episode1-2 夢野久作

「なんで、そんなことを言うんですか」

「なんでって……僕には出来ないからですよ、トップになるなんて」

彼は悲しげに微笑んで、どこか諦めた雰囲気を漂わせた。


晴れ渡っていたはずがいつの間にか今にも雨が降り出しそうになっている。


「僕は、今日までプロデュース活動については何も知らなかったし、プロデューサーになるつもりもありませんでした。でもこれからは夢野さん、あなたと二人三脚でトップを目指そうと決心したばかりだったんですよ、なのになんで」


「僕にはね、たぶん才能がないんです」

まっすぐ前を見つめたまま、夢野さんは語り出す。


「僕は舞台演出に興味がありましてね、学生時代はよく劇場に通ったり仲間内で芝居の真似事なんかをしてたんです」

なんでアイドルに、と問う前に答えを教えてくれた。


「学校を辞めて地元で働いてたんですが、地元の劇場で社長にスカウトされまして。お断りしようと思ったんですが、少しお話したところアイドルとして有名になれば演出家への道も開けるかもしれない、少なくともここで郵便局員を続けるよりは夢が叶う可能性があると言われて、着いてきたんです」


「だったらなおのことトップアイドルを目指しましょうよ、トップになれば社長の言う通り道が開けますよ、きっと」

僕の言葉に、彼は薄く笑って首を振る。


「だから、さっきも言ったでしょう。才能がないんです。社長は伸びしろがあると言ってくださるけど、もう25ですよ、僕」

「だからって遅いってことはないはずですよ、レッスンを頑張ればきっと……」


「同い年の谷崎くんは私よりずっと早くデビューしています。他の追随を許さない能力と圧倒的カリスマで、今では彼を知らない人など居ないでしょう。プロデューサーも、ご存知でしょう」


確かに彼の言う「谷崎くん」は知っている。僕が事務員になったばかりの頃、一度だけ事務所で顔を合わせたことがある。


彼――谷崎潤一郎はテレビで見るよりずっと端正な顔立ちをしていて、有名アイドルの風格を備えていた。ただあの時は社長に女性関係と垂れ流しにしている性癖(実際その時も「美脚」がどうのと大声で何か主張していた)に関するお説教を食らっていたようだが。


「圧倒的カリスマ……はわからないけど、確かに格好良い人ですよね、歌も踊りもテレビで見たことしかないけど上手いし。でも、それを言ったら夢野さんもそんなに変わらないように思えますけど」

「僕なんて」

「歌と踊りに関しては見たことないのでノーコメントですけど、見た目だけなら大差ないと思うけどなあ」


そんなことは、となおも謙遜する夢野さん。どうしたものかと困っていると、携帯が震え始めた。


「あ、ちょっとすみません……社長からだ、出ますね 」

電話は社長からのものだった。

「はい……今事務所に戻る途中で、そろそろ着きます……えっ」


夢野さんが不安そうにこちらを見ている。電話の内容が気になるのだろう。だが、社長が今話していることは悲観的でおそらく繊細な彼に聞かせていいものか迷うものだった。


僕が電話を切ると夢野さんは案の定、何のお話でしたか、と聞いてきた。

「えっと……夢野さん、落ち込まないって約束してくれます?」

「それは……どのようなお話でしょう、まさかクビですか、僕」


「いやいや、それは違うんですけど……源氏プロに横溝くんって子が居るの知ってますか」

「あ、はい。この前入ったばかりの……優秀な子ですよね、まだ14歳とかいったかな」

「その横溝くんなんですが……デビューが決まったみたいです、今週末、ライブに出るって」

「えっ」


夢野さんの顔がみるみる青ざめていく。そのまま気を失って倒れるんじゃないかと心配したが、なんとか持ちこたえた。

「そうですか……一回り下の子に、先越されちゃったなァ」

「落ち込まない約束ですよ、夢野さん」


すみません、と謝りはしたものの、明らかに落ち込んでいる。無理もないだろう、僕だって自分の後輩がどんどん昇進していったら落ち込む。


「横溝くんが優秀な子なのはわかってましたし、当然といえば当然ですよね」

無理をして笑顔を作っていることが丸わかりだが、それを指摘したところで気まずくなるだけなのでやめておいた。


話しているうちに事務所に着いて、時間も遅いので今日はもう帰ろうということになった。

「じゃあ、明日からよろしくお願いします」

「あの……僕なんかで本当に良いんですか」

当たり前じゃないですか、と答える。


「社長、ああ見えてすごい人ですから。そんな人が引き合わせてくれたんだから、きっと大丈夫。これから色々あると思いますけど、二人で頑張って乗り越えましょう」


一息にそう言うと、右手を差し出す。

彼は少しだけ安心したような顔をして、僕の手を握り返した。


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