第7話

「ところで、これどうやって払うの?」


 登は現金を持っていない。いや、この異世界で現実世界の現金が使えるなど思っていない。


「さっきの乙女異世界の仕事代金でいけます。これをお渡ししましょう。ヘルタカードです。給料はここに入ります。給料ゲージはここを見てください」


 登はヘルヴィウムから突っ込みどころ満載のカードを受け取る。

 カードの表面には、山田登と刻印されていて、龍のデザインが施してあった。カードの裏面を見ると、HPのようなゲージラインがあり、少しだけゲージが上がっている。ゲージの下には『現在10000ヘルタ』と記されており、これがさっきの仕事代なのだろう。


「つくづく、ヘル推しかよ」

「ええ、私考案のものですので、それが分かるようにしています。このヘルタカードでほとんどの買い物はできますから」

「いや、おかしいだろ? 異世界別に通貨制度って違うんじゃないの?」

「ええ、以前は大変でした。想像主が新たな通貨を生み出す度に換金が大変でして、為替相場の管理とかもう……」


 ヘルヴィウムが天を仰ぐ。

 登は若干引いている。


「ITを導入し、試行錯誤の上やっとこのヘルタカードが誕生したのです!」

「あ、ああ」


 異世界のIT化……登は、しばし感傷に浸った。

 その間にも、ヘルヴィウムがカード誕生秘話を力説する。


「ゲートを潜る際に、このカードは潜った異世界通貨に適応します。私の想像した世界ではヘルタ。例えば、クライムの想像した世界ではクラタが通貨になっています。マスター管理された異世界は、行き来が自由ですので……人・物・金が動くんですよ」

「EUか」

「現実世界の仕様は便利ですからね。ビッグデータ化して、異世界の全てを記録しています。新たな異世界が生まれても、すぐにAI機能でデータ化される仕組みになっています」


 今度はAIまで出てきて、登は異世界の常識を覆された。いや、裏の常識になろう。

 つまり、そうやって管理することも異世界マスターの仕事なのだ。


「それで、どうやって他の異世界の通貨を手にできるわけ?」


 登が知りたいのは、異世界管理システムでなく、他の異世界での支払い方法なのだ。

 ヘルヴィウムがコクンと頷く。


「大きく分けて、異世界には三種類あります。現実世界の想像主が描いたもの、異世界マスターが管理するために創造したもの、そして、AIが管理する狭間世界」

「狭間世界?」


 今までに聞いたことのない世界が出てきた。


「以前は二種類の異世界しかありませんでした。溢れる異世界管理のためIT化とAIを導入することにより、AIが狭間の世界を創造することに成功したのです。そこで、具体的な情報を得たり、通貨の換金を行ったりできるようになりました」


 登は、首を傾げる。


「具体的に言いますと、登が得たヘルタを円に替えられる場をAIが創り上げた、ということになります」

「ああ、なるほど。だから、給金を貰えたわけだ」


 ヘルヴィウムが登に渡した一本の現生は、狭間世界でAIがヘルタを相場換金したということだ。


「今はカードですが、狭間世界を通過して別の異世界に行くと、その異世界の通貨に換金され、無限袋に収められます。袋に手を入れると、その場で必要な通貨が出てくる仕組みになっています」


 登は感心しながらカードを見る。


「相場か。この一万ヘルタって、現実世界ではいくらになるんだろう?」

「現在の相場基準ですが、ポーションの価格になっています。現実世界のポーションに匹敵する飲み物は……四百円程度の栄養ドリンクでしょうか。ここではポーション価格は二百ヘルタなので、換金価格は二万円ですね」


 リリーとアンネマリーとちょっとだけ会話しただけで二万円。

 ヘルヴィウムから青龍飼育費用で百万円。


「俺には不相応な給料だな。身を滅ぼしそう」


 過ぎたお金を、登は望まない。ビビっていると表してもいい。


「足りませんよ。これから、多くの出費があります。異世界マスターってブラック職業ですから」

「それ、見た目だろ」


 ヘルヴィウムが笑う。登も笑った。


「とりあえず、パンでも買って現実世界に戻ることにする」


 登はパンコーナーでバケットらしきものを手にした。

 ポーション三本と袋とパンでちょうど千ヘルタ。


「ありがとうございました。無限袋に入れます? レジ袋がいいですか?」


 カード払いすると、アンネマリーが訊く。


「えっと、無限袋で」


 そう言うと、アンネマリーが商品を登の方に並べた。

 登は首を傾げると、アンネマリーも小首を傾げる。


「無限袋の説明をしてあげて、アンネマリー」


 ヘルヴィウムが言った。


「あ! そうですね。初道具ですものね」


 アンネマリーがチョロッと舌を出して笑った。


「では、説明します。無限袋は所有者限定の便利アイテムです。最初に物を入れた者が、所有者と認識されます。ですので、私が袋詰めすると登は使用できなくなります」

「へえ」


 登は無限袋を手に取った。中を覗くと渦巻きが現れる。そこにポーション三本とパンを入れた。


「欲しい物を念じながら手を入れると、希望の物を掴めます」


 アンネマリーがニコッと笑いながら、『やってみてください』と言った。

 登はポーションを念じながら、袋に手を入れる。入れた瞬間には、ポーションを掴めていた。


「無限袋は無限に物を入れられますが、多くを入れると何を入れたか分からなくなります。もし、中身を全て確認したい場合は『中身一覧』と念じるとメモが手に取れます。カテゴリー別で、中身道具一覧とか中身食べ物一覧など応用して念じていただければ、無限袋が順応します」

「了解」


 登はポーション一本を手にしながら、袋の口を閉じた。


「またのお越しを」


 アンネマリーが頭を下げた。

 登は軽く会釈して、ヘルヴィウムと一緒に老村を出た。

 出てすぐにポーションを飲む。

 少しだけ、元気になった感覚。体に補給される感覚は、現実世界の栄養ドリンクと同じだ。


「戻ってから、食べることにする」

「ええ、そうしてください」


 ヘルヴィウムが、登の右手首をちょんちょんとつつく。


「狭間世界に寄る意識で」


 登は頷いて、右手首を撫でた。光が弾けてゲートが開く。


「三日間の現実世界の情報を得られます。次の出勤は私が迎えに行きますから、それまで休養してください」

「ああ、了解」

 簡単に返事をして、登は右手からゲートに入った。



『登、初めまして』


 登は一瞬で狭間世界に入った。

 真っ暗の中に浮かぶ円形の地は白い。浮かんでいる円盤に立っている感覚だ。ゲートの光の輪を大きくしたような感じで、それが頭上にも存在している。

 まさに、ゲートとゲートの狭間なのだろう。


『ゲート』


 その声に呼応するかのように、登の目の前に扉が現れる。

 登の背丈の倍はある大きな扉だ。

 扉には荘厳な紋様が施されている。どこかの宮殿にあるような門構えである。

 だが、扉であるにもかかわらず取っ手がない。


「えっと……」


 登は急に不安になった。たった一人で対処する状況に恐れを感じていた。

 今までは、ヘルヴィウムが常に傍にいた安心していた。現実とは別の世界で、一人になった不安が登を挙動不審にする。


『三日間の情報を流します』


 不安な登を置き去りにして、声が進めていく。


『現実世界の登宅に、不審者来訪』


 パッと光が差したと同時に、目前の大きな扉に映像が流れる。

 まるで、プロジェクションマッピングのようだ。

 元カノが、登の部屋の前に立っている。

 合鍵で部屋に入ろうとしたが、鍵穴に入らないようで苦心している映像だ。


「鍵、なんで開かないんだ?」


 それよりも、登は部屋に鍵をかけないでヘルヴィウムに連れられていった。施錠した記憶はない。


「あれ?」


 登は首を傾げた。


『鍵を形成した登は、扉の開け閉めに解錠、施錠は必要ありません。登の手が鍵となったのです』

「……」


 登は周囲をまた見回し、まだ見ぬ声の主を探す。


『私は存在しません』


 登は、ヘルヴィウムの言葉を思い出す。この狭間世界はAIの創り上げた世界であると。つまり、AIに体は存在しないのだ。

 登は頷いた。


『不審者帰宅』


 元カノの後ろ姿が映っている。

 それから、三日間の社会ニュースなどが流れた。

 不安はいつの間にか消えていて、登は映画を見るように情報を眺めていた。


『現実世界時間……』


 声が告げたのは、やはり三日経った日にちだった。


『ゲートを開きますか?』


 声が問うた。


「ああ」

『では、右手を扉にかざしてください』


 登は扉まで進み、右手をかざした。

 今度も一瞬で視界が変わる。

 登は自宅前でドアノブに手を伸ばしていた。

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