第五夜「ソードオブジワン」(Bパート)④

 ひとまず、防壁内に侵入した茨たちは、くおんさんとツカサさんによって残さずきれいに駆逐されていた。


 びゃくやによって、一回り範囲を狭めて障壁を再構成。続く外部からの侵攻は、今のところシャットアウトされている。

 見れば、くおんさんが大きく振るった手刀。――〈王の聖剣〉と呼んでいたか。が放たれたその軌跡に沿って、地面が深く切り裂かれていた。

 ……覗き込んでみると、底が見えない。


「……怪我はありませんか、昴一郎さん」

 さし当たって安全が確保されたのを認めたのか、くおんさんがふわりとぼくの前に舞い降りてきた。

 特に思うところもなさそうに、地に突き刺さっていたままの愛剣を無造作に引き抜いて、そう問いかける。


 以前から思っていたが、どうも、くおんさんはこの愛剣に対して、大切にしていないというわけではないにせよ、それ以上ではないというところがある。

 まさか、放り投げるとは思っていなかった。


「――いえ。平気です」

 答えながら、くおんさんの顔に、改めて目を向ける。


「……どうか、されましたか?」

「あ、いや、何でも」


 思えば、ぼくの人生において、こんなにも――「助けて」と呼べば来てくれる。と、無条件でそう信じられるひとがいたことがかつてあっただろうか。

 これでは本当に、記憶にすらない実の母親以上である。

 マサト兄さんは、それは確かに決してふたりと替えのない、大切で慕わしい存在ではあったけれど、何かコトがあったときに、「頼る」べき相手ではなかったし。

 ミツヒデさんはまああの通りのひとであるし。


 ――やっぱり、くおんさんって凄いな。

 ――ぼくにとっては、絶対だな。


 だけどやっぱり、そうであるからこそ、――これを当たり前だと思ってしまっては、駄目なのだろう。

 そんなことをぼんやり思いつつ、一度役場の中に戻り、くおんさんも交えて、状況を整理する。

「……それで、その子は?」

 人心地ついて、くおんさんが真っ先に気にかけたのは、まあ予想に違わず、ぼくが小脇に抱えていた半裸の女の子で。

 落ち着いて顔貌を気にする暇もなかったのだけど、改めて明るいところで間近に見れば、品の良い目鼻立ちの、なかなか整った容姿をしている。

 年の頃はくおんさんと同年代くらい。つまりは小学校の高学年くらい。だろうか。

 色の薄い素肌に襤褸を纏っただけの、気を付けないとあちこち見えてしまいそうな格好が今更ながら気の毒になってくる。

 この子も、早く安全な場所に連れ帰ってあげなくては、である。


「いや、この子は、その」

「……ああ……その、昴一郎さんが、拾ってきて」

「ツカサくん! 言い回しを少し頓着して!」

 叫ぶマモルくん、絶句するぼく。

 何となく察したようで、マモルくんの顔が、蒼い。

「……説明、してください」

 困ったように眉をひそめて、重ねて尋ねるくおんさんに、

「実は」

 と、切り出した。まずそうな部分は伏せて。

「ウィッチがこの子を落とした、直後にカンスケさんの襲撃があった」と言うような感じで。 

 一応、嘘ではない。 御剣昴一郎は嘘が嫌いだ。

「ウィッチに捕まっていた……とか、なんですかね」

「でも、どうやって、この子を拾い上げてきたのですか?」

 と首を傾げるくおんさんに、

「昴一郎さんが、危険も顧みず、彼女を救いだしてきたのです」

 どこか得意げに、ツカサさんが言う。

「――ッ」

 言い回しというものを頓着してください、ツカサさん。

 ……その、第二部であった。

 くおんさんが、こめかみに手を添え、目眩と頭痛を訴えるように、上体をぐらりとゆるがせた。


 案の定、ものすごく叱責を受けた。


 ――曰く、危険なことをしてはいけませんと言ったでしょう。

 ――曰く、どうしてわたしの言いつけを守ってくれないのですか。

 ――曰く、どうしてわたしに心配をかけるのですか。


「何とか言ってください、何も答えてもらえないのではこまってしまうではありませんか」

 相変わらず、声を荒げるわけではないし、ただただ穏やかに問い質されているのだけど、言いようのない圧である。

 だって、その、返す言葉もないというか。

 ……こうなることが判っていたから、事実の一部を伏せていたと言うのに。

「昴一郎さんは……もう!……もう!」

 ついには、くおんさんの方が言葉に詰まり、俯いてしまう有様である。

 ……気まずいこと、この上ない。

「どういうことだマモル、俺はツクヨミさまが昴一郎さんをお褒めになると思ったのだが」

「……ツカサくん、少し黙ろ?」

「しかし、昴一郎さんの行いは……」


「……ヤれやレ、やッテしマったなァ、昴一郎」

 追い打ちをかけるように、びゃくやの声

「特に、女の子と言ウのがいかン、うん、イカんぞ」

 というか、そのときいただろうがおまえ。

 何で女の子だと駄目なんだ、男の子だったら良かったのか。

「……まあソの、見ロくおん、君と対して変わラんではないか」

 というか、見かねて助け舟を出してくれてるつもりなんだろうか。

「一部におイては、君の方が優っテ……」

 つられて、とっさに両者へ目線を走らせる。

 かたや……真っ平。

 かたや……一応それらしい、将来性というものを伺わせる曲線がある。

 ……やや、くおんさんに軍配が上がる、かな?

「…まあ、昴一郎が小さい方が好ミデあれば、……いヤ、こレでは慰めになラナいカ……」

 何なんだ!

 いったい何がしたいんだ、何の話をしたいんだおまえは!

 ……結構まだ余裕があるじゃないかこいつ。もっとしっかり壁を作らんかい。

「あのね、びゃくや、わたしは別に昴一郎さんを責めたてたいわけではないの」

「……ああ、イや、わたしも何ガ言いタイのだろうナ、うん」

「自分でも判ってないこと言ってたのかよ」


「どうだろうマモル、「そういうこと」なのか?」

「……そっかぁ、昴一郎さんが知らない女の子助けたから……」

「しかしそれは、些か心が狭いというものでは……」

 背後から、小声でやりとりするのが聞こえてくる。

「……そういう……ことを、言いたいわけではありません」

「つまり、ツクヨミさまは、昴一郎さんの不貞を疑っているというわけではないと言う事ですね」

「ええとその、気にしないでいいんじゃないかと! 昴一郎さんは多分! とくべつ誰かにってわけじゃなく、みんなに優しいんです!」

 未だ良くわからないと言った表情のツカサさんと、安全地帯であるツカサさんの背中から口にするマモルくん。

「……ふうん? 誰にでも優しい、ですか。わたしは……てっきり」

 と、ちらとぼくを一瞥しながら小さく漏らすくおんさんの声に、感情が籠っていない。

 頼むから、頼むから少し黙ってください、あなた達。

「甲坂さん、葵くん」

 押し殺した別人のような低い声で、くおんさんが短く告げる。

 ……背後に、猛吹雪が見えた。

「……内々の、話、ですから」

 ツカサさんは不承不承口をつぐみ、マモル君は震えあがった。

 ぼくはと言えば、まあ、気まずげに斜を向いていた。

 まあ、振り返れば、我ながら今回もよく命があったものだと思うほどで。

 くおんさんの気性を考えれば、こうなることは想像できていた。

 身一つでウィッチの茨蔦の蔓延る屋外に出ていくなんて――

「――あ!」

 それを思い返した時、ひとつ気づきがあった。

 咄嗟に、大きく声を上げる。 

「昴一郎さん?」

 くおんさんがさっと向き直り、

「どうしましたか、まさか…どこか怪我でも……!」

 今更ながら、色白の顔に心配そうな色を乗せて、駆け寄ってくる。

「いえ、その……あのウィッチは……何か、おかしくないですか?」

「……ああ、そう言えば、さっき」

 意を得たり、と言う感じに掌を拳の底で打ったのは、まずツカサさんだった。

「……そう、だから、気になって」

 ウィッチの行動パターンが、明らかに変化している。

 ついさっきまでは、ぼくはほとんど相手にされていなかった。

「攻撃してくるもの、戦闘能力の高い、脅威度の高いものを優先して攻撃する」というのが、当初の姿だった。

 だからこそ、ぼくが身一つでこの子を拾い上げてくるなんてことが可能だった。

 だが、急に活発に動き始めてからはそうではない。

 まずぼく、それからマモルくん。という「手っ取り早く餌食にできそうなもの」に、一直線に向かってきた。

 ――まるで……まるで「普通の」ウィッチになってしまったかのように。


 その原因と、意味するところ、それから、何が起こったのか。

 それが判らない。

 くおんさんに動脈を至る所で断ち切られ、余裕がなくなってきたから……というのがすぐに思いつくところだが、どうもそういうわけでもなさそうだ。

 ……そもそも、あいつは薔薇だ。〈植物〉だ。

 光合成と、土壌からの水分による栄養補給で得られるエネルギーは、微々たるものである。

 だけど、それで事足りる。

 植物は、少なくともぼくたちが考える意味においては――基本的に、考えたり、動いたり、物を言ったりしないからである。

 もちろん例外もあって、それがいわゆる食虫植物。なんだろうけど。

 ……それだって、太陽光と土壌の養分が十分でない場合の、いわば非常手段だ。

 「他の生き物を食べる」というのは、確かにエネルギーを得るための術としては手っ取りばやいけど、捕えた獲物を咀嚼する、嚥下する、消化する、得られたものを全身に行きわたらせる。そのために消費されるコストだって、けしてゼロじゃない。

 加えて、あの巨体である。

〈綱手姫〉も〈コラープス〉も、確かにヒトを食らうだろう。

 だが、あれほどまでの巨体ではなかったし、まして聞いた話では、この薔薇のウィッチは、たんぽぽの綿毛さながらに、あの図体で空まで飛ぶらしい。

 大地深くに身を隠し、茨を這わせているだけでなく、本格的に、あれほどまでに激しく暴れ狂っている今、身体を維持するためにどれだけの糧を必要とするのだろう。

 加えて、現状を改めて整理すれば、この島には、ぼくたち斎月くおん御一行様とローズウィッチ以外に、少なくとも二人の部外者がいる。

 まず一方の〈カンスケさん〉。これはどうやら明確に敵である。とりあえず姿を消したが、倒せたわけじゃないし、いつまた仕掛けてくるかわからない。

 ……鷲と獅子の鎧武者の方は、ぼくたちは助けてくれた。……少なくとも、そのように見えた。が、どこかにいってしまった。彼が何者であるかもわからないし、もう一度助けてくれるかと言うと全くの未知数だし、彼の助けを期待するのは現実的ではないだろう。

 そして、今こうして、防壁の中にこもっているぼくたちは、とりあえず身を守ることができるし、蔦の十や二十なら、ここにいるくおんさんとツカサさんなら造作もなく排除できる。

 だけど、……外側は、そうはいかない。

 時間の問題で、この島にウィッチを留めている防壁は、破られる。

 そうなれば、空を飛ぶ人食いの薔薇あいつは海を越えて――。

 その先で、どんなことが起こるか、考えるだけで背筋が凍る。

「びゃくや、あとどのくらい、この島にウィッチを閉じ込めておける?」

「私だケならまア数時間、甲坂氏ならバ数日といッタとこロカ」

 珍しく、びゃくやが心もとない答えを返した。

 つまりは、もう今、これから仕掛けるしか道はない。ということらしい。

 しかし、それにしたっていくつかの問題がある。

「ツクヨミさま」

 と、ツカサさんが、くおんさんに声をかける。

「アレは、一撃で、一瞬で、欠片も残さず全体を消し飛ばす必要があります」

 まず一つ、あれほど強力な個体のウィッチともなれば、触手一本、種一つ逃しただけでも、禍根がどれほどのものか想像もつかない。

「判っています」

「俺か貴女、どちらかで勝負をかけるしかありません」

 もう一つ、少なくとも片方は、例のカンスケさんの襲撃に備え、後詰に入らなければならない。

「俺はできます、貴方は、如何に」

「「切り札」ならば、あります。一つ、確実に一秒もかけずあのウィッチを討てる魔法があります」

 迷いのない口調で、くおんさんが答える。

「でも、わたしたちは姿を知られている、あのウィッチは慎重です。わたしがいる以上自分からは本体を見せないでしょう」

 そしてもう一つ。これほど荒れ狂いながら、未だ本体を見せず茨での攻撃に徹しているあのウィッチに姿を現させることの、困難さ。

「……こノマまデハきリがなイのは確カダ、くおん。時間もあマリナいぞ」

「……今考える、今考えるから」

 くおんさんが、眉をひそめ、考え込むように目を伏せる。

 ――そして最後の一つ、これだけ島全体と重なる様に蔦と根を這わせているウィッチを、できる限り島に傷をつけず倒すことができるかどうか。

「ツカサさん、マモルくん」

 ――順に、呼びかける。

「それから、びゃくや。くおんさんと二人だけで話がしたい、この場を外してもらえますか――聞き耳立てるのも、なしで」

「私も、外さないトいかンか?」

「……ああ、頼むよ」

 ツカサさんとマモルくんが頷きあい、びゃくやが羽を広げて、部屋から出ていって、――ぼくとくおんさんが残される。

 足音と羽音が遠ざかり、ひとまず大丈夫そうだなと判断してから、くおんさんに声をかける。

「あいつらには、僕はすごいごちそうか、もしくは親の仇か何かに見える……ってことでしたよね」

 訝しげに、それでもひとつ頷くくおんさん。

 思いつくことはただ一つ。

 本来、ウィッチにとって最優先の攻撃目標。それが、ぼくだ。

「……くおんさん。僕が囮になってみ、」


「そんな事はさせられません」

 ましょう。その言葉は言い切る前に、遮られる。

 判ってはいた、彼女の性格上、簡単に確かにそれは名案だと言ってはもらえないだろうとも、思っていた。

「けど、くおんさんの手助けができるなら、ぼくはそれで……」

「……自分が何を仰っているのか、判っていますか」

 静かな、諭すような口調だった。

「わたしの見ている前で、あなたにそんな危険なことをさせはしません」

 子供に言い聞かせるようにそう続けるくおんさんに、それでも言われっぱなしでいることはできなくて、言い返す。

「……じゃあ、こういい直しましょうか? ぼくの命は、くおんさんの庇護の下に成り立っています。あなたがかばってくれてるから、僕はまだどうにか生きている。……そうですよね?」

「……それは」

「情けないけど、ぼくはこれからもあなたに頼らなきゃならないし……あなたに生き残ってもらわなくちゃならない。そう言う理由だったら、どうですか?」

「確かに……そうですが……そのためにあなたを危険に晒すのでは本末転倒ではありませんか」

「……ぼくを助けるためだと思って、ぼくに、手助けをさせてくれることは、できませんか?」

「昴一郎さん……わたしにも、譲れないというところはあるのです……。わたしが死に物狂いで守っているあなたの命を、あなたはまるで取るに足らない綿埃であるかのように扱う。それが私にとってどれだけのことか、わかってはもらえないんですか?」

 ココから先は、ほとんど意地の張り合いである。

「……だからこそ、僕が生きるためには、あなたが必要だ。……僕が僕のために、勝手にあなたの手助けをするだけだ。いつだったかの冗談じゃないけど、……「あなたに何かあれば、ぼくは生きていけない」」

 結構強い口調で、そう言った。

 それは一応、偽りのない、厳然たる事実のはずである。

 だけど、くおんさんは一度視線を下に落とし、そのまま黙り込んだ。

 まだ納得してもらえないというのなら、……もう一つ、言ってみようか。

「それに、くおんさんは、できればこの島も護りたいって、そう言いましたよね?」

「……言いました」

「今もまだ、それは変わりませんね?」

「……変わりません」

「ぼくはまた、どっかの誰かのために、突発的に流れでふらふらとさっきみたいなことしちゃうかもしれませんけど、その上で、こう言います。 ――ぼくにとってあなたは絶対だ。自分で制御可能な限りっていう条件下において、あなたがするなと言うならしないし、あなたがしろと言うならそれをします。 ――こういう風にしたいと思うのは、あなただけです」

 何だか、自分でも言ってることが無茶苦茶な気がしてきたけれど。

 ぼくが仕方ないと思う事でも、仕方ないと思わない。

 ……そんなあなただから、あなたの為に、ぼくを役立ててほしい。

 くおんさんは、それを聞くと、しばらく口を噤んでから、

「「切り札」を使います。わたしを、勝たせてください」

 と、振り絞る様に、口にした。

「……はい!」

「……絶対に無事でいてください。この島を壊してしまわないようできる限り威力を抑えますが、それでも使った後にはほとんど動けなくなるので、わたしを館まで連れ帰ってもらわないといけませんから」

 なるほど、それは大役である。

 くおんさんが切り札と呼ぶほどのものであるなら、それは負担と消耗も相応のモノのはず。

「……あ、でもそれだったらツカサさんもマモルくんもいますし。」

 と言ってみれば、

「……あなたは、それ、嫌じゃ、ないんですか」

 と、小さな声で返される。

 ちょっと、その絵面を想像して。

「……あ、嫌ですねぇ、何でだかよくわかりませんけど」

と、そうぼくは答えた。

 ――深呼吸を、一回、二回。

 寒風が吹き荒れ、曇天の空いっぱいに、亀裂のような雷光が躍る。


 あの後、再度全員で顔を合わせてポジションを決定した。

 攻撃担当は、くおんさん。

 後詰は、ツカサさん。

 後衛補助はマモルくん。

 そして前衛補助は、……ぼくだ。


 ぼくが今から何をしようとしているか知っているのは、くおんさんとびゃくやのみである。

 ぼくのすることを、ツカサさんやマモルくんに見られるわけにはいかないという理由と、くおんさんの強い意向で、くおんさんだけがぼくに付き添い、勝負を仕掛けると決定した場所。

 この島でもっとも標高の高い小山の上に、今、ぼくはいる。

 ぼくと手をつなぎ隣に立つ、くおんさんが、ひとつ頷く。

 まだその姿は白いブラウスとプリーツスカートで、まだ戦衣に変わってはいない。

 右手を高く掲げ、手のひらの中の短筒を握りしめて、スイッチを入れる。

 先端のカバーが弾け、内側から赤い閃光が溢れ、スパークした。

 途端、地鳴りの音が響き、大地が揺らぐ。

 幾本もの茨が飛び出して、大蛇がそうするように鎌首をもたげた。


 もう一つ。駄目押し気味に、くおんさんが、館を発つときに結んでくれたネクタイ、隠蔽と守護の魔法の込められたそれを緩め、解いた。

 上着の襟を大きく開いて、胸を露わにして、――呪いの証を、風に晒す。


 ――さあ、出てこいよ。


 どうやらそれが決め手となってくれたらしい。

 震動は一層激しく、立っているのも苦労するほどとなる。

 大地がひび割れ、土砂を振りまき、民家を蹴散らしながら生えてきた大量の茨たちは、幾本も連なり、強固に寄り集まり、それぞれが、先端に一際巨大な顎を形成する。……いや、それぞれが花弁と同じ紅色に爛々と燃える〈眼球〉さえ備えるようになったソレは〈頭〉か。

 そしてそれだけではない。

 目当てが、とうとう顔を出した。

 「本体」に当たる主幹が、山の頂を大きく割って、空を目掛けするすると伸びる。

 その先端、真紅の花弁が、大きく開き、中心からはさながら大型の爬虫類のような容貌の、翠玉色の鱗に覆われた顔が姿を見せた。

 その喉奥深くに、鮮血じみた赤い輝きを放つ発光体がのぞく。

 先端――、赤い花弁を鬣のように首回りに纏い、巨大な顎の中にびっしりと鋭い牙を生やした頭部。

 その周りを取り巻き、甲高い叫びを上げながらのたうつ、九本の副頭。

 無数の葉が折り重なって、巨大な翼となり、その姿を空中に浮かべる。

 大地に空いた大穴からは主幹の下に続く、血管のように広がる膨大な根毛。

 空を舞う、人食いの紅薔薇。植物にして怪異ウィッチ

 その姿は、子供のころ兄さんと読んだ本に登場する人外の存在を思わせた。

 北欧に伝わる、植物の精霊。

 美しい花を咲かせ、人の姿になって若者と恋に落ち、その想いが裏切られた時、恐ろしい怪物の姿になって、何もかもを破壊し尽くす。

 確か、名前は――


 ローズ・ウィッチが、ぎょろりと巨大な赤い眼球を動かし、その視界にぼくを捉えた。

 どれだけ離れていても肌がひり付くほどに伝わってくる、濃厚な必殺の意思。それは、咆哮と共に降り注ぐ、九つの頭と言う形で具現化する。

 うねり、のたうちながらも、それらは一様に、胸と片手に灯火を宿すぼくを目指していた。

「――くおんさんっ!」

 ぬらぬらと樹液に濡れて迫る、植物の顎門。それがぼくを捉えんとした刹那。――鋭い気勢と、眩い光の斬撃が、放たれる。

「〈王の――聖剣〉ァ――!」

 くおんさんの放った両の手刀が、二つの首を刎ね飛ばし、頭を兜割りに断ち切っていた。

 彼女こそ、教皇院最強、守護神ツクヨミの名を受け継ぐもの。

 先ほどまでであれば、何としても直接相対せず、触腕だけでじわじわと戦いたかったであろう攻撃目標。

 だが、決定的に変わった情勢が、眼前に存在する最優先の破壊対象が、薔薇の怪異にそれを許さない。

 その前に障害があるのなら、全戦力を持って粉砕せよ。

 細胞レベルで組み込まれているらしいその絶対指令が、緑の巨体を突き動かす。


「心して参れ、ウィッチ!」

 抜刀。そして怜悧な叫びを放ち、頭上で剣を回転させ正円を描く。

「剣の魔法つかい・斎月くおん!」

 降り注ぐ光のカーテンに包まれ、くおんさんの姿が変わる。

「133代ツクヨミとして――今この場で、あなたを討伐します!」

 全身を包む、純白の戦衣。仄かに零れる燐光。

「今宵のわたしは、手ごわいぞ!」

 くおんさんは、二本を揃えて立てた人差し指と中指を添え、鞘奔らせた剣の柄元から切っ先へと走らせる。

 輝く刀身に、更に光が満ちた。


「共に歩み共に滅べ。――わたしツクヨミの剣」


 ――斬。 

 降り注ぐ無数の茨の中で、くおんさんが、舞う。

 ――斬、斬。

 神速を持って振るわれる切っ先が、空を切り裂いていた。

 ――斬、斬、斬。

 その動作の先には何もない、何もないのだ。

 しかし、である。

 袈裟懸けに、横薙ぎに、そして正中線を一直線に断ち切られる仮想の敵の姿がありありと、そこに幻視える。

 明らかに、彼女は眼前のローズウィッチではなく、そちらを――想像しうる限りの強敵を、真っ向から叩き斬ることを想定して、その為の過程を辿っている。

 実利と効率とに重きを置き、時には作業か刑の執行のようという印象すら抱いてきた、くおんさんの剣技。

 だが、それはまるで舞踏のように流麗。

 これは――型、或いは、演武。

 そういうものだ。

 理論に則った動作、もっともあるべき、理想の体勢に持っていく。

 その果てに、最速にして最良、最適の。

 全身全霊、乾坤一擲、最強の一撃を叩き込む、そのための準備。

 

 もちろん――

 ローズウィッチはただ手をこまねいてそれを見ているわけではない。

 小さな剣士を叩き潰し、その向こうにいる最優先の破壊目標を擦り潰すために攻勢をかけ続けている。

 ぼくがまだ無事にいられるのは、くおんさんが型を繰り返しつつも、徹底的に自分に矛先を集めるように立ち回っているからに過ぎない。


「――更にただしく刃を合わせ」

 赤い唇が、詩を諳んじるように言葉を紡いでゆく。

「霹靂の青火をくだし 四方の夜の鬼神を招き

 赤ひたたれを地に翻し 雹雲と風とを祀れ」

 茨の大顎が、棘の弾丸が、飛沫を撒いて飛び散る樹液が、四方八方から襲い掛かる。

 だが、当たらない。

 くおんさんの動きは、相変わらず演武のように整った太刀振りのみを繰り返し、自分からの攻撃は一切行っていない。

 軽く目を伏し、そもそも意に返さないように、くるり、くるりと円を描いて、ターン、スウェー、ステップを繰り返して、隙間をすり抜けるように回避してゆく。 

 確かにこれまで見てきたくおんさんの戦い方は尽く、最小の動きで爪を牙を掻い潜り、返す刀で、まるで、敵が自分から刃に突っ込んでゆくようにして斬り伏せる、超絶的な技巧によって成り立ってきた。

 だがこれは、それすらも越えている。

 数センチの差ではなく、比喩でなく髪一筋。

 髪一筋で、大顎も、棘の弾丸も、樹液も、どれひとつ、くおんさんに届かない。

「夜風轟き火の木は乱れ 月は射そそぐ銀の矢波 太刀の軋りの消えぬ暇」

 また、全身から零れるように生じていた、白い燐光が、今は消えていた。

 おそらくは高い防御性を持つそれすら、不要と切り捨て必殺の一刀に籠めて。

 その代り、高密度に圧縮して圧縮しきれず溢れだした余剰分が、揺れる黒髪、動作の度にふわりと広がる戦衣の裾や袖の末端に、極低温の霜が降りたように、きらきらと美しい粒子として舞い散って。

「星の並びに散る火の雨の 消えて痕ない天の河原」

 咆哮と共に、上空の、薔薇の大怪異が、その巨体を、一直線に降下させる。

 重力の加速に身を委ね、その巨大な体躯の質量それ自体を凶器として、八つの口から樹液を呪詛のように吐き散らして、地上へと迫る。


 ――そして、くおんさんは。


「討つも果てるも ひとつのいのち――――!」


 伏せていた両眼を、大きく見開いて、告げる。

 それこそは、己ののもとにの力を行使するの、全力攻撃。

 人類最強の魔法つかいの、渾身の力と、専心の意と、全てを込めて。

 逆袈裟に切り上げられたその切っ先は、速度にして、三十万キロメートル。

 一秒間で地球を七周半。

 ――光の速さに至る。


 叩きつける気迫とともに、解き放たれる。   

 その名は、

 その名は――


「―― ソードオブ太刀ジワン


 それが、くおんさんの――魔法つかい斎月くおんの持てる最大威力にして〈切り札〉。

 斬撃それ自体を光の速さで叩き込む、地上最強の一刀であるのだと、僕は後になって聞かされる。


 …光速をもって振るわれた虚空素刀の斬撃は、一条の光の奔流となって、全てを等しく斬り裂き、打ち砕き、消し飛ばしてゆく。

 当たる端から、花弁が、茨蔦が、主茎が、光速で撃ちこまれた白い燐光に焼かれ、微細な粒子のレベルに還ってゆく。


 そして――


 斬撃の余波は、それだけで島の上空を覆っていた雷雲を大きく切り裂いて、その裂け間から、下弦の月が照らしていた。


「……ウィッチの消滅を確認」

 びゃくやの声が、どこかひどく遠い場所から聞こえるように感じていた。


 壮絶。

 その一語に尽きるものだった。

 何もかもが終わった後。――島の南側の一角が、消し飛んでいた。

 樹木をなぎ倒し、丘を吹き飛ばし、大地を割り、大きく抉れた海岸には、滝のように海水が流れ込んでいた。

 真上に向けて、極力被害を抑えるように図って尚、くおんさんの放った全力の一撃は、それほどの威力を発揮していた。


 ……失敗した。


 最初にそう思う。

 破壊の規模が、想像以上過ぎた。

 校庭のグラウンドに大穴があいたのは、少なくともくおんさんは指先一つで修繕できた。

 だけどこれは、それとは桁が異なる。

 元に戻せるようには、到底思えなかった。


 そして、……なるほど、あの聖剣は、この奥義を放つために必要だったのか。と、今更に胸中で納得した。

 鋼鉄製の剣では、あの剣技の発動それ自体に耐えられまい。

 「ソード・オブ・ジ・ワン」

 ……一ノ太刀ひとつのたち

 ものの本で、その名前を目にしたことはある。

 伝説的な剣の達人の、その生涯をかけた秘伝、奥義と呼べる境地から放つ一刀の名であると。

 それはそれで、さぞ凄まじいものだったに違いない。

 だが、思う。その剣聖だって、自分の死後数百年もたって、11歳の女の子によって放たれるとは思っていなかっただろう

 そして、それがこんな、こんな、物理法則の限界に挑むような代物だったとは、想像もするまい。


「くおんさん。――くおんさんっ!」

 声を張り上げて名前を呼び、姿を探す。

「くおんさん! やりましたね! やっぱりくおんさんはすごいです!」


 彼女はそこに、ひとり立っていた。


「……昴一郎……さん…? 無事…ですか…?」

 かすれた声で、……こんな時だと言うのに、彼女はまず、それを問いかけた。

「怪我は、ありませんか? 血を流しては、いませんか?」

「……ああ、大丈夫です。…っと!」

 小さなその体が、崩れるようにその場に倒れ込んだ。

 すんでのところで、抱きとめる。

 ……呼吸が、荒い。

 肩を大きく上下させ、精根尽き果てたという様子である。

「……はや、く、前を、閉めて。甲坂さんに見つかるし、それに、体を冷やしてしまいます」

 そう言われて、今更ながらに、自分が上着の前を全開にした状態で、女の子を抱きかかえていたと言う事に気づいた。

 あわてて前を閉め、襟を整えてネクタイを締め直す。

「……良かったです、勝ったんですよ、くおんさん」

 それから、改めてそう声をかける。

 ……だけど、くおんさんは。

「……良かったことなど、何もありません。 こんなものが…こんなものが勝ちと呼べるものですか」

 掌で顔を覆い、ぼくに表情を見せず、くおんさんはか細く震えた声で続ける。

「……勝ちました、確かに、ウィッチを倒しました」

「くおん……さん……?」

「あなたをあんな危険に曝して、この島をめちゃめちゃにして、勝ちました」

 苦痛にうめく様に、くおんさんは、言う。

「――勝つことしか、できませんでした」

 返す言葉が見つからなくて、ただ、次の言葉を待った。

「わたしは、こんな、ただ力で薙ぎ払うような、不格好な戦いしかできませんでした、――大層な肩書きを背負っていても、わたしは、こんなに弱い……わたしは」

 もはやそれを維持することもできなくなったのか、純白の狩衣が弾けて消え、着衣が平時の白いブラウスと黒のスカートに戻った。

「わたしは、あなたのおかあさんになれない」

 ぽつりと、付け加えて、くおんさんは、手のひらに顔を埋める。

 何と言うか、居たたまれなくて。

「……えっと、その、ごめんなさい」

 なんてことを、言っていた。

「……昴一郎さんは…あなたはどうしてそんなに簡単に謝るのですか? わたしに謝るようなことをしたんですか、そう思うならそんなものではとても足りないし、やるべきことをしたと思うなら堂々としていて下さい」

 ……そうだね、くおんさん。

 でも、正しいからって胸を張れることばかりじゃないし、……申し訳なくても、しておいた方がいいこともあるから。……だから。

「許しては、もらえませんか?」

「……許せません、これまでも我慢に我慢を重ねてきましたが、今回ばかりは許せません――貴方にこんなことをさせたわたしを、許せません」

 ……まあ、この人の性格から言って、そっちなんだよな、 


「……あの、今回は、こうなっちゃったけど」

 口ごもりながら、少しの間考えて、それから口にした。

「次は、もうちょっとうまくやりましょう」

「次……ですか?」

「この島には申し訳ないことしちゃったし、それはもうどうにもならないけど、次は、無理しないで勝てるように、……周りも傷つけないように、もっとうまくやりましょう。さっきの技だって、今日のくおんさんより明日のくおんさんの方が強ければ、もっとうまく使えます。 多分、それはそれで大変だろうし、苦しい思いもするだろうけど」

 思いつく端から、慰めになるかわからないようなことを、順番に言ってみる。

「その時は、ぼくも、一緒に苦しみますから」

 欺瞞かもしれないけど、今は、そうとでも思うしかないじゃないか。

 まあぼく、今回も特別役に立ったとは言い難いし、くおんさんやツカサさんだったら、同じ状況でも、どうにでも出来て、結果はそれほど変わらなかったんだろうけど……。


「掴まってください。…ほら、確か、ほとんど動けないんですよね?」

「大丈夫、ですか? わたし、重くないですか?」

 そういってひるむくおんさんに、おかしなところに触れてしまわないよう手を添えて。

「背負いましょうか?…それとも、こうやって抱えましょうか?」

 と尋ねれば、

「腕を、こう」

「こう…ですか?」

「そう。……ん、これが、いいです」

「……何だか却って接触率が上がった気がするのですが」

 左手で支えている、くおんさんの、タイツ越しのふくらはぎが、とても柔らかかったのが印象的だった。

「……余計なことは、言わなくて結構です」


 「誰にでも、本人にしかわからない、知りようのない悩みや苦しみがある」

 ――いつだったか聞いた話だ。

 何がこの子を、ここまで一生懸命に、必死にさせるのだろうか。

 どんな思いが、どんな出来事があったのだろうか。

 ぼくが、それを判るようになる日が来ることは、あるのだろうか。

「わたしは、強くなれますか」

 と尋ねてくるくおんさんに

「きっと、幾らでも」

 と、答える。

「あなたのお母さんにも、なれますか?」

「……いや、それはわかんないですけども」

 まだ諦めてくれてなかったのか、それ。

「……ああ、いや、違うんです。こんな、こんなことが言いたいわけじゃない」

 ぼくの首に回していた腕の片方を外し、口元を覆うようにして、襟元に顔を埋めて、

「……あなたが、無事で良かった」

「…くおん、さん?」

「……心配……しました。心配……しました。……本当に、とても、心配しました」

 最後の方は、掠れて消えてしまいそうな小さな声で、

「もう、もうどこにも、どこにも行かないで」

 瞼を閉じながら、彼女が口にするのは、そんな言葉で。

「――はい」

 と、答える。

「ぼくは、ここにいます」 

 あなたがそれを望んでくれる限りずっと、あなたの傍にいます。

 あなたが、もういい、もうおまえはいらないと、そう告げるまで。


「昴一郎。大丈夫か」

 ばさりと羽ばたきの音がして、振り向けばびゃくやが舞い降りてくる。

 ああ、もう障壁も必要がなくなったか。

「どうにかね」

「あア、くおんをみテくレていたノか、すマナいな」

「――くおんさんは、ぼくの大切なご主人様だからね」

「君なァ、ソういウこトハ、起きてる時に言ってやレヨ」

「……それにほら、ぼくのお母さんでもあるしさ」

「都合のいい時だけそレを出すんじゃなイヨ」

 言いながら、びゃくやは定位置。……ぼくの頭に降りる。

「まあ例えでさ、それくらい信頼も尊敬もしてますよって」

「はイハい、そういうことにしておいてあげルよ」

 そういういつものやり取りをしていると、

「ツクヨミさま!」

 と言う呼び声とともに、ついで、ツカサさんが姿を見せる。

「昴一郎さんも、ご無事だったようで、何よりです」

「ツカサさん」

「……いや、恐ろしい威力です」

 辺りを改めて見回しながら、ツカサさんは嘆息する。

「――〈光速〉およそ秒速30万キロメートル。防ぐ方法も回避する方法も存在しないでしょう。……まさか、こんな恐ろしいものを隠し持っているとは思いませんでした」

「カンスケさんは?」

「……いえ、仕掛けては来ませんでした。」

 ウィッチは、確かに倒した。

 できれば、このタイミングで仕掛けてきてくれることを、あわよくばウィッチと諸共にと期待もした。

 だけど、そうはならなかった。

 まだこの島に、敵意を持って潜伏しているかもしれないし、いないかもしれない。だから――

 脇に横倒しになっていたトランクに手を伸ばし、引っ下げて、

「こいつの使い方を、教えてください」

 と、言った。

 まだ、することが残ってる。 

 ぼく達は、――この島を、焼かなければならない。

「それは……」

「必要なさそうであれば、こいつは使わなくてもいいものかもしれません――今は、それに当てはまりますか?」

 ツカサさんは、無言のまま、首を横に振る。

「なら……誰かが、やらなきゃ、ならないでしょう」

 そしてそれは、くおんさんではないはずだ。

 くおんさんに、故郷だった学舎を護ってもらったぼくが……他人さまの故郷を、くおんさんが護ろうとした場所を、燃やすのか。

 ……ああ、いよいよ、本当に、邪悪そのものっぽいな。

 だけど、

「……あまり、俺を見くびってくださいますな」

 ツカサさんはそう言って。

「すみませんが、こいつは魔法つかいにしか起爆できません」

 ぼくの手から、トランクをもぎ取る様に取り上げた。

「起動するのは、俺がやります。俺がやる分には、俺がツクヨミさまにゲスめと軽蔑されるだけで済むでしょう」


 操舵室には、件の紙人形のお姉さん。

 くおんさんは船室で横になってもらっている。

 快速艇の船室の窓から、遠ざかってゆく島をぼんやりと眺めていた。

「昴一郎さん」

「……うん?」

 声をかけられ、名前を呼ばれるけれど、そんな生返事でしか返せない。

 まるで、全身を紅蓮の炎によろわれた巨人が、暴れ狂っているようだ。と思った。 

 ツカサさんの手によって最大威力で解放された「戦部式・焦熱発生装置」から放たれた超高熱が、島全体を焼いていた。

 燃えていく、焼け溶け、砕けていく、樹木も、民家も、ぼく達の拠点にしていた役場も。何もかも。

 ……戦部卿というのは、どうやら掛け値なしに天才らしい。

 兵器を開発し、運用し、破壊をなすことの天才。

 そんなことを思いながら、紅蓮の炎が島を燃やすところに、改めて視線を向ける。

「……マモルくん?」

「あまり……あの、アレを、肉眼で見ない方がいいです」

 気づけば隣に座っていた霧使いの男の子が、掌をぼくの顔の前にかざして、視線を遮っていた。

「……アレ、あんまり体にいいものでは、ないので」

「即座に失明するとかじゃ、ないんだろ?」

「……そうだけど……」

「……だったらほら、せめてぼくは、見ておかないとさ」

 とやり取りしていれば、ツカサさんが甲板から戻ってきて、

「――点火したのは俺、あの島を滅茶苦茶にしたのは、災害と戦とウィッチです。……貴方が気に病むことは、ありませんよ」

 と、言った。

 やっぱり、かっこいいじゃないか、甲坂ツカサ。

 だから、どうかそんな、獅子が獅子を見るような目でぼくを見るんじゃない。

 かっこいいのも、強いのも。くおんさんとかあなたとかであって、ぼくじゃない。

「……そもそも、俺たちは、教皇院は、もっと断固とした行動を取るべきなんです」

 嘆かわしい、腹立たしい、そういう口調だった。

「そうしていれば、50年前だって……それこそ30年前だって、あんな愚かで無残なことにはならなかったでしょう」

「……そうかな」

「……そうだね、とは、言って頂けませんか」

 二回にわたって人間同士、しかも二回目に至っては同じ国の人間の争いで滅茶苦茶にされ、災害に襲われ、ウィッチに踏みにじられ、魔法つかいに燃やされる。

 あの島の、あの島の住人の存在って、何だったんだろう。

 それを思うと、ちょっとふて腐れたくもなってくる。


「……おイ」 

 びゃくやが、側頭部をくちばしでつんと突いて、ぼくを呼んでいた。

「目を覚ましたヨうだ」

「くおんさんが?」

「いヤ、君が拾ってきタ女の子の方サ」

 とりあえず、寝かせていた彼女の方に3人で行ってみる。


「ひっ……!」

 案の定、最初に怯えきった声で迎えられる。


「君は……何で、あんなところにいた?」

「ひぃぃっ……!」

「……黙っていたんじゃ判らないだろう」

 詰問するツカサさんを

「ツカサくん、そんな言い方したら怖がらせちゃうよ!」

 と、マモルくんが窘める。

「……なに……? 俺は、怖かったのか」

 それに対してツカサさんは、

「昴一郎さんも、そう思いますか?」

 とぼくに問いかけ、答えも聞かずに肩を落とす。

 地味に結構落ち込んでいるらしい。

 いやまあ、確かに、マモルくん辺りは少女に見えないこともなさそうだけど、気づけば肌も露わなかっこで船倉に寝かされていて、男ばかりがぞろぞろと詰め寄ってこられりゃそれだけで怖いだろう。

 くおんさんはまだ意識が戻らないし、どうも操舵室の紙人形さんは言葉が話せないらしい。

「……ということで昴一郎さん、お願いします。女の子担当ってことで」

 マモルくんに改めて耳打ちされる。

「きみは?」

「……ぼくは……女の子こわいし」

 ……そうなのか、マモルくん……。


 という訳で、消去法で御剣昴一郎が、臨時の折衝役を引き受ける。

「……ええと、ごめんね、驚いたかもしれないけど、ぼくたちは、とりあえず、君の敵じゃない。……細かいこといろいろは、落ち着いてからでいいから」

 極力優しそうに聞こえるように声を作り、問いかけてみる。

「名前は? 自分の名前、言える?」

「名前……わたしの、名前……?」

 おどおどと、瞳には怯えと猜疑の浮かんだ中で、ぼくの顔に視線を向け、眺めて。

「わたし……たまこ」

 それさえも心細げに、彼女は、そう己の名前を口にした。




「ソードオブジワン(sword of the One)」


次回

第六夜「北極星(Polaris)」


「ウィッチも、火神帝國も、わたしの敵や」

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