第41話

「砂浜じゃないのか」


 登は、石ころ海岸を見て言った。


「そりゃあ、『シーグラス』を採取するから石ころ海岸だって」


 羽左衛門が登の肩に腕を置いて笑う。


「白い砂浜、熟れて果実ちゃんは」

「それ、ヘルヴィウムに一度やられてる」


 登は、羽左衛門の腕をポイッと払って言った。

 勇者一行に初めて会った頃が懐かしいなと、登は思った。


「テント張りますよ!」


 友也が意気揚々と石ころ海岸に荷物を運び出す。


「ここで、一週間テント生活か」


 採取週間だからだ。

 石ころ海岸の海水浴場の一角に、キャンプ可能なエリアがある。

 登らは、利用料を払い専用の区画に荷物を運んだ。


「さてと、陣地を確保するか」


 登も友也と一緒にテントを張り始めた。

 羽左衛門はバーベキューの準備を始める。

 そうして、一、二時間ほどするとキャンプの準備は終わっていた。




 夕焼けの空、打ち返す波、揺れる二つの影、これが男女なら様になるだろうが、残念ながら男二人が『シーグラス』を探している画である。

 登と友也は、酔っ払った羽左衛門を陣地に残し、せっせと『シーグラス』を採取していた。


「青系ばっかりだな」


 登は拾いながら『シーグラス』を夕日に透かしてみる。


「赤とか黄色ってないのか」


 夕日を吸い込み、白濁色の『シーグラス』はオレンジを身に纏った。


「そりゃあ、元は人工のガラス瓶からがほとんどなので、透明や白濁色、青や緑が主流です。赤い瓶とか黄色瓶ってあまり生産されないから」


 友也が言った。

 ここに来るまでに、友也は調べていたのだ。


「あ、そっか。羽左衛門も酒瓶持って寝てるな」


 登は笑った。

 その笑顔に、友也も笑みを返す。

 酒瓶は青か緑である。赤や黄色の酒瓶は確かにあまりないだろう。

 というか、瓶のほとんどが青か緑、透明だろう。


「たいぶ歩きましたね」


 友也が振り返った。

 陣地のテントからかなり離れている。

 登は袋に集めた『シーグラス』を持ち上げる。


「あまり、見つからないものですね」


 友也も袋を持ち上げた。


「まあ、一週間頑張ろうぜ」


 その一週間が平々凡々に過ぎることは……ないだろう。




 それは、三日目に起きた。


『おい、よく面出せたもんだな』


 登の耳に、否、心に響く声にハッと目覚める。

 いつもうるさい羽左衛門のいびきがない。


「おっ、久しぶり」


 羽左衛門の声だ。

 登は体を起こした。


『その面を二度と見せるな、帰れ!!』


 登はソッとテントの入り口を開ける。

 羽左衛門の背中が見える。

 声の主は、その向こうだろう。


「いやあ、採取週間であと四日はいる。おっ、そうだ。赤とか黄色の『シーグラス』が欲しいんだが」


『俺はもうお前の鍵じゃない!』


 登は、小さく息を吐き出した。

 羽左衛門が会話をしているのは、きっと玄武なのだろう。


「なんだよ、けちくせえな。昔のよしみだってのに」


 羽左衛門が、酒瓶をあおっている。


『お前にとっては昔のことだろうが、我にはつい最近のことぞ!』


 玄武が苛立たしげに言った。


「じゃあ、お前の昔ってどこよ?」


『なんだと!?』


 羽左衛門が空になった酒瓶を脇に置く。


「俺にとっちゃ、一秒前だって昔だ。この瞬間こそすでに過去になる」


『屁理屈ぞ!』


 羽左衛門がゴロンと横になった。

 登の視界が広がる。

 そこに、玄武は……いない。

 どういうことだ? と登は困惑した。


「いったい、誰と話してた?」


 登はテントを開けながら言った。

 羽左衛門が寝返りを打つ。


「イテッ」

「そりゃあ、石ころ海岸だしな」


 登は羽左衛門の横に座った。

 羽左衛門が起き上がる。


「……羽左衛門は、踏ん切りがつかなかったのか?」


 登は羽左衛門に訊いた。本当は訊かないつもりだったが、さっきの会話からして訊かずにはいられない。


「なーに言ってんだか」


 羽左衛門が、クーラーボックスから酒瓶を取り出す。


「仁は羽左衛門を真似たと思ったんだけどな」


 登は自身の出生を知り、ずっと思っていたことだ。

 羽左衛門が、グビグビッと酒をあおる。


「クライムがさ、仁は羽左衛門と同じ轍は踏まないと思っていたって。でもそれって、俺から見れば、羽左衛門が失敗したから仁が次にやったって感じるわけ。異世界の時を動かそうと最初に想ったのは……羽左衛門だろ?」


 羽左衛門は登の問いには答えず、真っ暗な海を、酒をあおりながら眺めている。

 聞こえてくるのは石ころを転がす波の音だけ。


「可哀想な生を生むことも、神獣に縄をつけることもできなかった。違うか?」


 仁の想いの原案は、羽左衛門から始まったのだと登は思っている。


「ヒック、俺がよぉ……酒に酔って思いついた酔狂な物語をよ。ヒック……」


 羽左衛門が項垂れる。


「だいたい、俺は異世界マスターなんてできるわけないんだ。地に足着けることなんて、野武士の俺は逃げ足だけ早くて生き延びてきたのによぉ。ヒック」


 なんだか、くだを巻き始めた羽左衛門の声に登は苦笑したが、止めることはしない。


「玄武って土だろぉ? ヒィーック、大地を司る神獣を、地に足が着いていない俺が使徒できるわけないってのによぉ」


 羽左衛門は、項垂れた頭を上げてまた海を眺めた。


「いや、違うな」


 羽左衛門の声が変わる。


「可哀想な生を生むことに躊躇したわけじゃない。玄武に縄をつけることもできた。実際、玄武は了承もしていた。俺だけ、逃げたんだ。死ぬのが怖くてな」


 真っ暗な海が蠢く。

 海から陸に上がる何か。


『臆病者』


 海から打ち上がった大きな岩が言った。

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