第6話「大学生活の始まり」



「友美、スーツ似合ってんな」

「アンタも似合ってるわよ。七五三みたいで」

「どうもありがとう」


 スーツに身を包んだ直人と友美は、長い廊下を進む。明智大学 文学部 国際文化学科 5組。それが直人と友美のクラスだった。大学になってもクラスがあることに、二人は驚いた。

 今日から4年間の大学生活が始まる。期待と不安を胸に、二人はオリエンテーションを行う教室へと足を運ぶ。




「やぁやぁ、お二人さん」


 突然背後から陽気な声が聞こえた。二人は振り向くと、紫髪をサイドテールでまとめたメガネの女が立っていた。初対面にも関わらず、こんなためらいもなく話しかけてくる者は珍しい。友美は小学生の頃の直人を思い出す。


「よう花音、さっきのスピーチ決まってたぜ」


 直人の言葉を聞いて友美は思い出した。彼女は先程の入学式で、新入生代表としてスピーチを行っていた人だ。ステージの上での立派な立ち振舞いとは裏腹に、やけにおおらかな印象を感じる。


「当たり前よ♪ 生徒会長を務める者として……」

「お前はもう生徒会長じゃねぇだろ」

「あ、そうだった……テヘッ♪」


 直人は彼女に知り合いのような口振りで話しかける。彼に関しては初対面というわけではなさそうだ。無駄に仲が良いように思える。友美は交互に二人を見る。


「あ、友美、コイツは俺と同じ高校出身の村井花音むらい かのんだ」

「村井花音です。よろしくね、友美♪」

「よろしく……」


 花音と友美は握手する。友美は苦笑いをする。花音が無駄に馴れ馴れしくて引き気味だ。まさか最初から呼び捨てとは。


「友美のことはよく知ってるわ。色々調べさせてもらったから」

「調べさせてもらった? ……まさか!?」


 友美は察した。花音こそが、直人の言っていた情報収集の得意な友人だった。直人は彼女に頼み、友美の進学先を突き止めたのだ。


「アナタも直人と同じ大学に来ちゃってよかったの?」

「うん、偶然私もこの大学を目指してたし。丁度よかったわ」


 先程から胸を張って言う花音。赤の他人の進学先を突き止めるなど、一体どういう調べ方をしたのだろうか。まさか日頃から監視されていたのか。友美の背筋が震え上がった。他人のプライベートに必要以上に侵入しないでほしい。




「花音」


 今度は花音が声をかけられた。彼女は声が聞こえた方へ顔を向けると、メガネをかけた茶髪の男が立っていた。


「あ! 祐知先輩!」

「先輩呼びはいいよ。一応歳は一つ上だけど、同じ学年なんだから」


 茶髪の男は、花音と面識があるようだった。友美にはとても大人びた雰囲気で、優しげのある顔立ちに見えた。


「あ、二人に紹介するね。この方は宇宙一の天才、桜井祐知さくらい ゆうち先輩よ」

「だから先輩って呼ばなくてもいいってばぁ」

「遠山直人だ。よろしく」

「中川友美。よろしく」


 頑なに先輩呼びを拒む祐知。彼もスーツを着ていることから、大学の新入生と思われる。しかし、花音は彼を先輩と慕っている。


「なぁ花音、何で先輩なんだよ」

「祐知先輩は私達より一つ年上なの。つまり昨年明智大学に入学したのよ」

「じゃあ何で新入生の中に……」

「昨年は入学してすぐにイギリスに一年間留学したんだ。つまり留年したんだよ。この大学を選んだのも、留学制度が整ってたからなんだよね。すぐにでも行きたいと思ってたから」


 祐知は頭の後ろに手を回し、苦笑いする。その行動力に、友美は感心した。自分はそこまで志を持って、この大学の門を潜ったわけではない。それなのに、直人を自分と同じ道に引き込んでしまったことに、軽く罪悪感を抱いた友美だった。


「とまぁ、僕はこうして留年しちゃって、君達と同じ一回生となったわけなんだ。情けない話だけど」

「何言ってるんですか! そんなことありません。祐知先輩はすごい人ですよ!」

「花音、だから先輩呼びは……」

「いえいえ、祐知先輩は高校でも私以上に立派に生徒会長を務め、そして首席で大学を合格したじゃないですか! そして何より頭がいい! もう祐知先輩は宇宙一の天才ですよ~!」

「花音も同じようなものじゃないか…」


 どうやら花音がこの大学に来たのは、祐知の後を追うためだったらしい。微笑ましい先輩後輩コンビだ。






「それでは改めて……新入生のみんな、ご入学おめでとう」


 オリエンテーションを行う教室に集められた、文学部国際文化学科の新入生達。教授一人一人から、祝いの言葉を受け取った。友美は周りの新入生を見渡す。

 誰一人として目に輝きを示さない者はいなかった。彼らも何かしらの志を抱いてやって来たのだろう。生半可の気持ちでこの大学を選んだのは、自分だけかもしれない。


「入学式が終わってだいぶお疲れかもしれないが、君達には今日やってもらいたいことがある」


 ガラッ

 教室のドアが開き、何人かの教授が段ボールを持って入ってきた。黄色い髪の外国人教授が、腰を震わせながら運んでいる。中に入っているのは、少なくとも爆弾や銃などの危険物ではない。当然である。


 しかし、嫌な予感がするのはなぜだろうか……。




「まずは君達の実力を図りたい。というわけで、今から実力確認試験を行う」

「えぇぇぇぇぇぇ~~~!?」


 新入生全員が高校生のようなノリで驚愕の声を上げる。せっかく過酷な試験を乗り越えてきたというのに、入学初日から再び試験とは。面倒にもほどがあるというものだ。


「入学試験はあくまで入学する者を決める試験であって、君達の実力が知れるわけではないからね。辛いと思うが、頑張ってくれ」


 友美は見逃さなかった。試験の解答用紙を持っている教授の口元が、微かに緩んでいるのを。絶対にこの教授は、新入生達に同情などしていない。試験させるのを楽しんでいる。反対に新入生達の眉が垂れ下がる。


「早速始めようか。全教科一体化してるから、すぐ終わるよ。安心しな」


 教授は口元が緩みきったまま、解答用紙と問題冊子を配る。次々と回され、友美の席にも行き渡る。彼女は問題冊子の表紙に「解答時間 120分」と記されているのを見て、密かに舌打ちした。




     *   *   *




 4月1日 木曜日

 明智大学の入学式。初日からテストやらされてダルい。しかも、かなり手応えが悪い。この大学で上手くやっていけるか心配だ。

 そういえば、新しい友達が二人できた。直人と同じ高校らしいメガネ女子の村井花音。そして私の一つ上で、花音の先輩の桜井祐知君。

 祐知君はいいのだけど、私は花音が気になる。花音が私の進路を密かに調べていたことも怖いけど、それ以上に直人とやけに仲が良い。そりゃあ、直人だって私以外の友達くらい大勢いることだろう。二人は高校同じだし。


 それでも、何だろう……この寂しさは。直人が遥か遠くの存在になってしまいそうな気がする。直人が別の女と喋っているのを見ると、心がモヤモヤする。こんなことは初めてだ。私はこんな感情知らない。




 花音は実力確認試験で、何点取ったんだろう……。


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