第2話 祈祷さんの本性


 翌日、日曜日。

 QTubeを起動し、登録チャンネルの一覧を開く。すると大手配信者たちの名前が、ずらりとホログラムの中に並んだ。


「やはり休日は、ライブ配信をしている方が多いですね」


 配信者アイコンの横に浮かぶ「LIVE中」の文字を眺めながら、私――祈祷 神子はホログラムを下へ下へとスクロールしていった。

 学校は休みで、配信も休み。となればすべきことも特にないため、私はぼんやりとQTubeを巡る。


「……っと、おや」


 特に何か目的を持って操作していた訳では無いが、ふと目を引く名前を一覧に見る。


――『カナエ』


 昨日登録したばかりの、新人Vtuberの女の子だ。


「この子もライブ中……」


 私はまだ彼女のファンと言えるほどではないが、興味を持っているのは紛れもない事実。タイミング良くライブに出会えたことを幸運に思いつつ、私は『カナエ』のアイコンに触れた。


 ホログラムの画面を見ると、カナエさんはLoSの試合中のようだった。しかし試合中にしては随分と気の抜けた雰囲気であり、なんだか視聴者と雑談でもしている様子。


 一体何を話しているのだろうかと、耳を傾けると――


『だからLoSにおいて「貧乳はステータス」って本当なんだよ!物理的に当たり判定が少ないから有利なんだって!』


――まるで意味の分からない話をしていた。


 私はポカンとしたまま、ホログラムを見つめる。


『もし僕がFカップだったら、ここまでで三回は被弾してるよね。分かる?僕の貧乳は武器なんだよ。分かったら黙って僕の無双を見てろ』


 凄まじい持論だなぁと思いながら、私も自分の胸を確認してみた。そこまで大きい方ではないが、コンプレックスになるほど小さい胸でもない。確か以前に測ったときは、Cだったような……?と記憶を遡る。

 カナエさんの論拠に基づけば、私は有利でも不利でもないといったところか。


『アバターってリアルから大きく変えられないの知ってるでしょ?巨乳の人はVRでも巨乳だし、貧乳は貧乳なんだ。僕はこれでも、制限いっぱいまで盛ってんだからね』


 ぶっちゃけまくるカナエさんに、コメ欄は盛り上がっていた。カナエさんの言葉は正しく、アバターの創造には制限がある。


 自由に変更できるのは、髪型や髭などのリアルでも自由に変えられる部分だけ。身長は±7cmの変更が限界で、横幅の比率は誤差程度にしか弄れない。バストやウエストも多少改善出来るが、それも目で区別がつくほどではない。目鼻立ちに関しても同じく変えられる範囲は大きくないため、「VRの美女はリアルでも大抵美女」と言われていた。


 性別設定は自由に選べるものの、アバター創造限界により見た目はリアルと近しくなってしまうため、結局「ほぼ男な女」か「ほぼ女な男」になってしまう。故に性別を変える人間は極端に少なく、例外を挙げれば「元から女顔(男顔)な人」くらいだった。


「それにしてもカナエさん、誰かに似てる気がするんですけどね……」


 脳裏に知り合いの女の子を並べてみるが、しかし誰とも一致しない。私は気のせいと割り切り、カナエさんの配信に再び意識を向けた。


【そこまで言うなら回復使わないで勝ってみてくださいよ!貧乳なら被弾しないんでしょ!】


 ふとコメ欄に流れた煽りコメント。本気で煽っている訳でなく、むしろ親しみと共に揶揄っている感じだろうか。

 私はそのコメントにクスッと笑うが、しかしカナエさんはブチ切れた。


『はぁ!?余裕だが!?』


「い、いや無理でしょう……」


 カナエさんが現在プレイしているのは、LoSのバトルロイヤル形式ルール。60人のプレイヤーが一つのエリアに混在し、最後の生き残りを懸けて銃を撃ち合うゲームだ。


 基本的にはお互いに体力を削り合う戦いとなるため、試合を通して回復無しというのは不可能に近い。

 加えて参加人数の多さによって生まれる、不確定要素の数々。何か一つでも噛み合わなければ、大ダメージを受けるのは必至だった。


 私は苦笑いを浮かべ、カナエさんの戦闘を見守るが――


『見たかお前ら。これが貧乳の力だ』


「えぇ……。うそ……」


――文句無しに、一つの回復も使わず勝ちきった。


【やっべぇwwww】

【貧乳とか関係なく最強で笑う】

【マジで何者すか……】


 私とて、一人の配信者としてそれなりにLoSをやり込んでいる自信はある。プロゲーマーと混ざってプレイすることもあるし、なんなら彼らと遜色ない実力を持っているはずだ。

 だがそれでも自分とカナエさんとでは、天と地ほどの実力差があると分かった。


「世界大会覇者……?いえ、女性の覇者なんていませんし」


 正体不明。謎は深まるばかりである。


 動揺して考え込んでいると、いつの間にやらカナエさんはバトロワ受付場に戻っていた。再度参加する様子もなく、大きく背伸びをしてみせる。


『いやぁ、でも流石に神経使ったね……。疲れた』


 それはそうだろうと。常に全域に気を配らねば、回復無し縛りなんて成功するはずもない。


『バトロワは少し休憩していい?他にやって欲しいことあればコメントしてよ。募集タイム』


 そう言ったカナエはコメ欄に目を向けながら、バトロワ参加受付場の出口へと歩き出していた。


 ふとコメ欄に目をやると、カナエさんの質問への回答がコメ欄の流れを加速させていることに気づく。


【ビーストスキン見せて】

【別ゲーは?】

【疲れたなら雑談でいいよ】

【ビースト着て】

【クエスト】

【ビーストスキン試着会】

【ビーストスキン見たいです】


『ビーストスキン勢多すぎでしょ。お前ら変態ばっかだな』


 カナエさんは半笑いを浮かべて、そのコメ欄を眺める。


 ビーストスキンとは、その名の通り動物を模したスキンのことである。猫、犬、兎、狸や狐に、果ては象なども存在し、それらの耳や尻尾を取り付けられるのだ。


 端的に言えば、LoS内では自由に動物コスプレが出来るという話。ビーストスキンという単語でコメ欄が埋まる光景は、女性のLoS配信では頻繁に見ることができた。


「……カナエさんの、ビーストスキン」


 正直な話、興味はある。ただでさえ可愛らしいカナエさんが猫耳なんてつけようものなら、天変地異にも劣らないインパクトを私に残すだろう。

 

 しかし現実として、カナエさんがビーストスキンを着込む可能性など存在しないと私は考えていた。


 視聴者が「ビーストスキン着て」というコメントでコメ欄を埋めるのは、誰もが知っている定番のネタである。視聴者側も本気で見せて貰えると思っている訳ではなく、大半の人間は冗談でコメントを打ち込む。

 実際にビーストスキンを公開する女性配信者などほとんど居ないし、私とてビーストスキンを配信で着たことは一度もなかった。


 しかし。


『まー良いけどね。ビーストスキンくらい』


「え?」


 予想外の答えに、私は固まる。


【マ?】

【マジ?】

【冗談じゃなくて?】

【嘘やろ】

【神回】

【あんた強いだけじゃなかったんだな……】

【これからはカナエ様って呼ぶ】

【かっこよす】

【一生付いていく】


『そんな大袈裟な、耳と尻尾つけるだけでしょ?大したことじゃないよ。……で、何の動物から行く?』


 コメ欄もまた大騒ぎだった。


「――――ッ!!」


 私は反射的に、宙に映るキーボードを叩く。「何の動物から行く?」というカナエさんの問いかけに対する返答を、爆速で入力するためだ。


 ちなみに私がコメントに使うのは、誰にも教えていない『トウカミ』という名の秘密アカウント。私は配信用の『イノリ』、リアル用の『神子』と合わせて合計三つのアカウントを所持していて――と、まぁこんな話はどうでも良い。今は何よりカナエさんのビーストスキンだ。


 私の第一希望は――


『うわ返事はっや。……猫がいいの?』


 そう、猫。

 誰よりも早くコメントをしたことにより、無事にカナエさんに読んでもらうことに成功。私は小さくガッツポーズを決めた。


『了解。じゃあ行くよー……ぽちっと』


 瞬間、そこに天使が現れる。

 金色の髪に、金色の猫耳。ホログラム越しでも伝わる、極上の毛触り。きっといい香りがするのだろうなと私は妄想した。


「あ、あわわわ……っ」


 チートだ。チートに決まってる。あの全てを魅了する微笑みには、きっと精神に干渉するタイプの恐ろしいプログラムが組み込まれているに違いない。


 この時点で既に私は限界だった。興奮のあまりに気を失う一歩手前。にも関わらず、恐れ知らずな視聴者たちは更に一歩先へ行く。


【カナエちゃん、「にゃん」って言ってみてください】


「!?」


 ダメだ、それは本当にダメだ。カナエさんの「にゃん」は、今の私には十分に致命傷になり得る。

 

『はぁ?何言ってんの?いいよ。――「にゃん」』


「ぐふぅ……っ!」


 なんだこの殺意的な萌えは。胸のトキメキが止まらない。殺す気か。さては尊みでこの世を滅ぼすつもりなのか。


 私は足をバタつかせ、真っ赤に染まった顔を押さえる。


「可愛い……っ、可愛すぎる……ッ!!!」


 この日私は、自分ですら気づいていなかった本性をさらけ出すことになった。

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