりヒーローだったのさ!!」


 銀髪の、明るい声をした女の子が、クマのぶつかった木の枝の上に立っていた。


「えっ、あんたは?」

「わちきの名前はバルムンク。気軽に、ヒーローと呼ぶが良いのさ!!」


 そう、シンプルな形をした剣を天に掲げ、ヒーローは叫んだ。

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