第8話(4/6)

「うおー! テンション上がって来ますねー!」


 姫宮は昂りが溢れ、握った両手を小刻みに動かす。


 降り立ったのはメイン会場となる神社からは少し離れたところだったが、出店がちらほらと並び、祭囃子も相まって完全に夏祭りの雰囲気がそこに滞在していた。


「さ、まずは何食べましょう!」

 目を爛々とさせ、巾着袋から、浴衣に合わせてきたのか小さめのガマ口財布を取り出す。


「神社の祭りなんだし、お祈りが先じゃないか?」

「おっとそれもそうですね! バシバシ祈ってやりましょう!」

 そう言って姫宮は両手を組んで手首を回す。拍手に準備体操はいらないと思うんだが……。


 というわけで俺達は出店は後回しにして、真っ先に神社へ向かうことにした。


 神社に近付くにつれ、人混みも祭囃子の音も増す。どうやら神社の目の前の広場で生演奏をしているらしい。

 それらを眺めるのも後にして、手水舎で手を清めたのち拝殿へと向かう。意外とみんな出店にしか興味がないのか、数分並んだだけで賽銭箱の前に到着した。

 百円玉を置くように投げ入れ、二回の礼と拍手をした後、手を合わせ祈りを込める。こういうのはお願い事ではなく宣誓が正しいとどこかで聞いたのを思い出したが、そもそも強い目標もなかったので、とりあえず色々頑張ります、とだけ伝えておいた。

 最後にもう一度だけ礼をして顔を上げるも、隣に立つ姫宮はまだ真剣な表情で両手を合わせていた。


「…………ふぅ」

 姫宮が満足そうに息を吐くのを確認すると、後ろがつかえているので足早に退散する。


 拝殿を横に抜けると、拝殿と連なる本殿を囲むようにして、一本の道が出来ている。そこが出店のいわばメインストリートのようだった。その外れの陰となったところに集まる。


「随分長いこと祈ってたようだけど、何をそんな願ったんだ?」

「そんなの恋愛的なのに決まってるじゃないですか」

 何当たり前のことを、といった顔で姫宮は答える。


「あとは、修学旅行で結衣ちゃんと同じ部屋になれますようにって」

「え、私も!」

「ほんとですか!?」

 きゃーきゃー、とお互いに両手を合わせて盛り上がる。本当に仲良いなこいつら。


「結衣ちゃんは他に何お願いしたんですか?」

「えっとね、今度の定期演奏会頑張ります、って」

「定期演奏会?」

「はい。吹奏部とか合唱部とか、うちの大きな音楽系の部活と合同になって行う演奏会があるんです」

「え、いつですか!?」

「再来週の日曜日だよ」

 そう藤和が答えるや否や、姫宮は合わせていた藤和の手を握り直して叫ぶ。


「行きます! 超行きます! ヒナ達応援しに行きます!」

 達、と勝手に俺も含まれていたが、都合が合うなら行きたいイベントだ。前々から藤和がヴァイオリンを弾く姿というのは興味があった。


「ありがとう。私頑張るね」

 握られた手を寄せ、藤和は嬉しそうに微笑む。


 そんな温かい空気を引き裂くように、ぎゅるるるる……と、姫宮の腹が鳴った。


「…………」


「……すごい音だったな」

 祭りの喧騒の中でもハッキリ聞こえたほどだ。


「うー! センパイはデリカシーが欠如ってますねもう!!」

 巾着袋を叩きつけてくる。地味に痛い。


「ふふっ。私もお腹空いたし、何か食べよっか」

 藤和のフォローを受けて姫宮の連撃も止む。


「そうですねぇ……やっぱまずは定番の焼きそばでしょうか。結衣ちゃんは?」

「私はベビーカステラにしようかなって」

「あー、そっちのが強い……くそぅ!」

「……一体なんの勝負をしてるんだ」

「だってベビーカステラの方が可愛げがあるし、『一個食べる?』が出来ますし! 一方で焼きそばは歯に青のりという醜態を晒す危険性があります! 同じ青のりがつくならあーんが出来る分たこ焼きの方がいいですし!」

「いや普通に好きなもん食えよ……」

「だってほら、今日は一応予行練習ですもん」

「そういやそうだったな」

「というわけでヒナ、ベビーカステラにします! 結衣ちゃん半分こにしましょう!」


 うん、と答える藤和を連れて、姫宮はちょうど近くにあったベビーカステラの屋台に駆け込む。

 その姿を、俺も何か食べようかなぁなんて考えつつ眺めていた。

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