第23話 花びらが舞う庭

 自分の部屋に入った僕は、ベッドに倒れ込んでしまった。

 なんだか色々、限界だ。

 身体の疲れと、精神的な疲れと、なんだかごちゃ混ぜになっている。

「何をやってるんだろうな、僕は」

 

 千代さんと、由希子さんを間違えて、千代さんに対してずっと思っていたことを言ってしまった。由希子さんは、自分の嘘に友達を巻き込んだ訳じゃない。

 千代さんのように……いや、比べても意味が無い。由希子さんは、千代さんじゃ無いのだから。


 次の日、随分日が高くなって僕は目が覚めた。

 思わずガバッと起き上がる。弁当も何も作ってない。

 そう思って、今日から三日間、由希子さんが謹慎処分になっていることに気付いた。

 

 昨日、倒れるようにそのまま寝てしまった僕の恰好はボロボロだ。

 スーツは皺になっているし、シャツもぐちゃぐちゃ、汗まみれで臭くなっている。

 身体はまだふらつくけど、そのまま、着替えを持ってシャワーを浴びるために下に降りた。


 下に降りて見ると、由希子さんが、リビングのテーブルに突っ伏したままで寝ている。

 あのまま、ここで寝てしまったのだろうか、まだ制服を着てた。

 どうしようかと思ったけど、取りあえず僕はシャワー室に向かう。

 臭くて汚い身体で、由希子さんを起こすのもなんだから……と言い訳をして。

 


 結局、シャワーを浴びて着替えてから由希子さんを起こした。

「こんなところで寝てしまったら、ダメだろう?

 さ、シャワー浴びて来なさい。少し遅くなったけど、朝ご飯にしよう」

 僕は、由希子さんが返事をして着替えを取りに行ったのを確認して朝食の準備を始めた。

 

 程なくして、部屋着に着替えた由希子さんがテーブルに着く。

 僕が用意した朝食を無言で食べているけど、どこかボーッとしている感じがした。

「由希子さん、眠いのなら自分の部屋に行って寝たら良いよ。

 どうせ、三日間は学校に行かなくていいから、のんびりとしてこれからの事を考えなさい」

「これから?」

「うん。大学進学をどこにするのか……とか。留学も視野に入っているのなら、早いほうが良い」

 由希子さんは、なんだか無防備に僕の方を見ていた。


「由希子さん?」

 我に返ったように、由希子さんが反応する。

 そのまま何気なくと言う感じで庭に目をやったようだ。

「花びらが」

 由希子さんの言葉で僕も庭を見る。

 丁度、ザーっと強い風が吹いたようで、花びらが少し舞っている。

「庭のお花って散らないのかと思ってた」

 そんなはず無いのにねって感じで、由希子さんが言う。

 僕は、血の気が引くのが分かった。


『真冬でもこの庭に花が咲き乱れていたら、あなたは出てくるだろうと……』

 拓也くんの言葉が蘇る。

 ずっと、このままいられるとは思っていなかった。役目が済めば、この茶番は終る。

 僕と千代さん……僕と千代さんに連なる子ども達の願いで、ここに存在している。

 多分、僕と千代さんが愛した花々の力で……。


「由希子さん。進路はちゃんと考えなさい。せっかく三日も時間を貰ったんだから。

 だけど、その選択肢に僕や愛理さんを入れてはいけない。人の事を好きだと言う前に、自立した方が良い。依存すると好きな人の迷惑になるよ」

 僕は静かにそう言った。

 由希子さんの目が見開く。驚いたのだろう、今まで由希子さん相手に、こんなに突き放した言い方をしたことは無い。

「はい」

 それでも、由希子さんは受け入れ二階に上がっていく。

 謹慎期間中、食事やお風呂等生活に必要なことをするとき以外、由希子さんは部屋から出てこなかった。 

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