第5話 僕の歌を聴け @3


 『君が代』という謎の残る選曲ではあるものの、それでも圧倒的な歌唱力を見せてくれた祈祷さんに僕は拍手する。どこかで聞いたような歌声だなぁと少し引っ掛かりはしたが、わざわざ言うことでも無いので考えるのを止めた。


 祈祷さんの次に歌ったのは道幸だが、特に感想も出てこない普通オブ普通な歌だったので割愛する。


「女性陣と男性陣との歌唱力の差が凄まじいね」


「……そうだな。悔しいがこの二人と張り合うのは無理だ」


 ここまで隠奏さん、祈祷さん、道幸と続いて四人目に僕。僕の音痴については既に皆知っているが、それでもトリというものは緊張した。


 僕が選んだ曲は、先ほど祈祷さんが口にした『散夢残響』である。かなり有名なアニソンであるため、全員聞いたことはあるだろうとこの曲に決めた。


「よし」


 そして僕は、さぁ歌うぞと気合いを入れて立ち上がった――


「なぁ一叶。少し気になったんだが」


――のだが、道幸に呼ばれて一旦止まる。


 はて一体何の用だろう。


「確かお前、声真似が得意だったよな?普通に歌えば当然音痴なんだろうが……誰かの声真似しながら歌うとどうなるんだ?」


「……その発想はなかった」


 そっくりそのままの声を出せるなら、そっくりそのままの歌声も出せるのではないか。つまり道幸は、そう言いたいのだろう。


「つーか冷静に考えると、声真似が得意なのに歌が下手ってかなり珍しいパターンだろ。……もしやお前の地声に原因があるんじゃねぇか?」


「有り得るな」


 僕は道幸を指差しながら、首肯する。


「ちょ、ちょっと待ってください。何の話をしているのですか?」


「…………???」


 勝手に盛り上がる僕ら二人だが、しかし僕の特技を知らない二人には突飛過ぎる会話だったようで、困惑した様子で首を傾げていた。僕は実演を交えて説明しようと考えるが、先んじて道幸が口を開く。


「実は一叶クンはな、人並外れて声真似が得意なんだよ。男の声も女の声も自由自在で、しかも『一番自然に出せる女声』とかいうのが気味が悪いくらいに可愛いんだわ。もうな、一人の男友達としては吐き気がするレベル」


「吐き気のくだり必要だった?」


 説明に悪意しか無くて、つい拳が飛び出そうになったわ。


「いや冗談抜きで男友達に出して欲しい声じゃねぇんだよ。……それにコイツ、なまじ中性的な顔してるからな。初対面で女声出されたら、普通に女だと勘違いすると思うぜ。女装でもしたらと思うと寒気がする」


「そこまでですか」


 そして僕に向けられる、興味津々の二対の瞳。祈祷さんも隠奏さんも楽しげに目を輝かせており、嘘でしたーでは済まされない雰囲気になる。


 仕方ないので、二人に女声を披露することに決めた。僕は一番自然に出せる女声――即ち『カナエ』の声を出す。


「『祈祷さん♪』」←(カナエボイス)


「はひょッ!?」


 祈祷さんは、身体を飛び跳ねさせ僕から距離を取る。それは僕の予想を遥かに上回る苛烈な驚き方で、まるで蛇を見つけた猫のよう。


「…………すごい。可愛い」


 隣で隠奏さんが褒めてくれるが、そちらにお礼を告げる余裕が無い。壁の隅に背を当て、目を白黒させる祈祷さんの対処を考えるので必死だった。


「そんなに驚く?」


「……す、すみません。知り合いの女の子の声に似ていたもので」


「そ、そう……」


 僕と似た声を出す少女とは珍しい。いつか話してみたいものだなぁとしみじみ思う。


「(え、カナエさん?カナエさんの声?き、聞き間違いですよね……?)」


 一人ブツブツと呟く祈祷さんの声は、僕の元には届かなかった。


「そんじゃ歌ってみろよ一叶。入曲したのは『散夢残響』だったよな?誰の声で行くんだ?」


「そうだなぁ……」


 オリジナルの人の声を真似るのが最善な気もするが、癖が強すぎて再現できるか怪しいところ。であれば、僕が最も繰り返し聴いた人の声――


「――イノリちゃんの声を真似してみよっかな」


「星乃さん嫌いです」


「なんで!?」


 脈略なしに嫌われた。今の一瞬で、一体僕が何をやらかしたと言うのか。


「…………イ、イノリちゃんっ」


 対して一層興奮してみせるのは、隠奏さん。表情をあまり変えない彼女にしては珍しく、目を大きく見開いていた。隠奏さんの変貌っぷりに驚きつつも、僕は気合いを入れてマイクを握りしめる。


 ちなみにこれはただの推測だが、イノリちゃんは少し声を作ってるタイプ。『散夢残響』のカッコイイ空気感にピッタリと合う、冷気を這わせるかのような声だった。


「では歌います。イノリちゃんの声で……『散夢残響』」


 それは歌う、というよりかは「歌声を真似る」。スピーカーから流れる曲にはリズムを取る以上の役目を持たせず、自分で音程を合わせる努力もせず、ただ「イノリちゃんの音程はこうだった」と思い出しながら声にした。


 すると地声で歌っていたときには一度も味わったことの無い、曲と自分の歌声が一致している感覚を覚える。今の僕は上手く歌えていると、感想を聞かずとも分かった。


 そうしてラストまで歌いきり、ふぅと息を吐く。聞こえてくる拍手に、久々の高揚を得た。


「やるな、一叶」


「…………すごい」


「上手デスネー……はは」


 徐々に祈祷さんの瞳から光が消えつつある理由を、そろそろ知りたい僕である。


「いやぁ面白いな一叶は。もしかして音痴なのは地声だけか?生まれ持った地声だけが致命的な音バグ持ってたのか?」


「うるさい」


 珍しく僕を褒めたと思ったら、それと同じ分だけ貶してくるとは流石は道幸。躊躇なく僕の隠れた暴力性に気づかせてくれるな。はて殴られたいのはどこだろう。


「あの、星乃さんが音痴って本当ですか……?」


 と、拳を鳴らしていた僕であるが、祈祷さんに話しかけられその拳を隠す。祈祷さんは顎に手を当て、悩む仕草を僕らに見せる。


「そりゃもう世界レベルの音痴だけど。どうして?」


「今の星乃さんの歌を聞く限り、音を外す姿が想像できないんですよね。地声でも上手なイメージしか湧かないと言いますか」


「ほう」


「もしかしたら、音痴も治っているのでは?」


「ほう!」


 祈祷さんの人智を超えた叡智に、僕は頷きが止まらない。壊れた赤べこの如く首を振った。

 声真似をしたから上手く歌えたのではなく、ただ単純に音痴が治ったから上手く歌えたのではないか、と祈祷さんは語る。


「有り得る……ッ」


 道幸も言っていたではないか。「声真似が得意なのに歌が下手ってかなり珍しいパターンだろ」と。ならば声真似を習得する過程で、いつの間にか歌唱力が改善している可能性も考えられた。


「ごめん、もう一回歌っても良いかな」


 連続でマイクを握ることに罪悪感を覚えるが、それ以上に試してみたかった。


「今度は地声で歌いたい」


 自分の中に見えた光を、この手に掴み取るチャンス。気にしていないフリをしていても、本当はこの音痴がずっとコンプレックスだった。自分の音痴さを悔しく思ったのは一度や二度じゃない。


「……いいぜ、歌えよ一叶」


 道幸が、グッと親指を立てた。


「…………頑張って」


 隠奏さんは、いつもの無表情のまま僕を励ます。

 

「星乃さんなら大丈夫です」


 そして祈祷さんは、僕に優しく微笑みかけた。


――行ける。


 皆が応援してくれている今なら、なんだって出来る気がした。不可能なんて存在しないかのような万能感。歌うくらいチョロいと心から思えた。


「……僕は今日、自分を超える」


 曲が流れ出す。大きく息を吸う。想像するのは、特大のステージ。数万単位の観客を前にして、一切の物怖じをしない最強の僕だ。


 耳を澄まして目を閉じる。歌詞は完璧に覚えているから、ホログラムを見る必要は無い。視界を捨て、ただ耳と喉だけに僕の全てを注ぎ込む。


 心を込めろ。意志を滾らせろ。伝えたい想いを音に乗せ、歌声で世界平和を生み出してみせろ。


「〜♪」


 そして時間感覚すら曖昧になって、何分歌ったのかも分からなくなった頃。僕はゆっくりと目を開いた。


 果たして上手く歌えたのだろうか?なんて不安を胸に、皆の方へと振り向くと――


「……え?」


――全員、泡を吹いて気絶していた。




☆ ☆ ☆



 それから三十分後、皆は目を覚ました。

 しかし誰も彼もが酷く怯えた様子で、僕に近づこうともしてくれない。


「ど、どうしたの?」


「いえ、その……今は星乃さんの声を聞きたくないので。口を閉じていて頂けると助かります」


「…………怖い」


「お前もう二度と歌うな……。つか何も改善してねぇよボケ……」


 どうやら僕の音痴は治っていなかったようで、皆に致命的なダメージを与える結果となったらしい。


「そっか、音痴の原因は僕の地声だったんだ……」


 ショックのあまりに、僕は膝から崩れ落ちた。


 後日一人でカナエボイスで歌ってみたところ、何の問題もなく歌いきることができた。相変わらず地声だと音痴であるようだが、地声以外であれば上手く歌えると知れたのは今回の成果だと思う。


――『カナエ』は、類稀なる歌唱力(制限付き)を手に入れた!

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