第12話

『マジックの種畑』


 登は周囲を見回す。

 遠くの方で、宙に浮かぶヘルヴィウムとクライムを確認できた。


「マント、やっぱり貰おうかな」


 異世界マスターのあの制服は、特殊能力が備わったものなのだ。

 マントは宙に浮かぶことができる。

 ヘルヴィウム曰く、ズボンしか履いていない登に備わった特殊能力は、一割増し足長効果が見た目あるぐらい。全くもって、無駄な効果だ。


「でもな、流石にあのマントには抵抗がある」


 登は、二人の方へと向かった。


「登、虹の回収はできましたか?」


 ヘルヴィウムが畑の上空からオーロラを撒きながら訊いた。

 登は、ヘルヴィウムに回収瓶を投げつける。


「それでいいんだろ?」

「おお! 綺麗に回収できましたね」

「俺の世界だった」


 登はヘルヴィウムに向かって言った。

 ヘルヴィウムが『ホォ』と感心し、着地する。


「なぜ、分かったのです?」

「ウィラスに会ったんだ」

「普通、幼い頃の記憶は曖昧になるものですが……登は違うようですね」


 確かに、朧気な記憶もある。だが、あの物語はあの頃の登にとって唯一の癒やしだった。鮮明に思い出せるほど、心が温まる思い出でもある。


「あの世界が存在していて……嬉しかった」


 登はぶっきらぼうに言う。


「あの世界を管理してくれて、ありがとな」


 ヘルヴィウムを見ず、そっぽを向きながら登は感謝を口にした。


「珍しい世界です。子どもは想像を膨らませますが、それを形にはできないものです」

「ああ、俺もそうだった。あれは何年もかけて創った世界だし」


 ヘルヴィウムが頷く。


「お前、俺のことずっと前から知ってたんだな?」

「ええ、まあ」


 ヘルヴィウムが登の部屋の隣に越してきたのは、偶然ではないのだろう。


「おいおい伝えましょう。急ぐ必要はありません。いつかは知ります。異世界マスターになるのですから」


 追及はさせてくれないらしい。口を開きかけた登は、閉じるしかなかった。


「その代わり、『世界は七つの色でできている』の管理を任せます」

「最初から、そのつもりだったんじゃないの?」


 ヘルヴィウムが首を横に振る。


「思い出すにも、もう少し先になるかと。それに、ウィラスが登を認識できると思っていませんでした」


 確かに、幼い頃の登と、今の登では風貌が全く違う。


「ウィラスにも管理を頼まれたんだ。でもさ、管理って何をすればいいんだ?」


 ヘルヴィウムがキョトンと登を見る。


「ここと一緒です。ここは私が想像し創造された世界。登の世界も同じですよ」


 登は、ヘルヴィウムのモンスター天国を見回す。


「想像すると創られる……。確か世界は三つに分かれているんだったよな。現実世界の住人が想像した異世界。その異世界を管理する異世界マスターが創った異世界。そして、狭間の異世界」


「ええ、そうです。『世界は七つの色でできている』は特殊な異世界ですね。希有な異世界なのは当然です。幼い子どもが確立異世界を創り上げることほぼ皆無なわけですから」


 ヘルヴィウムが懐から水晶を取り出す。


「見てください。ここには、多くの育たぬ純真な異世界が浮かびます」


 登は水晶に浮かび上がりは消えるキラキラした異世界を眺める。


 砂場で遊んでいる幼い子どもが、砂で塊を作っている。『この城は魔王の城だ!』と口にし、子どもの頭上に突如異世界が現れる。

 子どもが枝を手に取った。『勇者が魔王と戦うんだ!』と口走ると、異世界に剣を携えたわんぱく小僧が出現しした。


 公園では、至って普通の光景だろう。『○○帰るわよ』子どもの母親らしき女性が声をかけると、魔王城も勇者も透明になり、『今夜はハンバーグよ』と母親の声を最後に異世界は霧散した。


 そんな異世界が水晶の中で繰り返し浮かび上がり消えていく。


「幼い想像主の異世界は、基本水晶に留め置きます」


 ヘルヴィウムが水晶を懐にしまった。


「純真な子どもの想像世界を留める水晶は、自身の世界からしか授かりません。私の水晶はこのモンスター天国を創造した時に、鳳凰から授かったのです」


 ヘルヴィウムの神獣は鳳凰である。


「……俺は、あの世界を創っていけばいいのか?」


 登はウィラスが満面の笑みで待っているのが想像できた。


「ええ、今度は物語を創り上げるのでなく、世界を創り上げてください。任せました」


 ヘルヴィウムが登にマントを手渡す。


「そろそろ、必要ではありませんか?」

「まあ……な」


 登はマントを羽織る。トンと地面を蹴るとフワッと体が浮き上がった。

 ヘルヴィウムも同じく宙に浮く。


「よお、お二人さん。早くしないとアンネマリーが噴火するぞ。悪役令嬢の噴火は被害甚大だぞ」


 クライムが登とヘルヴィウムに声をかけた。


「それはまずいですね。老村が木っ端微塵になってしまいます」

「いやいや、そりゃなくね?」


 登は笑った。だが、ヘルヴィウムとクライムが真顔で登を見ている。


「いいですか、登。アンネマリーの噴火で、老村は二度粉々になった過去があるのです」


 ヘルヴィウムがそう言うと自身の震える体を抱き締める。


「ああ、あれはひどかったな」


 クライムもブルッと震える。


「まじかよ」


 登はやはり口にする。


「やっぱ、異世界なんだよな」と。




 現在、登を含め異世界マスターたちは正座をさせられていた。


 ドン


 レジ台を叩く音に、マスターたちの体が一瞬浮き上がる。


「揃いも揃って、情けないわねぇ」


 アンネマリーのドスの利いた声がマスターたちの頭上に降り落ちる。


「まーったく、異世界の管理が仕事のマスターが、高々『種』がない程度で大騒ぎするんじゃないわよ!!」


 ドン


 レジ台に『SAKE』とラベルのある瓶が置かれている。


『誰ですか? アンネマリーに酒を出したのは?』


 ヘルヴィウムがマスターたちに目配せした。

 真っ白な異世界マスターに視線が集まる。


『わ、私は気分良くさせておけばと……』


 つまり、賄賂酒なのだ。『変身の種』をコッソリ貰おうとしたのだろう。


『いや、これで正解かもしれないぞ』


 クライムが小声で言った。


『まあ、確かに管を巻く程度で、破壊には至っていませんからね』


 ヘルヴィウムがため息交じりに言う。


『だけど、これどんだけ続くのさ?』


 真っ青な異世界マスターがげんなりして言った。


『酒が抜けるまでじゃない?』


 クライムが言うと、マスターたちの視線が集まった。


『アンネマリーの管理はあんたの仕事だろ?』


 マスターがクライムに圧をかける。


『だから、酒が抜ければ』

『これ以上時間を無駄にできない。種も手に入れられたから、異世界管理に戻りたいんだ!』


 クライムにマスターたちの小言が集中した。


「ちょーとお! あんたたち、私の声を無視するとはいい度胸ねっ!!」


 ミシミシ


 老村がアンネマリーの気迫で悲鳴を上げる。

 登は視界の隅に『きらめく青』を捉える。


「どいつもこいつもっ!」


 アンネマリーが酒瓶を手にした隙に、登は飲料棚へと向かい『きらめく青』をすばやく手にした。


「あんた!」


 アンネマリーが登の行動に気づくと同時にグビッと飲み干した。


「やあ、私の可愛い子猫ちゃん。そんなに見つめないでおくれ。君の熱い視線で、私は焼け死んでしまうよ」


 登は例によって、ターンをしながらレジに立つアンネマリーに近づく。

 内心はもちろん『キモッ』と思っているが。


「アン、君にはそんな熱のこもった視線より、頬にでも熱をもってもらいたいな」


 登は、酒瓶を握るアンネマリーの指先に自身の指を絡ませる。


「ヒャッ」


 アンネマリーが目を見開いてのけぞった。


「ちょ、放してったら!」

「駄目だよ。アンの熱を私が受け止めると決めたのだから」


 登はアンネマリーに白い歯を見せる。もちろん、この場合キラーンと白い歯が覗く効果というあれだ。

 そして、登の手はアンネマリーの上腕を流れていく。

 アンネマリーが堪らず、酒瓶から手を放した。

 すかさず、クライムが酒瓶を回収する。


「放してっ!」

「無理だよ。アンの滑らかな肌に触れてしまったなら、離れることなど……神への冒涜か」


 全く意味が分からない会話だが、アンネマリーには効果的だ。

 登はレジ台を飛び越えて、アンネマリーに接近する。


「こ、来ないでよっ」


 アンネマリーが興奮しながら登を指差した。そして、そのまま電池が切れたように後ろへ倒れていく。許容域を興奮が超えたのだろう。

 登はサッとアンネマリーの体を抱き抱えた。


「アン?」


 アンネマリーから健やかな寝息が聞こえてくる。


「でかした、登」


 クライムが言うと、他のマスターたちも登を労ったのだった。

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