第17話

 狭間の世界に寄ってから、登は現実世界の自室に戻った。

 すぐにクローゼットに制服を仕舞う。黒のズボンとマントだけでは、もう限界だと判明したからだ。


 登はため息をつき、冷蔵庫を開けた。

 ポーションをグビッと飲み干して、首をグルッと回す。

 今日も今日とて、登の想像を超える異世界生活だった。


「宝石か……」


 登は無限袋に手を入れて、ヘルタカードを取り出す。

 ゲージは円表示になっている。

 登の所持金はそこまで減っていない。

 未確認ゲートを発見したことで、円に換算して百万入ったからだ。


「うーん、でもこれでは心もとないってことだろ」


 宝石の購入やら、開発やら、マジックアイテムの購入もさることながら、ウィラスにも装備品を整える必要があるかもしれないと、ヘルヴィウムに言われたからだ。


 ヘルヴィウムの指示で、まずは青龍の依り代である『石』を用意してから、出社を言いつかった。

 つまり、現実世界で青い宝石を購入してこいということになる。


 ピンポーン


「帰宅早々、またか」


 登は玄関を開けた。


「ヘルヴィウムの依頼で派遣されました!」


 アンネマリーが口を尖らせながら言った。


「えっと?」


 アンネマリーが部屋にズンズンと入ってくる。

 登の部屋でありながら、それに続くだけだ。


「ジュエリーショップ分かるの?」


 振り向き様に、アンネマリーが人差し指で登の鼻を指差す。

 登はアンネマリーの勢いに若干引いている。


「宝石店よ! あなた……どう見てもその辺のこと無知そうだけど」


 登は、やっとアンネマリーの言葉を理解した。

 確かに、登に宝石の知識はあまりない。知識だけでなく、どこに売っているのかも、あまり知らない。


 元カノにも贈ったことはない。安月給だった登が買えたのは、路上で売っている程度のアクセサリーだけだった。


「店、知らない」


 登は呟いた。


「でしょうね。最初だから、ヘルカンパニーと取引のある宝石店に案内するわ。はい、さっさと着替えて」


 アンネマリーに急かされ、クローゼットにしまったばかりの制服を取り出し、洗面所に入る。

 黒の上下の制服だけを試着する。流石に、スカーフタイやマントは現実世界に馴染まないし、浮くだろう。

 会社員時代のネクタイを巻く。


「今日も車?」


 登は洗面室から声をかけた。


「ええ、浦島友也が運転手」


 登は着替え終わり、洗面室を出た。


「今日は、このネクタイを」


 アンネマリーが、登の着けたネクタイを解いて青いストライプを巻く。


「一応、私からの贈り物。最初の宝石と同じ青を用意したわ」


 アンネマリーの耳が少しだけ赤い。


「えっと……」


 贈り物をさせる理由に登は困惑する。


「あれよ! あれ、あったじゃないの」


 アンネマリーが上目遣いに登を見る。

 登は首を傾げた。


「もう! 言わせないでよ。はぁ、コンビニで……えっと、ご迷惑をおかけしました。流石に三度木っ端微塵にすると、アルバイト出来なくなるところだったので」


 アンネマリーが『SAKE』で酔い潰れ、管を巻いた『あれ』のことだ。


「あ、ああ。あー、うん。えっと、ありがとう?」


 登はネクタイを触りながら言った。


「こちらこそ」


 登とアンネマリーは笑い出す。


「何、この会話」

「だよな」


 アンネマリーとは、異世界に就職した当初から登の方が世話になっている。


「さ、行きましょう」


 登とアンネマリーは、宝石店に向かった。




 敷居の高い店だと一目瞭然だ。


「ここ?」


 登はパルテノン宮殿並みの外観を指差す。


「ええ、普通のジュエリーショップだと『石』を置いていないけれど、ここは原石とか加工石を置いている宝石店なの。まあ、ヘルカンパニーとしては最近取引を始めた感じ。だから、ちょくちょく様子見で購入しているってヘルヴィウムが言っていたわ」

「つまり、『異世界』繋がり無しなわけか?」


 浦島羽左衛門の探偵社とは違い、『異世界』との繋がりはなく、完全に現実世界の買い物になるのだ。


「ここは、『石』の取引を個室で行うから、他の客を気にしなくていいの。ゆっくり『石』を確認出来るでしょ? さあ、入りましょう」


 登はアンネマリーの後を追うように宝石店に入った。


「いらっしゃいませ」


 ホテルのフロントのようなカウンターに受付嬢が二人並んでいる。

 いわゆる一般的なジュエリーショップと違うようだ。

 フロント奥に、店舗があるのだろう。きらびやかな扉がフロントを挟んで二つある。

 アンネマリーが銀色のカードを出して見せた。


「ヘルカンパニー様、いつもありがとうございます。ただいま、担当の者をお呼び致しますので、サロンで少々お待ちください」


 受付嬢が一人出てきて、右側の扉を開けた。

 登はまさに借りてきた猫の如く、アンネマリーについて行くだけだ。

 サロンに入ると、これまた高級ソファが登を待ち受ける。


「お飲み物を」


 受付嬢が飲み物のメニューを広げる。

 登は目が点になった。Coffeeとtea以外に読めるものがないからだ。


「部長、いつものcoffeeでよろしいでしょうか?」


 完全に場に呑み込まれた登に、アンネマリーが助け船を出した。


「ああ」


 アンネマリーがニッコリと登に笑むが、瞳は笑っていない。ちゃんとしろと目で訴えている。


「私も同じで」

「かしこまりました」


 受付嬢が下がった。

 登はそこでやっとひと息つく。


「……全く、もっとシャンとして」

「いや、こんな店初めてで、無理だって」


 肩が凝る店だ。登はサロンを見回す。

 登とアンネマリーの他に、一組いるだけ。その一組も、お茶をしていたが立ち上がって別の扉に向かう。


「一般客は、フロント左の扉からジュエリーショップに入るの。契約客というか、会員客とか法人客からはこのサロンに通されるわ。ここから、ジュエリーショップに入れる扉があれよ」


 もう一組の客が緑色のカードをかざしてちょうどその扉を抜けていく。


「なんか、俺には住めない世界だ」


 登は呟いた。


「すでに、住んでいる人が言う台詞ではないわね。どうせなら、見てきたら?」


 アンネマリーが緑色のカードを登に差し出した。

 さっきの銀色とは違うカードに、登は首を傾げる。


「ここのカードはジュエリーショップ用のものが緑色、『石』用のものが茶色、法人用が銀色なの。法人には、緑色も茶色も支給されるわ。個人でジュエリーも『石』も取引できるのが金色のカードになるの。ヘルヴィウムもクライムも金カード、異世界マスターは個人取引になるから、登も金カードになるわ。ヘルヴィウムが手配済みみたい」


 登はカードを確認した。ヘルカンパニーの刻印がされている。

 気後れしながらも、登はカードを受け取り扉に向かった。

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