第24話ガラデ平原での戦い④

 

「ゴズ、妾の勘違いかもしれないけど、今妾たちはおされてるのだ?」


 本陣にいるメムがゴズにそう聞いた。

 いまだ数は圧倒的だが、戦場を見れば誰でもわかる。

 瞬間的に消えた兵、逃げ惑う兵、その場に崩れ落ちる兵。

 明らかに有利な部隊には見えないのだ。

 それはメムですらわかるほどに。


「そんなことありませんぞメム様!ご覧ください!まだまだ兵はたくさんおりますぞ!しかもたった今十二翼の面々が戦場に向けて出撃致しました。じきに形成は逆転するでしょう」


「そうだな!いやー少し焦ったのだ!」


「はっはっは!メム様は安心してお待ち下さい」


「分かったのだ!おーい誰かおやつを持ってくるのだー!」


 全くバカは扱いやすい。

 こうも簡単に騙されてくれるのだからな。

 しかしこの状況は予測していなかった。

 まさか十二翼全員を投入することになるとは。


 そう、この戦いでゴズは十二翼を出すまでもないと思っていたので、全員本陣に待機させていた。

 それは他の十二翼も流石に同意見だった。

 しかしあの偽物が放った強大な魔法により状況は一変した。

 それだけじゃない。

 その後もワンズ達によってどんどん兵が倒されていっている。

 今では30万はいたであろう兵が10万程度まで減らされたのだ。


 その結果彼らを止めるべく、十二翼が出撃することになったのだ。


(くそっ!誰がこんな状況になるなんて予想できただろうか。いや、誰も出来るはずがない!これは私の失態ではない。私は悪くない)


 自分にそう言い聞かせるもの、このままでは負けてしまうのではないかという不安を拭いきれない。

 もしかしたら十二翼最強の私の出番すらあるかもしれない。

 しかし私にはメムを守る使命がある。

 最後の最後まで私は動かぬぞ。


 ゴズがそう考えていると、


「しかしさっきの魔法はすごかったのだ!父上と同じ魔力の波動を感じたのだ!」


「メム様……今なんとおっしゃいましたか?」


「父上と同じ魔力の波動を感じると言ったのだ。おかしなことは言ってないであろう?」


 メムにとっては何気ない一言だが、ゴズはその言葉に恐怖を感じた。

 なぜならば元魔王と同じ魔力の波動ということは、あの偽物が本当に英雄レノンを魔王に変えた姿というのならば、魔王の力を完全に引き継いでいるということだ。

 それはつまり、偽物ではなく本物の魔王ということの証明になる。


 ゴズはいまだ魔王がレノンであることを信じてはいなかった。

 英雄レノンの生まれ変わりと言ったのも、他の種族を仲間に引き込むための虚言だ


「メム様、それは皆の前では絶対に言わぬようにお願いしますぞ」


「?なぜなのだ?」


「それは……軍の士気に関わることでありますから」


「よく分からないが分かったのだ!」


 まぁ十二翼が出たことで状況も変わるだろう。

 ゴズはそう考えるのであった。


 ◇◆◇◆


「よお、ワンズ。元気だったかい?」


「サラーデ……とオルグか」


 クミンに連れられ向かった先にいたのはサラマンダーとオーガの族長だった。


「お前らは出てこないと思っていたぜ。十二翼は出るまでもないと考えていそうだったからな」


「まぁ俺たちもそのつもりだったさ。しかしな、あれだけの魔法を見せつけられたのだ。出ざるを得まい。さらに言えばワンズ。お前の軍はどうなっている?我らオーガとサラマンダーの兵8000を軽々しく破るとは。こういうのもなんだが、俺たちにはそんな差はなかったはずだ。この短期間でお前らに何が起こったというのだ?」


「……気になるか?それはなぁ、新しい魔王様に力をいただいたからだよ。俺はあの魔王様と真っ向に戦い、実力を認められたんだ。その時にもらった力だ。なんなら今の俺はお前らとは比べものにならないほど力を持っている。試してみるか?」


「ぬかせ……いくら強くなったとは言え我ら2人を相手にお前たちに何ができようか?我らの剣に切り刻まれる運命を辿るぞ。さらに言えばお前の……妹だったか?彼女は私たちとは格が違う。相手にすらならんの思うのだが?実質2対1の構図は変わらんぞ」


 まぁそう思うのは当然だろうなとワンズは思った。

 もし逆の立場ならば俺だってそう思うだろう。

 しかし現実は違う。

 魔王がワンズ達に与えた力は全て仲間の種族にも同様に付与されている。


「まぁやり合えば分かるだろ。構えな。言葉じゃなくて拳で語り合おうぜ!」


「いいだろう。だが俺は拳は使わん。俺の武器はこの剣だからな!」


 サラーデは背中に背負った千隼大剣をワンズに向けて構える。


「……んなこたどうでもいいだろうがよ。まぁいい。クミン!オルグの相手は任せるぞ。いいか?勝てないと思ったら全力で逃げろ!俺はこいつらくらいなら2対1だろうが完封できるだろうからな!」


「ワンズ兄こそ、油断して足元救われないように気をつけなよ!あと私の心配は必要ないから!」


 妹の成長に少し嬉しくもあり、同時に寂しくもある、とても複雑な気持ちだ。

 昔はどこに行くにも俺の後をついてきていたあのクミンがな……

 ワンズ兄大好きって言ってくれてたク……「舐めるなよ人狼の娘が!!」……おい人の回想を打ち破るなおっさんが!


 叫んだオルグの方を見れば、太刀を抜きすでにクミンに斬りかかる態勢に移っていた。


「人狼の娘ごときがこのオルグ様と戦うのに心配はいらないだと!?調子に乗るのもいい加減にしやがれ!!」


「クミン!避けろ!」


 ワンズの声とほぼ同時にオルグの太刀は振り下ろされ、そしてクミンを捉えた。

 クミンの胴が2つに割れる。


「ぬっ!?」


 しかしここで声を上げたのはオルグの方だった。

 クミンを斬ったはずなのに手応えが全くなかったのだ。

 ただ空気を切り裂いただけのような感覚だった。

 そして目の前の光景に再びオルグは驚きの声を上げた。


 なんと目の前で真っ二つになったクミンがまるでそこには何もいなかったかのように消えてしまったのだ。


「なっ!?どういうことだ!俺の太刀は完全に奴を捉えていたはずだ!なのになぜ手応えがない」


「それは残像を斬ったからだよおじさん」


「なっ!ヘグッ!」


 上空から聞こえた声にオルグがグッと顔を上に向けると、顔にかかとが落ちてきた。

 そのまま地面に叩きつけられ、情けない声を上げた。


「そんな遅い太刀の速度で私たち人狼族を斬ろうだなんて一生無理な話だよ?蚊でも飛んでるのかと思ったくらいだったよ」


 地面に降り立ったクミンからそう述べられた。

 蚊でも飛んでいるのかと思っただと?

 ふざけるな!俺の太刀の速度は魔王軍の中でも随一の速度だぞ?

 それを軽々と避けたどころか上空から俺に一撃を加えらなど……到底あり得ない!!


 オルグはすぐに立ち上がり、クミンから距離を取るため素早く後退した。

 しかし地面に着地した瞬間、その背後にクミンが立っているのだ。


「なっ!?おま!先さっきまで向こうにいただろう!」


「移動してきただけだけど?」


「ありえるか!こんな一瞬で……へぶっ!!」


 オルグは移動してすぐだったために態勢を整えることができず、その背中にクミンの回し蹴りを食い、宙をまった。

 そしてその後地面をゴロゴロと転がり、木にぶつかって停止した。


「ふざ……ふざけるな!!なぜ貴様程度がそんな力を持っている!?こんなことがあって……「あのさ、喋る暇があるならそのご自慢の太刀を構えるだとかさ、なんかしたら?」……!!!」


 立ち上がったところを再び接近してきたクミンによって今度は腹部にアッパーを食い上空に打ち上げられ、そしてそのガラ空きの背にかかと落としを食い、地面に叩きつけられた。


「グボッ!!」


「ねぇもう終わり?さっきあなた私はいないも同然とかなんとか言ってなかったっけ?そんな相手にここまでコケにされるのってどんな気持ち?ねぇねぇ」


 クミンが地面に埋まったオルグを踏みつけ、そんなことを言いながら高笑いしている。


「おいワンズ、お前の妹、あれはなんなのだ!狂人か?」


「狂人とかいうんじゃねぇよ……いうんじゃ……ねぇよ」


 流石に否定しきれないワンズ。

 ありゃ完全に戦いに酔ってやがる。

 ほっといてもいいが、兄としてこれは少し見逃せない。

 俺のとんでもなく可愛い妹があんなことを口走るような子になって欲しくはないのだ。

 というわけで


「おーい、クミン!いったん落ち着け……「うるさい!!ワンズ兄もさっさと戦いなよ!!」……」


 ワンズは顔を手で覆った。

 別に泣いているわけではない。

 少し目にゴミが入っただけだ。


「少し油断しておれば調子に乗りやがって……後悔してももう遅いぞ……!!」


 地面に埋まるオルグがそうクミンに言い放った。


「……!」


 クミンは何か危険を察知したのか、大きく後ろに飛び退いた。

 そして先ほどまでクミンがいた場所を見ると、そこには地面から複数本の剣が飛び出していた。


「おい……人狼族の娘……ここまで俺を追い詰めたこと称賛に値する。よくやったと褒めてやろう。しかしもうこうなった以上は俺も本気だ。もう楽には死なせてやらんから覚悟しろ」


 そう言って立ち上がったオルグの周りには太刀のみならず、片手剣や両手剣、大剣などと言った50本近くの剣が出現した。


「まさかオルグがあれを使うとは……彼女は相当オルグを怒らせてしまったようですね」


「ああ、そのようだな」


 なぜか戦わずにその戦いに見入ってしまっているサラーデとワンズである。


「まさかクミンがオーガ族長最大の技『ソードクリエーション』を使わせるなんてな」


 ソードクリエーション。

 オーガ族長しか使えない技で、何もない場所から無数の剣を創造できるといったチート技だ。

 オルグが十二翼に入ったのもあの技による部分が大きい。

 しかもこの技の恐ろしい部分はそれだけじゃない。


 流石に地面にいるのは危ないと察知したのか、クミンは以前ワンズがやったように上空で空気の壁を蹴り、滞空している。

 上空から撹乱し、隙をつく作戦だろうか。


「人狼の娘、いくら貴様の速度が速かろうがもうお前に逃げ場はない。どこに行こうとも俺の剣は出現する。こんな風にな!!」


 クミンが次の空気を蹴ろうとした瞬間、その場所に剣が出現した。

 そうオルグの剣はどこにでも出現させることができる。

 地面だけじゃない。上空だろうが、水上だろうが自由自在だ。


 クミンは体をよじり、地面に向かって空気を蹴ってかろうじて回避をした。

 しかし


「そこだ」


 クミンの落下予測地点にオルグは剣を出現させる。

 このままでは勢いとあいまり、串刺しになってしまう。

 しかしクミンには回避する術はなかった。

 覚悟を決め、目を閉じた。


 しかしどうだろう。

 なかなか刺さる感覚が襲ってこない。

 クミンは恐る恐る目を開けた。

 するとワンズの小脇に抱えられ上空を飛んでいた。


「ったく、世話の焼ける妹だぜ」


 そのままワンズは地面に着地し、クミンをそっと下ろして、


「十二翼相手によく頑張ったが、爪が甘いな。そこで俺の戦い方をしっかり見て学びな!そうすりゃお前はもっと強くなれる」


「ワンズ兄……」


 クミンが見上げる兄の背中はいつもよりもたくましく見えた。

 いつも追いかけてばかりだった背中。

 早くあの横に立てるようになりたい。

 それがクミンがずっと思ってきたことだった。

 今回力を手に入れたことで少しでも近づけたと思っていたけど……どうやらまだそこには至ってないようだ。


「ワンズ……邪魔するんじゃねぇ!俺はその女を……俺をコケにしたその女を殺さねぇと気が済まねえんだよ!!」


「はっ!そうしたければ俺を倒してからにしな!まぁ出来るわけないんだけどな!!」


「貴様ーーー!!!!」


 オルグは構えることもなく、ただ怒り任せに太刀をワンズに向けて振るった。


「戦場で冷静さを欠く行為は戦士として失格だせおっさん」


 ただただ早いだけの太刀でワンズを捉えるのは不可能で、オルグがその言葉を聞いたときにはすでにワンズは、オルグのすぐ横に立っていたのだ。


「とりあえずまぁ、これでゲームオーバーだ」


 ワンズはオルグの腹部に思いっきり蹴りを入れ、はるか彼方までぶっ飛ばしたのだった。

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