ワナビ大学生と人見知り女子高生の勉強会

にょーん

第0話 とあるカップルの一幕

『学生時代は特別仲がいいわけではなかった部活の後輩とカフェでたまたま出会い、そんな偶然に戸惑いつつも二人は二人っきりの勉強会を通じて距離を縮める。その速度はとてもゆっくりではあったけれど、確実に小さくなっていくのは間違いなくて。ときどき物理的に距離が開くこともあるんだけど、それは未来への布石。そんな苦しい時間が終わる頃、二人の距離は、あいだの空間がごっそりと消え失せたかのように近くなっている。それはやがてゼロに達し――物理的にもゼロになる。


これはそんな二人の人見知りが繰り広げるいじらしくも愛おしい物語。


どうか最後までお付き合いいただければ幸い』


                   ☆


 黒歴史。


 それは誰にも知られたくない人生の汚点であり、出来ることなら自分の記憶からも消し去りたい最重要機密事項である。


 例えば、その代表的なものに『ラブレター』というものがある。


 後から思い返せば若気の至り100%で構成されたそれは、キュアッキュアでこっぱずかしい愛の言葉で満たされている。そんなものはもちろん、思い出すわけにはいかないから、大切な思い出として机の引き出しの奥に保管せずに、よみがえるピュアピュアな文章に身悶えしながらもビリッビリに破いて火にくべるべきものである。ただそこまでしたとしても、たびたび脳裏を『キミは僕の太陽だ』なんていう一節が脳裏をよぎり己を苛むのだから質が悪い。まさに無限の苦しみを与える殺人兵器と言えよう。国連はラブレター禁止条約を採択すべきだ。


 これだけでもラブレターというのは最低最悪の凶悪な兵器なのだが、さらなる殺傷能力を持つ場合がある。


 その恋が成就し、後年、相手に読み返される時である。


 ――おれは今ちょうど、その被害に遭っていた。


「・・・・・・!」

「っ!」


 食い入るようにタブレット端末を両手で持ち視線をものすごい速さで走らせる鈴はその顔をみるみる赤く染めていき、絨毯の上で足をばたつかせる。おれはそんな彼女の反応に恥ずかしくて死にたくなって、でもそのあまりのかわいさに抱き締めたくなったりしながらもそれら全てを心の奥底に押し込んでひたすらに耐える。


「え、えと・・・・・・」

「・・・・・・なに?」


 そうこうしているうちに読み終えたらしい鈴がタブレット端末を胸元にぎゅっと抱えおれに上目遣いを向けてくる。

 おれはそっぽを向きながらそれに素っ気なく答える。頬はめちゃくちゃ熱いが。


「これは、その・・・・・・」

「・・・・・・」


 グロスの塗られたくちびるをもごもごさせる鈴がおれにちらりと視線を向ける。


「えと・・・・・・」


 しかし答える素振りを見せないおれに頬をぽっと染めると、ちいさくくちびるを動かして恥じらうように床へ視線を移動させる。

 おれは息をつく。


「・・・・・・そうだよ。おれが鈴と再会してすぐに思いついた短編のコンセプトだよ」


 そして明後日の方向を向いてぶすっと言う。

 鈴がぼんっ、と赤く染まった。


「そ、そう・・・・・・ですか・・・・・・」


 そしてタブレット端末を抱く両腕にぎゅーっと力を入れる。


「その、つまり、それは、水弦くんは、わ、わたしのことを・・・・・・」

「・・・・・・」

「その・・・・・・は、はじめから、す・・・・・・すきだったと・・・・・・ゅ、ゆうことです、か?」

「・・・・・・いや、どうだったかな」


 正直に答えるにはあまりにも恥ずかしい質問におれははぐらかす。

 すると鈴がおれをちらっと見上げる。


「わ、わたしはずっとさいしょから、えと、その・・・・・・すき、でした」


 潤んだ瞳に上気した頬、そして艶やかに震えたくちびる。

 ずっきゅーん。


「・・・・・・おれもだよ」

「「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」」


 あまりの恥ずかしさにおれと鈴は二人揃って顔を真っ赤にする。


「えと、それと・・・・・・」

「・・・・・・なに」

「この『二人の距離が物理的にゼロになる』・・・・・・というのは・・・・・・?」

「・・・・・・」


 おれはそっぽを向く。

 けれど鈴がちらちらと物欲しそうな視線をおれに向けてくるのが分かるものだからそういうわけにもいかない。というかおれがそろそろ我慢できない。

 おれは鈴に顔を近付ける。


「・・・・・・キスだよ」

「んっ」


 おれは軽く口づけをして顔を離す。

 そうして視界に収まった鈴の顔は、ありえないぐらいに綺麗で、なんというか、その、とてもエロかった。


「・・・・・・」

「ん・・・・・・」


 初夏の日光が差し込む密室に衣擦れの音と湿った息づかいが響く。それはやがておれの官能をどこまでも猛らせる水音へ。

 おれと鈴は真っ昼間から身体を絡ませた。


 午後から講義? んなもん知るかボケ。講義なんていつでも受けられるだろうが。

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