第15話:絆の鐘

 次の日、瑞希は朝食を作っており、いつも通りに戻っていた。

 昨日泣いたせいで少し目が腫れているが、普通に話してくれるし、笑顔も垣間見えるようになってきた。


 ——だが、どこかぎこちない。


 いわば、まだ出逢った頃のような、これまで築き上げてきた関係性をゼロに返したような顔だ。

 せっかく剥がれてきた仮面は再びへばりつくように彼女を取り繕わせている気がした。


 呼んでおいて正解だった……な。これは。

 多分、彼女の事だから俺には話してくれないだろう。そこまでの関係じゃないし、何かしら原因がある気もする。結婚に対して思い詰めていたから。


 だけど俺には聞き出せない。

 だからこそ、異性より同性の方が聞き出しやすい。かと言って、あいつが俺に教えてくれるとは限らんが……。

 しかしまあ、俺には思い当たる節がないから困ったもんだ。


 淡々と配膳されていく朝食。

 そこには瑞希が食べる分は置かれていない。


「瑞希は食べないのか?」

「私はいいの。最近ちょっと太ったから」


 どこがだ。

 目に見えて分からないぞ。

 太っている女性に瑞希のような体型の人が言うと嫌味にしか聞こえないから気を付けろよ? と冗談を言いたくても言える雰囲気じゃない。


「人には1日3食食べろという割には、自分は食べないのは良くないぞ。説得力に欠ける」

「軽くコンビニで栄養の取れるバーみたいなやつ買って食べるから」

「……そうか」


 ……ん? 待て待て。どこ行くんだ?


「じゃあ私はもう行くから」

「ちょっと待て……」

「何?」

「どこ行くんだ?」

「会社に決まってるじゃない! 馬鹿なの!? お弁当そこに置いてあるからね! じゃーね!」

「おい待て。ちょっと待て。それはボケか? ツッコミ待ちか?」

「はぁ? 何言ってんの!?」


 あかん。これマジな奴だ。これだと尚の事、言い辛い。

 恥ずかしい思いをするだろうけど、瑞希の為だ……悪く思わないでくれ。


「今日……土曜日だぞ……?」

「——っ!?」


 首から顔にかけて、みるみる顔が赤くなっていく。

 そしてぷしゅぅ~と音を立てるように両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんでしまった……なんかごめん。


「うんうん。たまにあるよな。うん。仕方ない俺だってよくあるし。瑞希は頑張る子だもんな? 人間誰だって間違いはあるさ」


 窘めるように言っているつもりだが、当事者からしてみれば煽っているようにしか聞こえない気がした。


「こっち……見ないで! 変に気を遣うのはやめて! 言ってること無茶苦茶だからぁ! たまにあるのによくあるとか意味わかんなからぁ!」


 俺は一体、何を言っているんだろう。やはり全然フォローになってなかった。

 赤面して顔を隠しながら背を向けている瑞希を見ているとなんだか笑えてきてしまう。


 笑っちゃいけなんだけど、笑えてしまう。必死に堪えていても、肩が上下に揺れてしまい持っているお椀と箸がぶつかってカッカカッカカっとリズミカルに音を奏でてしまう。


「ぷふっ!」


 なんだかそれも相まって、つい笑い声が漏れて——


「笑った!? 今、笑ったよね!? 信じらんない! 緑、最低! 人のドジを笑うなんて最低よっ!」

「ばっか……やめろっ……笑わすなっ! くっくく……」


 これだ。彼女はやはりこうでないと。らしくない。


「何諦めて笑ってんのよ! 笑わないでよっ!」


「あっはっは! しょうがないだろ! 笑わせてきてるのは瑞希だろ」

「はぁ!? 素ですけどぉ!? 素で今日は平日だと思ったんですけどぉ!?」


 ドタドタと靴を脱ぎ捨てて、近づいてくる。

 身体を前傾姿勢にさせ、メンチを切ってきた。


「分かったから。ごめんって……。とりあえずまあ座れよ」


 ぽんぽんと床を叩いて、隣に座れと促す。

 すると、素直にちょこりと座った。


「朝ご飯、食べるよな?」

「……うん、食べる……」


 急にしおらしくなり、静かになった。 


「じゃあ仕方ないから俺が準備してあげよう、こんな事滅多にないからな。喜べ」

「うん、ありがと」


 おいやめろ。そのぎこちない笑顔。その顔を横目にキッチンに移動し、ご飯と味噌汁を用意して机に戻った。


「ありがと」

「おう、気にするでない」

「うざい」

「はいはい。じゃあ改めて、いただきます」

「……いただきます」


 朝のテレビニュースを見ながら、パクパクとご飯を口に放り込んでいく。

 それから会話という会話はせず、黙々と時間だけが過ぎて行った。


「ねぇ……」

「ん? どした?」

「……何も聞かないのね」


 間違いなく昨日の事だろう。

 なぜ瑞希が突然あんな風になったかは気になる。

 でも昨日の時点で既に答えは出ていた。

 聞きたくても、それは瑞希自身が言えないと分かっていた。

 あんな状況だったからこそ、感情は爆発してしまい思ったことを口にするのが普通だ。

 喧嘩した時、人はいつだって思っていたことを口走る傾向にある。

 言わなくてもいい事を口にする。

 相手を傷つけると分かっていても、感情のコントロールは上手くいかない。

 そんなことは何度だってあった。俺だってあった。

 でも、それでも瑞希は曖昧に言葉を濁して、分かりにくい話をした。

 それが全てを物語っている。俺には話せない内容だと。


「聞きたいけど、瑞希は話してくれないだろ。それにもう他の人に任してある」

「どういう……」


 ——ピンポーン


「丁度、来たみたいだ。よし、瑞希。行ってこい」

「なんで私が行かないといけないのよ! 緑が呼んだんでしょ!」

「確かに俺が呼んだが、俺に用事があるわけじゃないからな。早くしないとドア蹴られるから開けた方がいい」

「……お姉さん呼んだの?」

「ああ、そうだ。あいつは多分、分かってるから」

「分かったわよ! 行けばいいんでしょ!」


 怒りながらも立ち上がって、玄関を開けた。


「はろー! ひっさしぶりー! 瑞希ちゃん!」

「あーちゃん!」

「みずきー!」


 おい。がきんちょまで連れて来るとか聞いていないんですけど。

 昨日、俺は1人で来てくださいとメールを送った気がするんだが?


「わぁ! 心ちゃんに志世君まで! 元気にしてた?」


 瑞希がしゃがむと久しぶりに会えたことが嬉しいのか、2人共々抱きついた。


「「げんきー!」」

「うんうん。よかったよかった」


 子供はいい。無邪気で、無遠慮で。

 瑞希もこれで少しは元気になってくれるといいんだが。でも、今日は子供の面倒を見るわけではない。


「今日はね、あなたに用があって来たのよ」

「……私ですか?」

「うん、そうよ。心、志世、今日は残念だけど緑と遊んであげてね」

「おい待て。なんで俺が遊んでもらう立場なんだよ。遊んであげるのは俺だろ」

「しかたないなぁ」

「こころ、あーちゃんがいい」


 志世、お前は後でお尻ぺんぺんの刑な。

 心、その言葉は傷つくからほんとやめて……みーくん泣くよ? 


「すぐ帰ってくるから。じゃあ、瑞希ちゃん準備して?」

「えっ、あ、はい……」


 戸惑いつつも、準備をして「行ってきます」と手を振った。

 俺に振ったと思って、手を振り返したのだが、どうやら違ったらしい。……恥ずかしい。


 去り際に笑っていたの気付いているからな。瑞希も後でお尻ぺんぺんの刑だからな。







 緑のお姉さんこと、茜さんに連れ出され、喫茶店でコーヒーを飲んでいた。

 前に座り、不気味な笑みを浮かべている。

 ——なんか怖い。


「さ、話したい事あるでしょ?」

「な、なななっ! ないですよ!?」


 大袈裟な手ぶりで否定する。

 しかし、ニッコリと。ただそれだけ。

 お姉さんは何も話さない。


「……言い辛いです」

「仕方ないね。じゃあ私が話しやすいように話してあげるよ」


 そう言って、言葉を続けていく。


「私ね、あなた達が望んだ結婚をしたわけじゃないって知ってるの。緑は、俺は絶対に結婚しないってずっと言ってたの。だから、母から結婚したと聞いた時は驚いたわ。だからこそ、怪しさを感じた。あれだけ頑なに結婚しないって言ってたのに、突然ね」

「……気付いてたんですね」

「まあね。それくらい姉弟だから当然よ。母は気付いてないけどね。話は変わるけど、この前私が瑞希ちゃんに言ったこと覚えてる?」


 『一方通行は辛いね』

 覚えている。昨日、あの言葉を思い出したくらいだから。


「はい」

「それの事でしょ?」


 ズバリと当てられてしまった。


「……はい。そうです」

「緑は瑞希ちゃんをすごく心配してた。あいつ素直じゃないから、態度には出さないけどね。メールでね、俺じゃ話してくれないだろうから、茜が聞いてやるだけでいいから聞いてやってくれないか? って連絡が来たの」


 そんな素振り見せなかった。平然として、いつも通りの緑だった。全然気が付かなかった。


「そうなんですか……私、ばかですね……」

「馬鹿じゃないわ。何があったかは分からないけど、話せば少しは楽になるんじゃない? 一人で抱えるよりずっとマシだと思うよ?」


 お姉さんの言葉は表情は、慈愛に満ちていた。

 だけど、緑の耳に入って欲しくない。だから言えない。言いたくない。


「言わないから安心して」


 今、私はどんな表情をしていたのだろうか。茜さんに考えていたことが筒抜けだった。


「……話します」


 それから私は昨日の出来事を全て茜さんに話した。







 茜さんはしっかりと私の話を聞いてくれていた。

 途中、話を遮る事なく私が話終えるまで。


「あー、すっきりした!」


 私は全てを話すと、ぽっかりと開いていた穴が埋め尽くされた気がして、満たされた気分になった。

 一人で抱え込んでいるより、こうして話すことによってここまでスッキリするとは思いもしなかった。


「よかったね。スッキリして。私も話が聞けて良かったわ。瑞希ちゃんが緑に好意を抱いていたのは知っていたから」


「ですよね。あの時の言葉、腑に落ちました」


「ごめんね、盗み聞きしてたの。というか、部屋に丸聞こえだったから! 好きな人でもない限り抱きしめてほしいなんて思わないから、あぁ、ちゃんと好きなんだぁって。嬉しくなちゃった。緑も緑で、なんやかんや抱きしめてたし。あっ、これは覗いちゃったの! あははっ、ごめんね」


 笑いながら言うけど、見られてたんだよね……。恥ずかしい。


「でも、私は緑を応援します。彼にとっての幸せが何より一番大切なので」

「いいの? それで?」

「はい。もう決めたので」

「そう、瑞希ちゃんがそう言うなら私は何も言わないけど……じゃっ、私はもう帰るね」

「私も帰りますよ」

「だーめ。あなたはここで待つべき人がいるから。ちゃんとじっと待ってなさい」


 茜さんの言っている意味はよく分からなかった。

 そして、机に千円札を二枚置き、店を出て行ってしまった。

 誰を私は待つのだろうか。私に待つ人なんていないのに。


「とりあえず、冷静になれってことかな……?」







「ただいまー」

「「おかえりー」」


 子供たちが陽気な声を上げ、茜に寄って行く。

 だけど——瑞希の姿が見当たらない。


「瑞希は? なんで瑞希がいないんだ?」

「ああ、泣かせちゃった! ごめん! 力不足!」

「いや、茜が謝ることじゃないな。本来は俺が聞くべき話を聞いてもらった立場だからな。なんて言ってた?」

「そんなものは自分で聞きなさい。あなた、旦那でしょ?」

「……それもそうだな。行ってくる。鍵、ポストに入れといて!」


 家を飛び出し、瑞希の元へと走った。







 1人喫茶店も悪くない。

 頭を留守にし、外を眺めて、何も考えずにただひたすらに走っていく車を眺めていた。

 すると、視界に入ったのは緑だった。

 カランコロンッと勢いよく開けられた扉に視線を移すとやっぱり緑だ。

 息を切らしながら、肩を揺らしている。

 こちらに視線を向けてきたので、咄嗟に姿を隠してしまう。

 あれ、なんで私隠れてるんだろう。何も隠れる必要ないのに。


 待つべき人。

 茜さんの言葉が頭をよぎる。きっとここに向かわせたのは茜さんだ。何を言ってここに向かわせたのか分からないけど……。

 私は口を覆い、喜んでいた。彼がここに来てくれたことに。

 段々と足音が近づいてくる。


「おい、瑞希。なんで隠れた」

「ひゃっ」


 バレてた……。


「てか、なんだよ。聞いた話と全然違うじゃねーか。ぴんぴんしてるじゃないか」

「何が? 私は茜さんに話して、スッキリしたもの」

「んだよ。でも……良かった」


 私に優しくしないでよ。そんなの反則だよ。もう……諦めるって決めたのに。


「もう帰ろうかなぁ。せっかく来てくれて悪いけど」

「マジか。お前マジか」

「マジよ」

「まあちょうどいい。ちょっと出かけようぜ。せっかく弁当作ったんだしな」

「嫌味ですか?」

「違います。いいから行くぞ」


 伝票を持って、会計に行ってしまう緑に私は後ろから着いて行く。

 今度は何……。姉第共々、よく分からない。







 連れて来られたのは、大きなガレージ。

 きっとここには例の外車があるんだろう。でもなんで急に……?


「見て驚くなよ? かっこよすぎて鼻血も出すなよ?」

「出さないわよ! そもそも私、車に興味ない」


 電動シャッターキーを押し、大きな音を立てて開いていく。なんかすごい。海外映画でも見ているかのようなワンシーンだ。


「これが俺が言ってた、外車だ」


 じゃじゃーんと言わばかりに、緑は手をひらひらとさせる。


「へぇ」


 中には真っ黒なオープンカーが構えていた。

 全然良さは分からないけれど、高級な事くらいは私にも分かる。テカテカに磨かれてピカピカ。もう私の中の語彙力はどっかに飛んでいった。


「まじで全然興味ないじゃん。まあそこが瑞希のいい所なんだけど。乗ってくれ」

「はーい。お邪魔しまーす。どこ行くの?」

「デートだ。デート」

「はいはい、デートね、デー……はぁ?」


 デデデデッデッデート!? 


「いいだろ、たまには。あとは瑞希の気晴らしだ」

「……ばか」

「なんで俺怒られてる?」

「ばか! 本当にばかっ!」


 嬉しいんだよ。嬉しくて堪らないんだよ。あなたの隣にいる事が出来て、こうして少しずつ縮まる距離が。

 私——やっぱり好きな気持ちは抑えれないかも。


「うるさいな。行くぞ」

「うん!」

「情緒不安定か」

「うっさい!」







 車を走らせ、50分。

 海沿いを屋根を開けて、爽快に走る。

 海はキラキラと輝きを放っていた。


「きもちぃー!」


 隣には両手を広げて、叫ぶ瑞希。

 きっと昨日の暗い気持ちは風に乗って飛んでいったはず、そう思いたい。結局何が原因かは分からないままだけど、それでいい。

 いつも通りに戻っていく瑞希を見て、俺は嬉しく思う。


「最高だな。リクエストがあれば、好きな曲流してやるぞ」

「じゃあTeenager Foreverがいい!」

「了解!」


 音楽の趣味は合うので、彼女が好きな曲は基本的に流せる。この曲は俺も好きなので、なお良し。


「……この曲、今の私なの」

「そうなんだ」


 この曲は明るいが、歌詞を見るとそうでもない。

 意味を知っているから、何が言いたいのかわかる気がする。


「気にならない? 私のこと」

「気になるだろそりゃ。そんなこと言われたら」

「だよねー!」


 聞いといてそれかよ。


「まあでもあれだな。あんま無理して話さなくてもいいよ。俺が瑞希に話したのは、俺が話したかったからで、瑞希もそうしろとは言わない。瑞希のタイミングでいい。話したくなったら、その時に聞かせてくれ。俺はいつまでも待つから」

「いつまでも?」

「そうだ。悪いが、そう簡単には離婚なんてしてやらんぞ」


 ニッと笑うと、瑞希は目を逸らして海の方向を見てしまった。


「……ばっかじゃないの」


 ぼそりと呟いた。でもそれは風に乗って飛ばされてしまって聞こえなかった。


「聞こえん、今なんて言った?」

「私も! 私も簡単に離婚なんてしてやんないって言ったの! ばーか!」

「だから何で怒るんだよ……」


 そんな彼女の横顔は何処か火照っているようにも見えるが、きっとそれは勘違いだ。でも太陽に照らされた瑞希の横顔に心が跳ねてしまう。


「……可愛いな」

「ちょっ!? 急に何よ!」

「あ、俺今なんか言ったか?」

「何も言ってない! 勘違い!」


 そう言って、瑞希は音楽の音量を上げた。








 連れて来られた場所は野間灯台。


 ——恋人の聖地。


 私達には似合わない場所。

 緑は車を降り、助手席まで回って開けてくれた。


「着きましたよ。奥様」

「何それつまんない」

「そういう所、ほんと可愛くないな」


 車を降りて、ドアを閉める。


「じゃあ行くぞ」

「……手」

「手?」

「……せっかくだから、手を繋ぎたい……」


 どうせ来たんだから、恋人らしく、夫婦らしくしたい。でも一番は緑に触れていたい。


「いいよ。……はい」


 差し伸べられた手を私は掴み、指を絡めた。


「……あれ、なんで……」


 ごつごつとした大きな左手。その薬指には、いつの間にか指輪が着けられているのに気が付く。


「ん、ああ。これな。一応、俺は瑞希の旦那だからな。決意表明的な? そんな感じだ」

「何それ……だったら普段から着けてよ」

「それは嫌。邪魔くさいもん。だから休みの日だけで許してくれ」


 もう……何なの。この天然垂らし!


「許す……」


 ちょろいな私。

 それから有名な鐘の鳴る場所へと赴く。


「この鐘鳴らそうぜ」

「ダメだよ。これって永遠の愛を誓う鐘だよ」

「知ってる。これは予行練習だ。俺達は挙式で嘘をつくんだから、ここで鳴らしたって鳴らさなくたって、どうせバチは当たる」


 何それ。嫌なんですけど?


「でも私達はそうじゃないよ」


「いいんだよ。そうなるように願いを込めればいいんじゃねーの? 瑞希は勘違いしてるかもしれんけど、俺は結構お前の事、気に入ってるんだぞ。これでも。好きとはまた違うかもしれないけど」


「私達はそうなってもいいの?」


「なるようにしかならんだろ。俺達は俺達の形を作ってけばそれでいいじゃないか。変にこんな関係だからってのは、この際取っ払おう。今日から変えて行こう」


 そんなこと言われたら期待しちゃうじゃん。

 あなたには好きな人がいて、私はあなたが好きで。

 変わろうとしてくれているのは緑ばかりだ。あんなに私は緑に怒っていたのに、一番できていないのは私だと。


 永遠に叶わない恋を、今ここであなたと永遠の愛を誓っていいのかな。

 私の本心は——そりゃ誓いたい。

 だったら、ここで素直になるべきなんだ。


「分かった。変える。私も変えていく」


 私は、あなたが好きだから。

 諦めるんじゃなくて——好きにさせる。させてみせる。


 鐘に繋がれた紐を手に取り、深呼吸する。


「じゃあいくぞ——せーのっ」


「——好き」


 海に響き渡る鐘の音。


 決して聞こえないだろう私の声を音色に乗せて、永遠の愛を誓った。


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