第6話(5/5)

 チャイムが鳴ってしまったので、片付けをしながら話を続ける。


「全然タイミングが掴めなくて……。さすがに伸びとかしてたら大丈夫そうだとは思うんですけど……」

「まぁそんな頻繁にはしないよな」

「はい。難しいです……。ヒナちゃんは何かコツとかあるの?」

「え? あ、うーん……そうですねぇ……。何かありますかセンパイ?」

「たらい回すな……」

 そう答えながらも、俺はかつて神楽坂先輩にどうしていたかを思い返す。


 先輩は結構気難しいタイプだったから、声を掛けるのに気を使ったんだよな。集中してる時に声掛けてしまうと、本人は普段と変わらないと言いつつ、機嫌悪そうにしてるんだよな。

 段々と、額に手を当てている時は集中モード、足首を回している時は話し掛けても大丈夫モード、って具合に先輩の癖が分かってきて、それで判断してたんだっけ。

 まぁ姫宮達に対して求め過ぎだし、何よりそんなこと話したら、ストーカーじみてると気持ち悪がられそうだ。


「例えば、勉強してる時ならテキストのページを捲った時とか、シャーペン置いた時とかか?」

 なので俺が先輩と出会って間もない頃に使っていた手法を教えた。


「あ、それなら出来そうです」

「じゃあ明日やってみましょーよ」

「え、部活の日じゃないじゃん」

 今日は火曜日。それ以外の活動は金曜日だけだ。


「いいじゃないですかたまには」

「……第一、藤和は弦楽部があるだろ」

「あ、今テスト期間で休みなんです」

「よし、じゃあ俺らも休みだ」

 そうだそうだ。部活にはテスト休みというのが存在するんだった。


「むぅ……なんでセンパイはそんな乗り気じゃないんですか~」

「だって早く帰りたいもん」

「帰りたいもん、って……センパイ正気ですか?」

 なんか思い切り溜息をつかれ、肩をすくめられた。


「女の子両手に添えて勉強会なんて、人生で一度あるかないかのイベントですよ!」

「いや、もう去年会長と副会長とで――」

「――だらっしゃーい!!」

 思い出を一蹴された。


「部長権限により、これから試験日まで毎日部活です」

「……お前、少しは一人で勉強しろよ」

「や、ヒナもそう思いますよ? けど一人で勉強してると、なぜかいつの間にかシャーペンがスマホに変わってるんですよねぇ……不思議です」

「不思議でもなんでもねぇ……」


 正直、ちょっと面倒くさい。三月までは生徒会で毎日学校に残ることに慣れていたが、今ではすっかり定時帰りの身体になってしまっていた。

 まぁ部活といってもやることは勉強会だし、活動日を多少増やすのに反対はしないが、さすがに毎日は億劫だ。何より合間合間で質問に答えなきゃいけないので、一人で勉強する方が圧倒的に効率が良いわけだし。


「まぁ先輩は教えるばかりで、得がないですもんね……」

 俺の思っていたことを藤和が慮って代弁してくれた。


「むぅ……」

 それによって姫宮も、納得はしていないが諦めたような素振りを見せる。

 しかし藤和は、机の上に置いた革製のスクールバッグの背を撫でながら、はにかんで言った。


「けど私、三人で勉強してるの、とっても楽しかったです。誰かと勉強会なんて初めてのことでしたし……。だから先輩さえよければ、またやってくれると嬉しいです」


「「………………」」


「じゃ、じゃあ帰りましょうか」

 恥ずかしくなったのか、藤和は逃げるように一足先に部室を後にする。


「よし、明日も放課後集合だ」

 俺は自然とそう答えていた。


「え、えぇ?」

 戸惑った様子で藤和は振り返る。

 一方で姫宮は「うぁー……結衣ちゃんのそういうのホント……。うぁー……!」とうなだれていた。


「ま、早く家に帰ってもついダラけて漫画に手を出してしまうかもしれないしな」

「そうですか……。……やった♪」


 藤和が小さく両手の拳を握る。

 そんな姿を見て俺は思う。


 本当にあざといのは、姫宮なんかじゃなく、藤和なんじゃないかと。

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