第14話 種市の挑発

 今日の1限は数学だった。教室には種市がすでに入っていた。


 「玲央くんおはよう!模擬試験どうだった?」

 「いやぁ、あまりよくなかったよ。油断してた。」

 「またまた。そう言いつつ玲央くんなら800点はいったでしょ。」

 「いや、779点だった。」

 「え?本当に言ってる?」

 「本当だ。全然ダメだった。」

 「……何かあったの?」

 「全く勉強手につかなかったからな。」

 「玲央くんにもそういうことあるんだね。」

 「ああ。でも悔しさを覚えたよ、だって…」


 種市にせりかとの勝負のことを話した。


 「なるほどね。……じゃあもう少し玲央くんに悔しさをプレゼントしよっかな。」

 「なんだよ。」

 「わたし、自己採点853点です!」

 「……マジ?」

 「成績票返って来る頃にはみんな掲示でわかるだろうね。……玲央くんが口だけの東大志望で、本当のうちのトップは私だって!」

 「くっ……」

 「東大受ける人にとってウチらが必死になって受けてる模試の結果なんてどうでもいいことくらいわかってるよ。でも私やせりかや智久ならまだしも、普通の浪人生には分からないもんね?」

 「いつになくよくしゃべるな。」

 「そりゃあしゃべりたくもなるよ。ライバルだと思ってた玲央くんがそんな無様な点数取るなんて、笑っちゃうよ。当然じゃない。」

 「好き放題言いやがって。」

 「……どう?悔しい?悔しいでしょ?何か言ってごらん。」


 一か月もしないうちに、自分が種市に惨敗した事実が白日の下にさらされる。……周りがどう思おうと自分には関係ないはずだ。だが、だが……


 「……ごめんね。演技にしてもやりすぎたかな。」


 ふっと糸が切れたかのように種市のまとう空気が変わる。


 「せりかから聞いてて知ってたよ。今回玲央くんの模試、ダメダメだったって。まぁ、せりかは自分より点数高かったから控えめに話してたけど。」

 「そうだったのか。」

 「……で、今の演技もせりかから頼まれてた。『思いっ切り傷口に塩塗ってあげて』って。仮にも医者目指してるのになんてこと言うんだって感じだよね。」

 「それをばらす種市も大概だけどな。」

 「それもそうだね。……ねぇ、東大志望って、大変じゃない?」

 「大変?何が?」

 「なんか、東大に行きたいって言うだけで、周りの大人から変に期待されたり、クラスの人から距離置かれたり、逆に持ち上げられたりしてるじゃん。……ただ大学に行きたいって言ってるだけの特別でも何でもない一個人なのにね。」

 「東大目指してないのに勝手なことを。」

 「まぁ、私みたいに岩大がんだいの獣医とかいうよく分からないけど難しいところ目指してる人間にはわからないけどね。私は変に期待とかもされずお気楽だから。」

 「でも、成績良いと周りから持ち上げられるだろ。」

 「そりゃあね。でも、それは単純に受験勉強っていう競技における賞賛だから。…『やっぱ獣医目指してると違うなあ』みたいなのないし。玲央くんほめられるときっていっつも二言目には『さすが東大志望』でしょ?」

 「まぁ、それもそうだな。」

 「……せりかの前では言えないけれど、私正直獣医になるかならないかなんてどうでもいいんだよね。まぁ他にやりたいと思える仕事もないし、動物好きだから獣医になるのいいなあとは思うけど。それより、せっかく浪人してるんだし、この目の前の受験勉強どこまで極められるか、自分自身に興味あるんだ。」

 「自分自身に興味ある、か……」


 そんなこと、考えたこともなかった。


 「玲央くんは、東大目指してて苦しくないの。」

 「まあそりゃあ、勝手に変な期待されるのも持ち上げられたりするのも面倒だなとは思うけど。」

 「絶対そうだよね!」

 「……でも面白くないか。『東大目指してる』って誰でもいえるセリフで、ここまで周りの人間の反応変わるんだから。なんだか物語の主人公になった気分だ。」


 ……今のが、本音なのかもしれない。『東大目指してる』と口にするだけで、東大を目指す理由は達成されているのだ。周りから一目置かれたい、みたいな何かは。だから、それ以上勉強して実際に東大に行く、という気にそれほどなれないのかもしれない。……だが、今は違う。今は純粋に、この勉強で負けて悔しい、リーダーらしいところ見せられなくて悔しいという思いを晴らしたい。種市と同じく、純粋な受験勉強のアスリートとして、勉強に臨んでいるのだ。そう思っていると、種市が口を開いた。


 「私も君が受ける東大実戦、受けようかな。」

 「お前、一応理系だろ。社会どうするんだよ。」

 「地理ならセンターで使うし、あと日本史も受験では使わないけど、学校ではやってたから。…理系で受けてもいいけど、それだと面白くないでしょ。玲央くんと同じ問題で勝負する。」

 「なめられたもんだな。」

 「その発言が私を甘く見てるよ。純粋に受験勉強に向かってる私が、そんなヒーロー気取りの玲央くんに負けるわけないもん。……この程度のハンデで。」

 「余裕だな。」

 「正直獣医受かるって目標だけならこれ以上勉強する必要もなさそうだし。それより玲央くんの本気とぶつかってみたい。」

 「勝手にしろよ。」

 

 種市がニヤリとしながら言う。


 「大変だよね。東大志望って。こんな面倒な絡み方されて。」

 

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